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未熟

 椅子に深く腰掛けてテーブルに身を伏せ、サヤはさっきからずっとくだを巻いている。水飲んで酔っ払ってるんじゃねえだろうな? まさかな……。
「うぅー、ううううぅ」
「うるせえ」
「お腹気持ち悪くなってきた」
「飲み過ぎだろ、そりゃ」
 ちっとばかりうんざりしてきた。こいつを外に出すわけにもいかねえし、飲み干される度にオレがいちいち追加を取りに行かなきゃならねえ。もう何回往復したんだか。
 この忙しいのになんでサヤの面倒まで見なきゃならんのか。
 まあ、こいつがここにいる間はゴルベーザ様がいろいろと気を回してくれるのは有り難いがな。どうせ周りの連中も寄せ付けられないからと人間に化けずに済むのが一番良い。

「水ー、おかわりお願いします」
「……よく飲めるなあ、お前」
 注いだそばから、さすがにペースは落ちてきてるがまだちびちびと飲み込んでいく。喉も渇いてねえのに飲み続けるのはキツイと思うんだが。
 今朝こっちに来てから今までずっと、くだらない話ばかりで何を愚痴りたいんだかさっぱり分からん。オレに「何かあったのか」と聞かれるのを待ってんだろうな、多分。聞いてやらねえけど。
「カイナッツォはさぁ……」
 こいつは何かと放置され慣れてんだ。無視しててもそのうち、こんな具合に勝手に話し始める。
「女の子、好き?」
「…………まあ、男よりはな」
 しかし想定外にも程がある質問で少しばかり戸惑った。なんだ一体、何を聞きたいんだ。先読みできねえぞ。
「美人の方がいい?」
「不細工よりは」
「じゃあ、わたしのこと、どう思う?」
「……はぁ?」
 ああ駄目だ、軽く理解の範疇を越えて行った。

 こいつが容姿について悩むことなら前からあった。とはいえ取り立てて特徴のない、良く言っても悪く言っても平凡止まりのサヤだが、殊更に卑屈になることはなかったんだが、しかし塔にいるには分が悪かった。
 あそこは本来バルバリシアの管轄だ。奴を筆頭に女型の魔物が多い。ああいう系統の奴らは、程度の差はあれ人間の男に対して有利に働く容姿を模っているもんだ。まあつまり、こいつよりもよほど美形が揃っている。
 同性だから誘惑こそされないだろうが、人間であるサヤにも何らかの効果は及ぶだろう。例えば、あっちじゃ気にしなかった外見をコンプレックスに変えるぐらいに。それでも今までは良かった。
「バルバリシア様とかは、魔物だから! ってごまかして平気だったんだけど」
 同じ物差しで計れないと知っていたからだ。サヤとあれらは別だ。バルバリシア達は生物の能力として華美を極めたんだと自覚していたから、人間から見れば異様な美しさも“そういうものだ”と気に留めなかった。だがどうやら事情が変わってきたらしい。
「ローザって本っ当にきれいなんだよね……」
 相手は魔物だからボロ負けしても仕方ない、と言い訳できない比較対象が身近にやって来てしまった。

 ローザというとあいつだな、セシルの連れの白魔道士の。奴を追い掛けてバロンを出奔し、それをどこぞで捕えて塔に閉じ込めてるんだったか? あっちの事情はあんまり聞いてねえんだよなぁ。第一、そんな女の外見まで覚えてないっての。ここはただでさえ似たような人間ばっかなのによ。
「生え際から毛先までサラサラのストレートでお肌つやつやだしわたしがうっかり見惚れるくらいの美少女でほっそりしてるのにちゃんとくびれてて、例えばそういうCMに出てる人って『髪は肌はスタイルは整ってるけど肝心の顔は? 顔はいいの? そこが重要なんじゃないの?』ってのが多いのにローザは顔まで含めてなにもかも完璧なんて三次元として有り得ないんだよ」
「オレに分かる言語で話せ」
「あれがこっちの標準レベルってことに絶望した!」
 なんか分からんが、要は、どこかに穴があれば奴も人間なんだと安堵できんのに全てにおいて完膚なきまでに差があることに、しかもそんな相手が基準として特に飛び抜けて美形ってわけでもないことに絶望した、のか。くっだらねえー。
 確かにあの女はセシルのオプションとしてある種の印象強さがあっただけで、別にずば抜けて美形ってわけじゃねえ。それが余計に堪えているんだろうか。……ってことはあっちの世界にゃ並以下の女ばかりなのか、と問えば「二次元と一緒にすんな!」と意味の分からない罵倒を返された。
「別に誰も比較しねえだろ、気にしなきゃいいじゃねえか」
 ローザがどうだろうとこの世界の美形基準がどうだろうとお前は眼中にねえだろうよ、と言外に含めたのがバレたらしく踏まれた。
 そもそも塔にいる奴らの中でサヤとローザの差を認識できてる奴なんかいるのか? 顔が判別できてるだけで御の字で、どっちがイイだの分かるような高等な脳味噌持ってるヤツは少ないだろう。自分で比べちまって勝手に落ち込んでるなら救いようがねえな。
「比べても無意味だって、分かってても落ち込むものなんだよ」
「そんなもんかねえ……」
 だからオレに励ませと言われても困るんだが。そういうのはもっと……あー、まあ、オレ達の中にゃそんな細かい気配りできる奴はいねえか。

