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追想のポリフォニー

 幻獣とかモンスターとか、区別なんて無いみたいだ。ここでは四天王も神様もモルボルやモーグリやわたしですら、等しく召喚獣。なんて平等な世界! なのにあんまり嬉しくない。
 モンスターの中にも多様な種類があるように、同じ召喚獣でも話が通じたり通じなかったり、ほとんど人間と変わらなかったりいろんなのがいる。オルちゃんとオメガの扱いが同等なんて、この世界を創った人はてきとーな人なんだろうなぁ。

 今わたしの目の前にいる、ぱかーっと口を開けっ放しのこいつ。アトモス君です。口開けっ放しだから当たり前かもしれないけど、しゃべらない。会話できないわけじゃないらしいのに、少なくともわたしはこの口が動くのを見たことがない。
「やーい建築物ー」
 とか言ってみても無反応だし。生き物なのか何なのか、判別し難いなぁ。
 でっかく開かれた口の中には形容し難い色の靄が渦巻いて、その先がどうなってるのかは窺い知れなかった。
 これが異界の口なんだとしたら、もしかしたらヴァナには戻れるのかな、なんて思いつつ飛び込んでみる勇気もなくて。だってこれはちょっとデジョントラップより未知の扉だ。
 溜め息をついて下顎部分にもたれ掛かり、そっと右手を伸ばしてみる。何にも行き当たらずにどこまでも伸ばせそうで怖かった。やっぱりこの中は宇宙空間とか次元の狭間とか虚無とか、そんな途方もない場所に続いてるのかな。
 圧倒されて手を引っ込めようとしたその時、何かに背中を押されてふっと体が浮いた。
「いっ!?」
 あわや転落ってところで、足と手の指とがそれぞれ引っ掛かってことなきを得る。でもこれかなり危険な体勢だ。目の前には相変わらず、吸い込まれそうなほど広大な空間があるし。

「しぶとい小娘だな」
 人をバカにしくさった声がして、でも必死で引っ掛かってるわたしは振り返って睨むこともましてや蹴りつけることなんてできるわけがなくて!
「エ〜ク〜ス〜デ〜ス〜ぅぅ!」
 いきなりなんてことするんだろ、一歩間違ったら死んじゃうよ。いや今も死にそうだし、最悪に最悪を重ねて死なずに無限空間を迷い続けることになるかも。
「そ、そっちに引っ張ってよ」
「ファファファ、断る!」
「このやろう……後で見てろ……」
 この人、最近全く容赦がないな。いくらわたしが温泉に沈めたり鎧の中に土詰めて動けなくしたり火をつけてみたり栄養剤をぶっかけてみたり、いろいろしてるからって、仕返しに殺そうとすることないじゃん。
「うぐぐぐ」
「サヤよ。私が貴様にしてやることなど何も無いが、どうしてもと頼むならば救ってやらんこともないぞ」
「……ブラックホールで?」
「左様」
 それって吸い込まれた先はアトモスの中とあんまり変わらないような空間が広がってるんじゃないのかなー。
「せっかくだけど遠慮します」
「残念だ」

 あっそうだ、召喚石の中に帰れば……ってダメだ、気を抜いた瞬間吸われそう。誰か助けを……あああわたしも同じ召喚獣だから喚べない!
 『喚ぶ』じゃなく『呼ぶ』なら、ってでもこっから声の届く所にいるのなんてカオスの人達だけで、とても助けてもらえるとは思えない。面白がって野次を飛ばすか面白がって見てるだけか面白がってとどめをさすか!
 くうう、あっジェクトなら助けてくれるかもしれない。でもあの人って半裸だからイヤだなぁ。うー手が震えはじめた。もう限界だ。これだけは絶対に避けたかったけど……、
「ゴルベーザ、助けてえぇぇぇぇ!!」
 恥もプライドも捨てて、勢いで落ちるのも覚悟して絶叫した瞬間、体がどこかに掻っ攫われた。なんか既視感、前に助けてくれたのはカインだったけど……見上げた先にあったのは、パラディン全開なセシルの顔だった。
「ぐわあ美形オーラにやられる」
「サヤ!?」
 いろいろな要素で瀕死のわたしを心配したセシルが正気に戻そうと揺すりまくる横で、グチャッと不快な音がした。恐る恐るそっちを見る。
 自分の発した重力で潰れてしまったかのようなアトモス。かたわらに立つのは、魔王さながらの真っ黒い甲冑。とりあえず、何もしてないのにぶっ潰されたアトモスに心の中で謝っとこ。っていうか生きてるよね?
「エクスデス! 彼女に何をした!?」
 無言のままに殺気をムンムン出してるゴルベーザと、剣を突き付けそうな勢いで気を吐くセシルに、エクスデスは無反応。さすがというかなんというか、まあセシルがその気になって構えてるのは武器じゃなくてわたしなんですけど。
「イマイチ緊迫感ないなぁ」
「……ふん。くだらん戯れだ」
 マントを翻して去って行くエクスデスに、追い縋ろうとしたセシルの腕を掴んで止めた。小脇に抱えられたままだから格好悪いのは気にしない。

「大丈夫だったかい?」
「あ、うん、大丈夫……です」
「そうか。よかった……」
 あれー、何だろこの気まずい雰囲気は。っていうかセシルが一緒に来たってことは、今までゴルベーザと話してたってことでつまり、
「わたし邪魔したっぽいね? ごめんね」
「えっ、いや、そんなことは」
 ああそうだ。わたしが紛れ込んでるから不自然なんだ。……ダメだ、やっぱり、どうしても落ち込みそうになる。
「……彼奴と交流があるのか」
 なぜか明後日の方を向いたゴルベーザが呟いた。誰のことかと一瞬考えて、その視線の行く先がエクスデスの消えた場所だって気づく。
「うーん。交流ってほどじゃないけど、遊んでたというか、まぁ……ちょっと危険なスキンシップを」
 エクスデスは、わたしを殺す気なんてなかったと思う。結果うっかり死んじゃったとしてもスルーされるだろうけど、殺意はなかったはず。そんな興味もないだろうし。
 こっちだって普段いろいろやってるもんね。それでも怒らないんだからある意味では温厚な人だ。あまりにも無関心だからこそ、怒らせてみたくなるんだけど。

「あまりカオスの者と関わるな。召喚石の中……に、いた方がいい」
「今の間、石の中にでも引っ込んでろって言おうとしたと思うんだけど、どうセシル?」
「い、いや、僕は分からないよ」
「サヤ」
 お父さんみたいに厳しくて甘くて、わたしを思いやってるらしい声。呼ばれた時の気分がなんだか懐かしかった。でも気に入らない。
 カオスの者って何? 自分も含まれてるわけ? 知ったこっちゃないよ! わたしは召喚獣なんだから、喚ばれれば誰の……、誰の味方にだってなるんだもん。
「兄さん」
 ふと、わたしの目を見ながらセシルがゴルベーザを呼んだ。
 あの世界で、わたしには聞けなかった言葉。捨て切れないあらゆる想いが全て詰まった、肉親を呼ぶ言葉は、やけに罪悪感を煽られる響きだった。
「……でも、僕はサヤがあなたを覚えていることが嬉しいんだ」
「セシル……」
「僕も兄さんも覚えていないことを彼女は知っていて、それでも兄さんを好きな」
「ちょっと待ったあ!」
 よし。わたし頑張った。割り込めない空気をあえて読まずに割り込んだ。
「そこは訂正してください」
「えーっと……つまり、足りない物があることも、許せない事があるのも知りながら、サヤが変わらずにいてくれるのが嬉しいんだ」

 変わらないことはとても安心感のあることで、だからこそわたしがあまり、そうありたくないと思ってることだ。でもわたしの何かが救いになってるって、セシルの想いに触れたのは初めて。
「私は……サヤが覚えていることを、私が知らぬのが辛くて堪らないんだ」
「でもわたしは! 覚えてることが辛いなんて思わない。カオスの人と関わるのもやめない」
「しかし」
「危ないからって理由なら尚更やめないよ」
 敵と味方をわけたくないのも、誰とでも関わりたいのも、関わりたくないのも、全部同じかもしれない。なぞってるだけなのかもしれない。
 覚えてないならそれでいい。……そのままでいいんだ。生きてるんだし、面と向かって会話もしてる。会えて嬉しいのは本当なはずだから、さ。
「……それでも」
 ゴルベーザは過去に戻りたくて、セシルは得た今が嬉しくて、わたしは……今度こそ、未来のことを考えられたらいい。
 逃げ帰る気にもなれなくて、ゴルベーザの足元に潰れてるアトモスを撫でてみた。なんかいろいろ出てるけど、死んでないといいな。

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