─back to menu─


キモいから名前で呼ぶな

 そこで彼女を見かけたのは偶然だった。喜びに繋がるはずの再会であった。異界にて出会い、そして死によって別たれたサヤと、何の因果かこのような閉ざされた世界で再び相見えたのだ。
 ゴルベーザ様がここにおられたら……否、今すぐにも呼ぶべきではないかと、そう思ったものだ。……サヤが口を開くまでは。
「あなたたち、誰?」
 思わず背後に立つスカルミリョーネの顔を振り返る。あちらも相当な衝撃を受けているらしく呆然と立ち尽くしていた。

 記憶喪失だろうか。よくよく見れば彼女の容姿はかつて見慣れたそれとは違っており、かけらほどにも感じられなかった魔力が全身に漲っているのが分かる。別人なのかという思いと、そんなはずがないという確信に揺れる。
「……君は、サヤだろう?」
 尋ねた私に頷きつつも、彼女は眉間にしわを寄せて不機嫌そうにしている。
「どうして名前知ってるんですか?」

 思えば以前が親しすぎたのだ。サヤは始めから私達に好意を示していたし、彼女が人間でこちらが魔物であることも意に介さなかった。親しさ故の無礼さもあったが受け入れられる喜びを知ったのは彼女のおかげではないか。私達も、ゴルベーザ様も。
 こうしてまた目の前にいる事実を、本来ならばどんなに幸せに感じたことだろうか。
 例え外見が変わろうとも、記憶がすげ替えられようとも、見間違えるはずがない。彼女はサヤだ。ゴルベーザ様に会わせたい。失った時間を取り戻し、あの方に捧げたい。
「君がどんな経緯でここに現れたのか、私は知らない。だが別の世界で君は私達と……ゴルベーザ様のもとにいたんだ」
「別の世界? それは……博士の世界だよ。わたしはシャントット様のしもべだもん、他の人のためになんか何もしない」
 その口から零れた名前に頭痛がした。私の背後でスカルミリョーネも忌々ましげに溜め息をつく。ただ記憶をなくしただけであれば、最悪でも新たに時間を紡ぎあげることができただろう。しかし、彼女の心が既に誰かのもとにあるとは。
「あの女絡み、か……」
「なかなか厄介そうだな」

 サヤがこの世界に現れたところからあの者が関わっているなら、私達の手で記憶を呼び戻す術は少ないだろう。姿は変わり果て共に過ごした過去も忘れているのに、他者に誓われた忠誠を打ち破ってまでこちらに引き戻せるのだろうか。
 いずれにしろこのままではゴルベーザ様にも会わせられまい。
「困ったな……本当に思い出せないのか? ほらサヤ、お前の好きなスカルミリョーネだぞ」
「……貴様、私を何だと思っているんだ」
 あちらはあちらでこの事実に衝撃を受けていたらしいスカルミリョーネを引っ張り出してサヤに見せる。あれだけ熱心に追い回していたのだ。心身ともに別の存在に成り果てたとしても、魂に響くものがないだろうか。
「……なにこれ? 気持ち悪い」
 なかったようだ。顔をしかめて口元を手で覆い、声を潜めて呟かれた言葉は、その真剣さが分かるだけにとても残酷な響きだった。捕まえたままのスカルミリョーネの何かにぴしりとひびが入るのを感じた。
「しかも臭いし……、やだ近づけないで」
 彼女も元から魔物を受け入れる素養があったわけではないのだな。改めて考えてみれば当たり前のことなのだが、いつもあまりにも普通に接していたから、つい私達の間にある溝の深さを忘れてしまう。

「ねえこれ何なの? 生き物? 腐ってるの? すっごい不気味……うわーキモい!」
 ゴルベーザ様を介することなく出会っていればこんなものなのかと、奇妙な感慨深さすらある。が、面と向かって拒絶されたスカルミリョーネの方はそう穏やかにも受け入れられなかったようだ。
「大丈夫か、スカルミリョーネ」
「…………る」
「何?」
 問い返した瞬間、全力を以て腕を振り払われた。サヤが警戒心も露に後退り、スカルミリョーネが暴走を始める。
「……殺してやる」
「え、うわっ!」
 どうやら何処か切れてしまったらしいスカルミリョーネの全力攻撃を、サヤは咄嗟に唱えた魔法で回避した。シャントットの影響か彼と張り合えるほどの戦闘力を得たのだな、と感心している場合ではないか。
「落ち着けスカルミリョーネ、思いつめるな!」
「うるさいっ……あいつを殺して私も死ぬ……!!」
「そうしたらお前だけ甦るだろう!?」
 やはりあれだけ懐いていたものがこうも態度を変えると腹立たしいのだろうか。スカルミリョーネがここまで怒るのは意外だが……、
「何怒ってんの? 意味わかんないんですけど!」
 続けざまに叩き込まれる拳を全て受け流し、魔法による攻撃も己の魔力で打ち消す、四天王にさえ余裕をもって応じているサヤの方に意識が向いた。
 本当に強くなったのか。こういう旨味があるなら記憶などなくしてしまっても……と私は思ってしまうのだが。