「しかしお前、オレに魅力的だとか言われて嬉しいかよ」
「すっごく嬉しい」
「……あっそう」
 即答されると返す言葉もないな。正直なとこ、オレ達にとっちゃ人間の美醜なんてどうでもいいものだ。悪いよりは良い方がいいに決まってるが、そんなものはあくまでもついで。強いて気にすることと言えば肉の付き具合と魔力の濃度か? 顔の造詣なんざオマケ以下だろう。食っちまえば同じだからな。
 そんな価値観でも褒められれば嬉しいものかねぇ。
「カイナッツォは、思っても褒めなさそうだもん。だから、可愛いって言われたら嬉しいなー」
 そう期待を篭めて見つめられると遇えて「そうだな、やっぱ並以下なんじゃねえの?」とか言って虐めたくなるんだが。ここでこれ以上落ち込まれても鬱陶しいな。
「あー……そうだな。お前はまだ成長途中だろ。そこがいいんじゃねえのか」
「えーと、ロリコン?」
「違う」
 既に完成されているならこの先どんな変化もしねえってことだろ。自分が何の影響も及ぼせないと分かっているものに興味なんか沸くか。ローザがいくら美しかろうと周りには無意味なものだ。
 未完成品だからこそサヤはゴルベーザ様のそばにいられる。……支配欲を満たすために。
「ぐだぐだ言ってねえで、外見で劣等感を捨てられんのなら内面で勝てよ」
「……でもー、ローザは中身も美人なんだよ」
「そうかぁ? まあ確かに、あの根暗にはあれぐらい押しが強い方が合うかもしれんが」
 オレの好みじゃねえな、あれは。何かがズレてりゃバルバリシアの配下に居てもおかしくないタイプだぜ、関わりたくねえ。
「それに、勝ちたいんじゃなくて褒めてほしいだけだもん」
 ガキ臭い仕草で口をとがらせると、サヤはまた水を一気に飲み干して噎せた。アホだな。

 人並みの優しさだの愛情だのなら人間なら誰でも持ってんだろう。あの白魔道士が完璧だと思うならそれは何か、例えばサヤと比較した場合のことだ。個別に見ればいくらでも欠点はあるだろうし、こいつの美点も同じことだろう。まあオレはそれを論えるほど知らんがな。
 オレ達の基準で計るなら、重要なのはただゴルベーザ様の意思に沿うか、それだけだ。何があってもあの方を選ぶというならそれでサヤにも価値がある。どうあっても従うことは無いだろうローザより、余程。
「つまるところ、そいつが来てから自分の短所ばっか目について落ち込んでるから、慰めてほしいと」
「う」
「探しても探しても勝てる部分が見つからねえ、外見も内面も完敗、でっちあげでもいいからとにかく誰かに褒めてほしいと」
「そ、そこまで言う……」
「もうこのままでは自分は生きる価値すらないクズも同然だから」
「泣いちゃおうかなぁ!!」
 やっぱり人選間違えてるよなぁ。そりゃ確かにまともに見比べられんのは人間慣れしたオレぐらいのもんだろうが、それで素直に褒めてやるとでも思ってんのかねえ。
「……強いて言うなら」
「うん!?」
「身を乗り出すんじゃねえよ」
 ちっとばかし期待が重いぞこれは。突き放したら自重で沈み込んで浮上できなくなるんじゃねえのか。
「ローザは無理に捕らえられているだけだが、お前は自分の意思で逃げずにいる。その点でオレ達にはサヤの方が上だな」
「…………えー、分かんない」
「外見だの性格だのに拘らなくてもお前には価値があるって言ってやってんだ。身内贔屓されるだけでも嬉しいだろーが」
「わたしは捕虜じゃなく魔物側に数えられるくらい性格悪くて、そこがカイナッツォにとってはいいところだってこと?」
 大層不満げな顔でサヤが問い返してきた。まあそんなとこだな。身内か。そういやそうだ。もう、こっち側に数えてもいいかと思っていた。

 誰かを見捨てる時というのは自然とそいつに罪をなすりつけるものだが、この娘は自分が何を「していない」のか、よく分かった上でゴルベーザ様の元にいる。
 人間として未成熟で悪辣で非道だ。だからこそ共に居られるんだろう。だったら、そう在りたいと願う者には、不完全さこそが魅力になるんじゃねえのか。ま、オレは別に願っちゃいねえがな。
 にしても他人との比較についてこうまで悩むもんかね。人間は面倒臭いな。
「オレよりゴルベーザ様にでも聞けば、何の疑いもなくお前を選ぶんじゃねえのか」
「あれはあれでなんかやる瀬なくてイヤだった」
 ああ、もう試したのか。
「しかも『美形』とか『美人』じゃなく『可愛い』って言われたのがもうね」
 無意識に区別してる分、正直だなそりゃ。美形と言うにはいろいろと足りねえんだろうがそれは年齢的に仕方ないだろ……って、こいつがどれほど生きてんだか知らんな、そういや。
「やっぱ、お色気? それが足りないの? ローザとほぼ同い年なのにこんな差があるってことは」
「……よし、酒でも飲むか」
「え、それ関係な……何なの急に、どうしたの?」
 ローザと同い年だと? 馬鹿な……空耳だよな。いやしかしそれではあまりにも……考えないことにするか。いや、世界が違えばこの程度は誤差の範囲だよな。そういうことにしとこう。
 改めておぼろげな記憶の中からローザの姿を探り出し、サヤの隣に並べてみた。……人間性ならともかく、女として張り合うのは、そりゃ無謀ってもんだろうよ。

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