─back to menu─


また会いましょう!

 傷は既に塞がっているにもかかわらず、全身に痛みが残されている気がした。石に封じられた召喚獣があれほどの魔力を持っているのも不思議だが、その全力を以て私にぶつけてきたことが不可解だ。……一体、私が何をしたというのか。
 サヤと名乗るあの娘を覚えていない。私にとってどのような存在だったのか、何も。しかしそれは彼女に限った話ではなく、また私に限った話でもない。ここにある者は皆、かつての己の姿など忘れてしまっているのだから。
「……恨みでもあったのだろうか」
 ぽつりと呟けば、隣で上機嫌そうにしていた魔物が振り返り、訝しげに眉をひそめた。

 私が犯した罪の中にサヤを傷つけるものがあったのかもしれない。だが私が償えるのは弟への罪だけだ。彼女のことなど、覚えてすらいないのだから。
「サヤが、ゴルベーザ様を……恨んでいると?」
 皆まで言わずとも「有り得ぬ」と考えているらしいことが分かる。
 このルビカンテや、何故かあれきり召喚できなくなったスカルミリョーネや……四天王と呼ばれる彼等は、サヤのように怒りはしなかった。私が何も覚えていないと言っても、私がどうあれ私に仕えるのだと言い張っただけだ。
「恨むわけがない。怒ってはいるでしょうが」
 怒られる筋合いもないはずなのだが。サヤと四天王は同じだろうか。それともやはり、彼女は何か違うのだろうか……。

「そんなことよりも、ゴルベーザ様」
 人の悩みを、しかも私の命のかかっていそうな事柄をそんなことで済ませるな。と思いつつも、珍しく表情豊かなルビカンテに興味をひかれ耳を傾けた。
 彼女の話をしてから妙に嬉しそうだ。それも旧知の者に再会できた喜びというよりは、他に下心のありそうなしまりのないにやけ面。似合わないな。
「彼女は確かにフレアを唱え、ゴルベーザ様を倒したのですか」
「……ああ。油断していたせいでもあるが、相当な威力だった」
「そうですか。……サヤが魔法を!」
 召喚獣でありながら私の配下を自負するお前が、私が打ち負かされた事実をどうして喜ぶ。しかも握った拳を震わせてまで。
「そんなに嬉しいか」
「無論、もう二度と会えぬものと思っていましたから」
「そうか……」
 もう二度と。何があったのだろうな。やはり私が関わっているのだろうか。……しかし永遠かもしれない別れを乗り越えたにしては妙に血気に逸っているというか、闘争心が溢れているというか。まさかあの娘と戦う気でいるのか?
 私にあれだけの魔法を食らわせる腕前だ、戯れに魔物と勝負してみても問題はないだろう。もしかするとルビカンテと彼女とは良きライバルであったのかもしれぬしな。
 頭ではそう考えているのだが、実際に二人がぶつかり合う様を想像すると、この男を殺してでも止めねばならない気がしてくる。あれは戦士ではないのだから、守ってやらなければ、と……。

「ルビカンテ」
 サヤに勝負を仕掛けるつもりならば是非とも止めてくれと、言いかけた背後で異様な気配がした。さっと顔色を変えたルビカンテがそちらに立ちはだかる。赤い光の中から現れたものは、
「……」
「……」
 私のものよりもなお禍々しい黒い鎧に身を包み、それとは合わぬ白い鉄仮面で顔を隠し、何故か素足をさらけ出した……何者なのか認めたくない物体だった。
「……」
「……」
 せめて何のつもりか説明してほしい。

 どうしていいか分からずとにかくルビカンテの腕を引いて後ろを向いた。
「おい、あれは何だ。誰なのだ」
「おそらく我々の想像通りかとは思いますが」
「先程は魔道士の格好だったが、あちらが彼女の普段着か?」
「まさか。むしろ以前はゴルベーザ様が無理矢理……」
「私が、何だ」
「……いえ。鎧に慣れたのだとしてもあれは……思うに彼女なりの、」
 ルビカンテが何か言いかけたところでマントを引っ張るものがあり、恐る恐る振り返った。やはり鉄仮面を取る気はないようだ。
「な、何の用だ……?」
 引き攣る表情を兜に隠し、サヤらしき物体に問い掛ける。彼女は何か言い淀みつつも懐から小瓶を取り出し、咳払いを一つして、奇妙に低い声でそれを私に差し出した。
「えっと、これ、サヤさんからの伝言です」
 ……変装のつもりだったのか! それにしても、もう少しまともな衣装は無かったのだろうか。色合いから何からちぐはぐなうえに、その兜が異様な存在感を醸し出していて怖い。あと足を出すな。
「あ、あの」
 私が小瓶を受け取ると、どこかホッとしたように息を吐いて一歩さがる。そして反応すべきか迷っているらしいルビカンテを見つめ、おもむろにその手を握った。
「……じゃ、じゃあね」
「ああ。私もすぐにそちらに戻るから、『彼女』によろしく言っておいてくれ」
 ルビカンテの表情が綻び、それを受けて見えぬはずのサヤの瞳が嬉しそうに輝いた気がした。あちらにだけ大きく手を振り、彼女の姿が召喚石の中へと消えて行くのを見届けてから、言い知れぬ気まずい空気の中ルビカンテと顔を見合わせる。
「何故か分からんが無性に腹立たしい。殴らせろ」
「お断りします」
 忘れてしまった私が悪いのかもしれないが、こうあからさまに態度を変えられると釈然としない。奴には和やかに接するくせに、私には出合い頭にフレアか? 今も直接は言葉も交わさず帰ってしまった。ますます以て彼女との関係が分からない。

 苛立ちながら掌中の瓶を見つめる。ポーションのようにも見えた。受け取った時には気付かなかったが、瓶の首のところに紙が結び付けてある。
「手紙、ですか」
 書かれている文字に見覚えはない。この世界で使われているものではなく、ルビカンテが読めないところを見ると元の世界の文字でもなさそうだ。
「彼女の世界の字でしょうか」
「……『ごめんなさい』」
「ゴルベーザ様……なぜ」
 なぜ読めるのだろうか。慌てて書いたらしい少し崩れた形には見覚えがないのに。知らぬはずだ。なのになぜ?
「……分からないな」
 だが、これを渡しに来たということは、逃げ帰ってしまったとはいえ拒絶されてはいないということか。
 もしも思い出すことができれば、私に会えたことを、喜んでくれるのだろうか?

|



dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -