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お風呂がほしい

 近いところから潰していって、残ったのは「気軽に頼み事するには不敬かな?」と思えなくもない相手だった。でも今はあの人達だってわたしの仲間みたいなものだから、いいや。行ってしまえ!
「というわけでアスラさん」
「はい」
 突然の訪問にも驚くことなく悠然と構えるその姿。とりあえず笑顔だ、よかった。
「リヴァイアさん貸してください」
「幻獣王様を? それはまた……理由を聞かせてもらえますか、サヤ」
 王妃様の問いに、決死の覚悟を背負ってわたしは頷く。

 いつでもそこら辺をうろついてるあのイミテーションみたいに、器だけを作るなら簡単なこと。一番重要で難しいのは中身だ。
 重労働だった。でも労力さえ惜しまなければ形だけはわたしにも作ることができた。一度使うだけならこの先も自力で何とかなると思う。だけどそれじゃ足りないんだ。
「次元城の地下に水源を作りたいんです」
「何と……?」
 カイナッツォ四人分くらいはすっぽりおさまる、大きな窪み。苦心して掘り返し、崩れてしまわないよう加工したその下に。
「いつも綺麗な水が湧いてる場所が必要なんです! あっためる人材はこっちで用意するので」
「ええとそれはつまり、浴場を作りたいということですか?」
 呆れも嘲りもないアスラの声音にホッとした。
 断られ通しだったからもう後がない。毎度毎度、手作業で水を入れ換えるのは現実的じゃないんだもん。水を自在に操れる誰かに協力してもらわなきゃ、わたしの野望は達成されない。

 この世界は全部が偽物で、空腹感も気のせい、よだれも鼻水も涙さえもが幻ならなおのこと、自分の欲しいものを手に入れなきゃいけない。わたしがわたしたる最大の意味、日常を捨てるわけにはいかないんだ。
 食べる楽しみもなくして眠りで体を癒すこともなく、一日の疲れを安らげてくれるお風呂タイムまでも奪われたら。わたしが人間だったってこと、忘れ去りそうだ。
「ダメですか? リヴァイアさんに頼めませんか!? もうお風呂ないと死にそうなんです!」
 通常わたしの体に起こるはずのサイクルは全てなくなっているのだとしても、心に残された不潔感を拭い取らなきゃこれ以上耐えられない。
「貸すのはべつに構いませんが」
「ほ、ホントですか!? やったあー、あ、ありがとうございます!」
「よいのです。それよりも、サヤは幻獣王様が水を張るその場で湯浴みをする気なのですか」
 あ、やっぱりまずいかな。海ヘビとはいえ幻獣たちの王様だもんね、そんな相手の前で素っ裸になるっていうのは。

「えっと、仕組みはこっちで何とかするので、循環させられるだけの大量の水さえ出していただければなぁと」
 それこそ津波ができそうなほどの。わたしのウォータじゃそんなに大量生産できないし、融解しそうで怖いし。
 カイナッツォはめんどくさいとかって非協力的だしそもそもお風呂嫌いらしくて説得できないし、クラーケンには「茹で上げて喰らう気か貴様!」とか濡れ衣着せられてそれっきり話もしてくれないし。
 正義の味方、主人公の味方のリヴァイアサンが快く水を提供してくれるんなら本体にはべつに興味もない。とにかくお風呂を! お風呂さえあればもう!
「どちらにせよあの御方に浴場の存在が知れることになるか。……やはりいけません」
 そう言ってアスラの顔がくるりと変わった。な、なんでー! さっきまで承諾の方に向かってたのに!
「失礼なのは承知のうえです。他に頼る相手がいないんです!」
「駄目です。あの方は、覗きます」
「……はい?」
 斜め上からの拒絶だ。でもアスラはいたって真剣に、なんかわたしを心配してくれてる。いや、リヴァイアさんってそういうキャラだったかな。
「サヤ。あなたは彼の世界でリディアに会いましたね?」
「え、あ、はい」
「彼女を幻界から送り出す際に、あの衣装を与えたのは幻獣王様です」
「あー」
 そういうキャラなんだぁ。ローザだってけっこう際どい服だったけど、リディアの場合は布の量的に人間の着るものじゃなかったもんね。そっか、覗き常駐の露天風呂か。

「……べつにいいです!」
「えっ!?」
「好きなだけ覗くがいいとお伝えください」
「な、何を言うのです。もっと自分を大切にせねばゴルベーザが泣きますよ」
 ここのゴルベーザは泣かないと思う。
 それに、どうせ湯沸かし要員のルビカンテが付きっきりになるんだ。この体はわたしのホントの体じゃないわけだし、そこんとこ割り切れば見られたって……平気だよ。
「お風呂の魅力には替えられません。だからお願いします」
 誠心誠意、今までの人生で一番心の篭ったおじぎをした。アスラは少し困ったようにわたしを見る。長い沈黙が続いて、泣くほどに切実な気分のわたしにそっと笑いかけて、頭を撫でてくれた。
「分かりました。このアスラが、幻界の王妃の名のもとに言い含め、頼んでおきましょう」
 その瞬間、たぶんわたしの瞳は月より強く輝いてたと思う。あの大きな器に中身が宿る。あたたかな癒しが流れ込んで、わたしの寛ぎの空間ができるんだ。
 あれだけ広ければ、バルバリシア様達とだって一緒に入れるし、ああ!
「アスラさんありがとう! よければ一緒に入りましょうね!」
「ええ、喜んで。……ともかくサヤ、一人で入るのだけはいけませんよ。本当に危険ですから」
 わあああい、これで野望が一つ叶ったね! 無いものが必要なら己の力で作り出せって、博士の言葉は正しかったんだ。
「……聞いていませんね? 仕方がない……四天王にでも念を押しておきましょう」
 ふふふ……ゆくゆくは月の渓谷にも作ってやるんだから。憧れのナイトビュー温泉(自前)はもう目の前だ。ゴルベーザにだって邪魔はさせないんだから!

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