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束縛

 各々、手持ちのアイテムを減らす意図もあっての休息だった。それとなく編成されてゆくパーティの中、成り行きと気まぐれで、わたしはサヤと同じコテージにいた。共に眠るのはセシルさんとそのご家族、そしてカインさんとゴルベーザ。
 特に会話もなくけれど気まずさもない、逆に奇妙なほど普通の夜を過ごして夜明け前の今。なんだか異様な気配を感じて目を覚まし、その源を探す。
 ローザさんとセオドアはまだ眠っていて、カインさんは……頬をひくつかせながら何かを見ている。視線を辿った先には寝そべったまま硬直するゴルベーザ、そしてその上には虚ろな瞳で短剣を構えたサヤが。
 ……わたし、寝ぼけているのかしら。もう一回寝よう。

「お、い……サヤ、何のつもりだ」
 一度剥がした布団を再びかぶったところで、低く静かな声に意識を引き戻された。ああ、やっぱり現実だったわ。
 誰もが状況を把握できないまま、武器を持たないはずの彼女の手に握られたそれは、鈍い光を放ってゴルベーザの首筋に宛てられていた。だけど何故だろう。わたしには、あんまり切迫感がない。だから未だ寝転んだままで行く末を見守ることにする。
 それよりもね、年頃の女性が起きがけから異性の寝台に潜り込んで、その腹上に跨がっていることの方が問題だと思うのだけど。朝になったら一応嗜めておかなくちゃ。
「……サヤ?」
 このまま凝固しそうな空気にいたたまれず、つい起き上がって声をかけた。ハッとして振り返ったのは彼女じゃなくて、カインさん。
「気持ちは分かるけれど、それは今すべきことではないと思うの」
「いや、時期の問題じゃないだろポロム……」
「そうですか?」
 でも、ゴルベーザの寝首をかきたい人間は仲間内にもたくさんいるはず。サヤはその中の一人ではなかったけど。何にせよ、仲間割れならば全て終わった後に。

 何も篭らない彼女の視線を粛々と受け入れて、ゴルベーザがサヤの手に触れる。それに反応してか感情の消えていた瞳に光が蘇り、
「…………ひっく」
 泣き出し、た?
「ど、どうしたと言うんだサヤ!」
「お前……、そんなに思い詰めてたのか」
 悲痛な面持ちでカインさんが彼女を見つめる。やっぱり、あなたもそう思っていたんじゃないですか。サヤがゴルベーザを恨んでいるって。
 微かな嗚咽を懸命に飲み込みながら、ぐしぐしと目を擦ってゴルベーザの服を掴む。上に乗る彼女を落とさないよう、ゆっくりと起き上がって……。
 なんというか、やっぱり目の毒だわ。ここからでは下半身が見えず裸にマントを羽織っただけのゴルベーザ、その膝に乗って泣き濡れる少女。うっかりどこかに通報したくなるような光景ですわ。
 まあ、まだ短剣を握ったままなのだけど。

 しゃくり上げながら真っ直ぐにゴルベーザを見つめて、肌に食い込むギリギリまで切っ先を喉に押し当てる。うろたえるのはわたしやカインさんばかり。殺意が無いのは傍から見ても分かるとはいえ、全く動じない彼もさすがかしら。
「ヒゲ……」
「何?」
 ぽつりと呟かれた言葉にゴルベーザが首を傾げ、わたしはカインさんと顔を見合わせる。ヒゲ?
「セシルとカインにヒゲ生えてる……」
「…………」
 うん、確かに生えているわね。窶れて寝込んだままのセシルさんはもとより、目を覚ましたばかりでまだ身支度を整えていないカインさんも、その顎にまばらなヒゲが。
「……で?」
 心なしか興味の失せうんざりした顔で、カインさんはもう二度寝の体勢に入りつつある。うーん、やっぱりわたしも寝ようかな。
「ゴルベーザもヒゲ……」
「それはまあ……朝は仕方ないだろう」
「じゃあなんで昨日ずっと生えてたの」
「剃っている暇が無かっ、」
「わたしが剃ってあげる」
 更に強く押し当てられた刃に、さすがのゴルベーザも青褪めた。
 どうしてそんなに嫌なのかしら。確かに三人ともどちらかと言えば男臭さの少ない人で、うっすらとだけ生えてくるそれが似合っているとは言えないけれど。……セオドアにだっていつかは生えるのよ、と言ったら本気で泣いてしまうかもしれませんわね。

 それにしても、セシルさんはともかく、もう完全に無視することに決めたらしいカインさんにだって何も言わなかった彼女が、ゴルベーザに対しては最早明確な殺意を持って血を流させてまで……あら、血が出てる。
「サヤ! 刺さっ、刺さっている!」
「刺してんのよ」
 他の誰でもあまり気にしない事柄を、只一人にだけ妥協できない彼女は。
「……ああ、大切な相手にだけ理想が高いのね」
 不意に全てが止まり、二人してこちらを凝視する。呆れ果てた溜め息はカインさんから。おのずから石化した彼女の頬が染まった。
「ば、わ、あう、剃ってよバカ!」
「待て、だから刺さっていると言うのにっ、皮ごと剥ぐ気か!?」
「ゴルベーザはヒゲなんか生えちゃダメなんだよ!」
「泣くほどの事では……わ、分かったから自分でやらせてくれ!!」
 はぁ、馬鹿馬鹿しいですわ。明日の戦いのために、わたしもカインさんを見習ってもう寝よう。

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