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部屋

 どこに留め置くか少し考えたが、やはりサヤを呼び出した部屋をそのまま彼女に与えることにした。
 まさか私の部屋を使わせるわけにもいかず、ほぼ不在とはいえ四天王の部屋を貸しても不満の声があがりそうだ。空いている場所を使えばいいと、それだけの単純な理由だった。
 始めは彼女も自室が与えられることに喜んだ様子で私も微笑ましく感じたのだが、召喚という壮大な儀式を終えた後の部屋を見回してサヤの表情が若干引き攣った。
「……自費とか言わないよね? わたしお金持ってないよ」
「何の話だ」
「ここ、何もないんですけど」
「……」
 つられて私も視線を走らせる。……確かに何も無い。だからこそ、この場に彼女を呼び出したのだが。

 ここで生活を送るならばそれなりの道具がいる。必要なものとは何だろう? 掃除洗濯食事の用意、などと言っていたか。掃除ならパープルババロアにでも命じておけばいいし、洗濯や食事は私のついでで良いだろう。私がすべきことは……無いか?
「何か必要な物はあるか」
「えーっと、っていうか不要なものすら一切ないし、とりあえずベッドとか」
 そうか。床で寝かせるわけにもいかぬしな。用意すると言うだけなら簡単だが、私は町になど近付きたくはないし、かといって他の者に用意させるのも時間がかかる。
 費用だけを渡し自分で買いに行かせては、……いや、駄目だ。帰って来なかったらどうするのだ。
「私の寝台をやろう。体格には合わないが、大きすぎて困ることはないな?」
「え、そりゃわたしはいいけど……ゴルベーザの寝るとこはあるのかな」
「無くとも寝られる」
「はい却下ー。うーん、この床じゃ布団ってわけにもいかないよね」
「だから私の寝台を、」
 ここに置けばそれで済むだろうと、僅かに苛立ちつつ言おうとしたが、サヤの溜め息に遮られた。何が不満だと問えば「配下が主君のものを奪うのはダメ」だとか怒られる。妙なところで真面目な娘だ。
「ではお前のために新しい物を買ってやる。しかし用意できるまでどうする?」
「なんか代わりの物ないかな。一回ゴルベーザの部屋行きたい」
 唐突にこちら側の話になり身構えてしまった。私の、部屋……。私的な空間に誰かを招いたことなどないが、何故そんなところへ。
「こうなにもかも無いんじゃ、何が必要なのかわかんない。参考にしちゃダメ?」
「……分かった。こちらへ来い」
 あまり参考になるとも思えないが、互いに良い案もないのだから試してみてもよいだろう。小走りに寄ってきたサヤを連れ、自室へと転移する。懐に入られることに多少の戸惑いはあったが、不快には感じなかった。

 見慣れた風景に見慣れぬ人間が立っているのは、どうにも奇妙なものだ。
「へぇー、なんか意外と普通だね」
「そう、なのか?」
 普通の基準が分からないのだが。必要な物は揃っており、不要な物は存在しない。まあ普通と言えば普通かもしれないな。
 サヤの部屋も同じように整えれば良いのだろうか。しかしこれを彼女の住居とするには多大な違和感がある。本人の発する空気と違いすぎるせいだろうか。
「ちょっと殺風景っていうかー、つまんないよね」
「つまらないだと? ……面白くする必要もあるまい」
「……フッ、そーだね」
 何故だ。理由は分からぬが今とてつもなく見下されたような気がする。何故だ。ならどうすれば面白いと言うんだ! 珍奇な物を置けとでも?
 エブラーナ辺りならば珍しい家具や土産物があるだろうか。別に面白い部屋にしようとは思わぬが一応検討はしておくか。

「うーん、と。本が多いね。知りたいこともあるだろうしわたしも欲しいけど、これは急ぎじゃないや」
 部屋にあるものをざっと見渡しながらサヤが必要な物を探し出す。趣味と呼べるようなものは無いが、彼女にはそのうち必要になるかもしれない。余裕ができれば書棚も用意してやろう。
 次いで寝台には目もくれず、そのそばにあるものに視線が止まった。
「あと洋服ダンス……ああ、着替え!」
 こればかりは使いまわせるものでもないか。この塔にはバルバリシア始め人間の女と変わらぬ姿を持つ魔物も多くいるが、サヤがあやつらから衣服を借りることは不可能だ。
 そもそも彼女の身につけている服は何なのだろう。あのような形の衣類はどの国でも見たことがない。異世界の服でも不満には思わないだろうか? 私の寝場所を気遣うぐらいなら無用な心配か。
 となるとこれも購入だな。思ったよりも金のかかるものだ。もっと下準備をしてから呼び出すべきだったか。

「食べ物は、あるよね。ゴルベーザがいるんだし」
「ああ」
「明かりもあるし……」
 天井を見上げ、視線を壁から床へと這わせ、再びぐるりと部屋を見回してから私を見つめる。
「やっぱベッドかな、今日からでもすぐに必要なのは」
「……」
 一応すでに私が暮らしているのだから、「いっそのことここで寝起きすればいい」と喉元まで出かかった。……が、それはさすがにまずい気がする。
 もう一人寝る程度の余裕は残っているがそういう問題でもないな。第一サヤが嫌がるだろう。いや、彼女が承諾すればそうするというものでもないが。思い描いたより幾分か幼いといえども、異性だ。あまり近しく過ごすわけにはいくまい。
「あのー、どうしたの?」
 急に反応しなくなった私を不審に思ってか、気付けばサヤが私を覗き込んでいた。扉をノックするように鎧を叩きながら「大丈夫? 再起動する?」などと言って……この娘は何か、重大な勘違いをしてはいまいか。

「寝場所のことだが」
「うわっ、うん!?」
 初めて声を発したのでもないのに何故そこまで驚くのだ。……まあいい。考えない方が私自身のためだな。
「新たな物を用意するまで、そのソファでも使うか?」
 どうせ滅多に使わぬものだ。私の寝場所を奪うのが嫌だと言うならそれで充分だろう。誰かに町へ入り込ませて、早めに必要な物を購入させればいい。
「ああ、そうだね。これくらい大きければ寝られそうだし。……借りていいの?」
「良いも悪いも、私から申し出たことだ」
「う、うん……」
 何を物言いたげに見ているのか。不満があるのなら口に出さなければ分からないのだが。
「えーと、うん、ありがとう」
「……心配せずとも、自分で運べなどとは言わないぞ」
 必死で当たりを付けて言うと、サヤの表情が苦笑に変わった。担いで行かねばならないとでも思ったのだろうか。馬鹿な娘だと思うと同時、何故か自然と口角が上がる。そこに嘲りが含まれないことに自分で驚いていた。
「えへ……なんか、何から何まですみません」
「いや。気にするな」
 無意識に腕が上がりかけた。気付いた瞬間に動きは止まり、何をしようとしたのかはもう分からない。

 人間など全て滅んでしまえばいい。憎み、唾棄すべき存在だ。しかし私もまた人間だった。己の欲求に矛盾を感じ始めたのはいつからだったか。
 ただの人間がどこまで私達に馴染めるだろう。とにかく、死なずにそばにいてくれればそれでいい。憎悪を強いられることのない、同族に。
「他に、必要な物ができればすぐ言うように」
「はーい」
 良い返事だ。彼女は私の求めるものを推し量るための標となる。異世界の者に恨みもしがらみもありはしない。叶えられることならば何でもしてやろう。

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