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魔導士

 家畜を飼い、野菜を育て、魔物が人間を真似て暮らすのはひどく滑稽に思える。奴らが行う全てが本当は我々にとって不必要な行動だと知っているからか。
 魔物が人間と交じわい生きるなど不可能だ。……と考えるのは私のような低位の魔物だけかもしれない。何しろ、いと気高き我等がバルバリシア様は何等躊躇うことなくミシディアに落ち着いているのだから。
 やはり懸け橋となるものの存在は偉大だな。ただ、私は例えサヤを介しても人間の世界に踏み込みたいとは思わないんだ。

「こだわってしまうのは、染まるのが怖いからだろうか」
「四天王は周りに染まる心配なんてないくらい自分が強烈だもんね」
 さほどの関心もなさそうに、それでも同意してくれたのはサヤだ。もそもそと草を食む羊を見守りつつ、二人で草原に腰を降ろし語り合っているところだった。
 この娘のように人間が魔物に馴染むのなら構いはしない。私があちらへ寄ってしまうのが怖いんだ。姿が似ているからこそ我々は魔物であることにこだわってしまう。
「あの羊だってさ、羊同士じゃ『個』があるのかもしれないけど、わたしから見たら全部ただの羊だよね」
 群れを指差しサヤが言う。誰がどんな己を持っていようと他者にとっては無意味だ。私が魔物であることなど、人間から見ればどうでもいいこと。もしかすると、私が未だにサヤと他の人間を区別できないことへの厭味かもしれないが。
「レディさんだって、混じっちゃえば区別つかないけどさ。近寄れば魔物だってちゃんと分かるから大丈夫だよ」
「そうだろうか……」
 ではこの間、旅の人間に「突然ですみません結婚してください」と絡まれたのは何だろう。とりあえず燃やしたが。人間に何の感情も持ちはしないが、それと間違われるのは堪え難い。
 バルバリシア様はサヤと共にミシディアに暮らし、我々は外から関わる。状況だけを見るならば塔に居た頃と変わらないのにな。
「お前はやはり、人間の中で生きたいか」
「そりゃまあ、人間だからね。ゴルベーザだっているし」
 ああ、あの方がいるのだった。ゴルベーザ様が人間の中に交わるためか。自分のためだけと言うなら連れて行くのは簡単なのに。面倒なものだ。

「ところで、魔法使いであるあなたにお願いがあります」
「ん? 何だ、いきなり畏まって」
「魔法教えてくれないかな」
 それは少し意外な申し出だった。いや、サヤが魔法を使いたがること自体がではなく、私に言ってきたことが。
「ゴルベーザは乗り気じゃないし、カイナッツォはやる気がないし、レオノーラさんは自分の勉強で忙しいし」
 バルバリシア様はあまり魔法が得意ではないからな。得意の風を繰る攻撃ならともかく、どちらかといえば直接殴ったり蹴ったりするのが好きな方だ。やっぱり手応えがないとねえ、と言った仕種が悩ましげで美しかった!
「レディさん怖いよ落ち着いて」
「あ、ああ」
 ……よし。まあいずれにせよ、他の人間どもに教えを請われるよりは私のもとへ来る方が良い。しかし……。
「ルビカンテ様でもよかったと思うが」
「炎系しか教えてくれないからねー」
「ああ、そうか……」

 修練を積んだわけでもない人間が、短期間に一種の魔法を使えるようになっただけでもたいしたものだと思う。しかもサヤは既にいくつかの補助魔法を習得しているのだ。それでいてまだ基本の三魔法を使えないのがどうもアンバランスで、それが気になったのかもしれない。
 戦闘に関するあれこれにおいてルビカンテ様は容赦がないから、ファイア系統の魔法は既に学ぶことなどなくなっているはずだ。
「では私に何を教わりたいんだ?」
 サヤの周囲が彼女に習得させるのを躊躇っているものといえば攻撃魔法だ。ゴルベーザ様達の煩悶は知らないが私としてもそちらを教える方が楽しい。
「えーっと、ブリザガとサンダーを覚えたいんだよね」
「それはまた奇妙な」
 低位のブリザドや威力の高いサンダガはいいのかと尋ねると、サヤは意味ありげに笑いながら首を振る。無駄に張り切っているようだが。
「強い氷魔法と、詠唱の短い雷魔法が使いたくて!」
「……まあいい、お前が望むなら教えよう」
 氷ならば威力優先だが、雷は与えるダメージを度外視してでも素早く放たねば間に合わない。何となく誰に使う気でいるのか分かったな。あの方が相手なら誰にも迷惑はかからないから構わないだろう。というか私には関係ない。

「しかし教えると言っても、お前はすでに基本を知っているしなあ」
「うーん。雷とかって、なんか炎よりイメージしにくくて」
「ふむ」
 水はまだしも氷や雷はな。人間にはやはり炎が一番馴染み深いか。
 魔力をぶつける対象があれば思い描きやすいだろうな。丁度、こんな時ばかり空気の読める大変タイミングのよろしい方がサヤの後ろを歩いている。
「イメージはこう、紙を両手で摘んで素早く左右に引っ張る。真ん中に裂け目ができるだろう? その形と勢いをそのまま相手の頭上へ落とす感じだな」
「ふんふん」
 身振りを交えた講釈に聴き入り、サヤは後ろを歩く者に気付いていない。あちらも特に我々に気を払ってはいないようだ。
「ファイアなら焼け爛れた対象を想像するところだが、サンダーなら熱よりも衝撃だな。頭上から来るが、痛みは足元から這い上がる」
 対象の内部まで詳細に思い描ければ、サンダー程度でも直接心臓に叩き込んで一撃必殺となるのだが、彼女にはまだ早いかな。

「では、目を閉じて」
「うん?」
「景色が黒い方が閃光を思い描きやすい」
「ああ、そっか。はーい」
 素直に目を閉じるサヤにひそかに微笑み、その肩を掴んで後ろを向かせる。ようやくこちらに気付いたらしい通行人……スカルミリョーネ様が、訝しそうに彼女を見ていた。
「魔力を放つ準備はいいか? 岩をも切り裂くような雷を想像しろ。では行くぞ! いち、にの、」
「サンダー!」
 元気の良い掛け声と同時、サヤの手から放たれた魔力は少し離れた空中で雷光となる。引き攣った顔でそれを見上げるスカルミリョーネ様の真上に発生した攻撃魔法は……やけにゆっくりと落ちて彼の体を貫き、辺りに衝撃音を轟かせた。
「できた? 今の成功?」
 パッと振り返り目を輝かせるサヤには、煙をあげるあれの姿は見えなかったらしい。よく出来たとひとしきり頭を撫でてやってから、そっと背後を見るよう促した。
「えっ、何してるのスカルミリョーネ」
「……言うことはそれだけか」
 下っ端とはいえ仮にも四天王、やはりたいした威力は望めないか。少し残念だな。

 ローブを焦がして怒りを発するスカルミリョーネ様と、何食わぬ顔の私とを交互に見比べ、サヤはなんとか己のしたことに気付いた。あちらに向き直ると、すまなそうに頭を掻いて言い放つ。
「どうかな、カイナッツォに効くくらい痛かった?」
「まず謝れ!」
「あはは……、ごめんなさい」
 そのまま仲違いでもしないだろうかと見守っていたのだが、スカルミリョーネ様の残念さは私の認識を遥かに上回っていた。なんやかんやと不満を垂れつつもそれ以上怒る気配はなく、あろうことかエーテルを取り出してサヤに与えたのだ。
「無闇やたらと魔法を使うな。また魔力を使い果たして倒れても知らんぞ」
「もう大丈夫だって。……たぶん」
 初期の試行錯誤や腹が膨れるまでソーマのしずくを飲み漁った記憶でも蘇ったのか。サヤは苦々しい表情を浮かべ、受け取ったエーテルを口にする。スカルミリョーネ様は常に回復アイテムを持ち歩いているのか?
 知らんと言いつつどうせ彼女が倒れた時にはまた助けに来るのだろう。フェニックスの尾とかエリクサーとか万能薬を持ってな。サヤ流に言うならば、「このツンデレめ!」だ。

 力を得るのを受け入れたなら、感覚も感情もどんどん魔物のようになればいい。人間であることなど捨ててしまえば、魔法の行使とてもっと簡単になるのだぞ。
 いずれ極みに辿り着き、サヤが魔物になってしまえば、誰もここに留まる必要などないのではないか。ゴルベーザ様にしても元々は魔物の中で過ごしていたのだから、今また人の世を捨てたからと困ることもないだろう。
 スカルミリョーネ様は彼女をアンデッドにする気はないのだろうか。あまり込み入った話などしないから、何を考えているのか分からない。性格からして、人間の町に住むことを良しと思ってはいないはずなのだが。
 サヤが死ねば、やむを得ず……と言い訳して彼女を呪うのだろうとは思う。この世界に繋ぎ止めるために。
 いっそ思い余って殺してくれないものかな。そして一人で罪を被ってくれないだろうか。そうしたら私は魔物になったサヤを連れ、バルバリシア様やその他の者と一緒に人間の暮らしなど捨てられるのになあ。

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