「貴様っ……あれだけのことを言っておきながら、あっさり忘れただと!」
 何を言ったんだ、何を。お前達は私の知らないところで随分じゃれあっていたからな。……少し助けを先延ばしにしてもいいか、スカルミリョーネ。
「知らないってば、八つ当たりするなー!」
「あくまでも思い出せんと言い張るなら、死ね! サヤ!!」
「何なのこいつヤンデレ? 怖ッ……っていうか馴れ馴れしく呼ぶな!」
 そのやり取りを機にサヤも魔法を放ち始めた。気配からアンデッドであると分かったのだろう、炎による攻撃を中心に、威力は低いが浅い間隔で続けざまに撃ち込んでいる。
 彼女は防御魔法にも長けているようだがスカルミリョーネには避ける術がない。しかも彼は今、相当周りが見えなくなっている。……私はどちらを止めてどちらを守るべきなのだろう?
「もうっ、欝陶しいな! 近寄らないでって、」
「……黙れぇッ!!」
 埒が明かないと判断したらしいサヤが跳び退いて距離をとる。強力な魔法で一気に片を付けようとしたのだろうが、さすがにスカルミリョーネもそう甘くはなかった。
「あ、ぐ……」
 詠唱が終わるよりも早く、手刀がサヤの腹に減り込んだ。ギリギリで我に返ったのか傷はつかなかったが、本気で彼女に殴り掛かってしまった事実にスカルミリョーネが固まった。

「お、おい、サヤ……」
 あたふたとしつつどうにか助けようとしているのだろうが、苦手な回復魔法を咄嗟に唱えることもできず、ひたすらおろおろとしながらサヤの恨みがましい視線を受け止めている。
 悪いが、かなり面白いぞスカルミリョーネ。できればしばらく放置して眺めていたいぐらいだが、痛みに悶えるサヤは見ていて辛い。
「……ケアル」
「仕返しファイガ!」
 立ち直るや直ぐさま反撃に移ったサヤの魔法を、未だ動揺のおさまっていなかったスカルミリョーネはもろに食らった。煙が出ているが一応は生きているな。
「……貴様……よくも、」
「自分が勝手に怒って喧嘩吹っ掛けてきたくせに! どっか行ってよ、あなたなんか嫌いですうー」
「……!!」
 嘲弄と言うよりも親しい者への軽口に感じたが、スカルミリョーネの耳には決定的な言葉として響いたようだ。
「見事に立場が逆転しているな」
「五月蝿い……!」
「私に八つ当たりしても仕方ないだろう」
「……くっ」
 いろいろと耐え兼ねたのだろう、何も言い残さず闇へと消えたスカルミリョーネを目にして、サヤが困ったように私を見つめた。
「なに今の……泣いてたの?」
「さて、私には何も見えなかったが」
 立ち直れるかな。まあサヤに小一時間ほど厭味を垂れられる機会でもあれば、大丈夫だろう。

「君は覚えていなくとも、私達は君との時間を覚えている。何かを強制する気はないが、できることならもう少し……」
「気遣いを持て、って?」
 言おうとした台詞を奪われ苦笑が漏れた。サヤ自身、何がスカルミリョーネを傷つけたのか分かってはいるのだろう。思いやりのない言葉か、変わってしまった態度か? それよりも、彼女が悪意を露にすることに、戸惑いを持っていないことが。
「……まあ、ホントにわたし達が知り合いで仲良かったなら、ちょっとひどいこと言ったかなぁとは……うー」
 俯き、もじもじと言い訳を呟く姿は見慣れたようなものだった。以前そうしたように頭を撫でてやると、サヤが私を見上げてくる。戸惑いつつも嫌がりはしなかった。
 遥か遠くに見下ろしていたように思う。今は彼女の視線が、どちらかがほんの少し努力するだけで届きそうな距離にある。
「……名前、なんて言うんだっけ?」
「ルビカンテだ」
 何度か口の中で繰り返し、飲み込むように頷いた。さて、ゴルベーザ様を前にした時にはもう少し柔らかな態度であってほしいものだが。
「ああ、ちなみに先ほどの彼は、」
「スカルミリョーネって呼んでたね、ルビカンテが」
「……すんなり覚えられたな」
「べつにこれくらい……馴染みやすいし」
 これはこれは……本当に、随分と違うものだ。しかし消えたはずの記憶の名残を確かに見つけた。自然と口角が上がる。
「なに笑ってるの? なんかやらしいなー」
「いや、もっと名前を呼んでくれれば嬉しいと思ってな」
「……ルビカンテ?」
 納得いかないという顔をしつつも素直に従う彼女に、さらに微笑ましくなった。ぎこちなさのない慣れた呼び方が、奥底に眠る記憶を呼び覚ますかもしれない。そうでなくとも、共に過ごす時間の心地よさはかつてと同じなのだろう。
 ゴルベーザ様の名は言わせずにおこう。あの方を前にすれば、きっとサヤは呼ぶはずだ。ただ自然に、そうあるがままに。

|



dream coupling index


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -