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迷子

 何となくの既視感と、あの時ほどではない困惑と。今わたしは月に一人ぼっち。端的に言うと迷子になっていた。
「どうしようかなぁ」
 発端は「プリン狩りに行くぞ」ってゴルベーザの一言で、隠してた魔導船を引っ張り出してやって来たのは主のいなくなった偽物の月。それでもハミングウェイなんかは普通に住み続けてるのにびっくりした。何食べてるんだろう、あの人達。
 普段は絶対役に立たないゴルベーザの謎のツテでアラームを大量に買い込んで、四天王まで揃ってのパーティに気を抜いちゃってたのかもしれない。地下渓谷に入って、よりにもよってその半ばで皆とはぐれるなんて!
 記憶を手繰ってみても月の民の館への帰り道は分からなくて、当然ながら目的地である例の隠し部屋への道順も不明だ。ああもう本当に、どうしよう?

 やみくもに歩き回るよりその場で探しに来てもらえるのを待ってる方がいい。そりゃもう分かってるんだけどそうもいかないのが現実で。
「うっ……またなの」
 通路の先に陣取るドラゴンを見つけてはそっと引き返す、全力で逃げる、脇目もふらず走り抜ける。……なんてことを繰り返してる内に自分がどこから来たのかもわからなくなった。
 ここって会話も成り立たない強そうで怖そうなモンスターばっかりだし! わたしもう泣きそうだよ……。ミシディアの近辺なら、声をかけた5回に1回くらいは誰かの配下の魔物に当たるのになぁ。
「はぁ……」
 せめてキャンプルームに辿り着きたい。死ぬにしても屍を拾ってもらえる死に方を、と後ろ向きになりつつ歩き回ってると、なんだか不自然な通路に出た。左手の壁に並ぶ3つの部屋、これは見覚えがある。
 そうだ、確か最強武器の部屋! ……の跡地。早速キャンプルームに入って意気揚々と魔法陣の上に乗って。
「……テント持ってないとかよくあること」
 セーブもできないし、ものすごく無意味だった。でもここからプリン部屋は近かった気がする。行くべきか、行かざるべきか? 誰か背中押してくれる人いないかなって自棄気味に辺りを見渡すと、いなくていいのにそこにいるモンスターを見つけてしまった。

「…………えっと」
 じっとわたしを見つめるふてぶてしい顔と、最近ちょっと美味しそうに見える気がしてきたプルプルボディ。パープルババロアよりも色鮮やかでどこか高貴な気品漂うそれはまさか。
「……プリンプリンセス」
 その一言に大袈裟なほどの警戒心をあらわにして、プリンセスが後退りした。何となく体が小さいような気がするけど、幼体なのかな。
「なんでこんなとこにいるの?」
 敵意の無いことを強調して微笑んでみる。向こうはある意味無表情ないつもの顔でわたしを観察してるみたいだ。うーん、プリンセスって名前が果てしなく似合わないな。
 この子、巣まで案内してくれないかな。通り過ぎちゃったこの場所で待つよりは、目的地にいた方が再会しやすそうだ。
「あのね、」
 お嬢さん、家まで連れてってくれませんか、と言いかけてやめた。都合が良すぎる。そもそもわたし達、プリンプリンセスを狩りにきたんだし……。
「やっぱり一人で頑張ろっかぁ」
 心細さを見なかったことにして奮起する。一人であの部屋に辿り着いて合流できたら、褒めてくれるかなって。

 気合い入れてキャンプルームを出かけた足が何かに縫い止められて、地面に思い切り顔をぶつけた。
「がごぁっ」
 うう、鼻が取れるかと。何が起きたのかと足元を見たら、プリンセスがだめだめと体を震わせながら足に絡み付いてる。
「心配してくれてる、のかな。ありがたいけどわたし、ゴルベーザ達と合流しないと」
 ここにプリンセス、モンスターがいるってことはつまり、キャンプだからって安全じゃないってことだもんね。目的地が近いなら待つより行動した方がいい。なのに頑固な顔したモンスターはわたしの足から離れてくれなくて。
「ちょっ、あの、わりと急いでるからさぁ!」
 もたもたしてたら、また入れ違いになるかもしれない。焦って足を振り回すとようやくプリンセスが離れて、気を取り直して立ち上がる。……何だろうこの意味ありげな視線。これ系のモンスターってイマイチ意思疎通できないや。
 構わず歩き出したら後ろからズルズルと音がついて来る。わたしが立ち止まると音も止んだ。また歩き出すとズルズル。なんなのこのホラー体験。
「……ついて来るの?」
 試しに振り返って手を差し出してみた。まさかと思ったけどプリンセスはひょいと跳び上がって、わたしの腕にすっぽり収まる。早く行けよって言いたげな顔はやっぱり生意気だけど。
「い、いいのかなぁ」
 プリン狩りに行くのにプリンセスを道連れにしても。今から行く場所、あなたの仲間の惨殺死体があるかもしれないんですけど……。

 なんだかんだで連れがいると安心感がある。頼りがいはないけど、手に掴めるものがあるとそれだけで拠り所になった。
 階段をのぼっておりて、モンスターを避けつつ何度か迷って引き返しながら、やっとそれらしき小部屋の前に来た。中から響くのはモンスターの咆哮じゃなく激しい戦闘音。戦ってる、ってことは……ゴルベーザ達がいる!
 硬直したプリンセスにも気付かないで、心からの安堵感に身を任せて部屋に飛び込んだ。そこに広がってたのはピンクの海だった。
「は?」
 呆気にとられて「ゴルベーザ達はどこ?」って疑問も浮かばなかった。腕の中でプリンセスが身じろぎして、それでハッと我にかえってよく見ると、床に敷き詰められたそれは大量のプリンプリンセス。
 部屋の奥でざばーっと舞い上がったかと思えば、プリンの波間にちらっとカイナッツォが見えた。青いから目立つね。
 目をこらすと、重なり合って限りなく不透明に近くなった体越しに、なんか全員ちゃんといるっぽいのがわかった。……もしかしてアラーム全部いっぺんに鳴らしたの? こんな大量のプリン……別のナンバーでこういうのあったよ!
 少しずつ暈が減ってゴルベーザ達が見えてくる。このペースで倒してるってことは今、何チェーン目? とかどうでもいいこと考えつつ。
「ホント、どうしようかな……」
 遮るものがなくなっても誰もわたしに気付かない。皆まわりのことなんかそっちのけで、生き生きとして群がるプリンを倒しまくってた。これはつまり、絶賛バーサク中。ああ、やっぱ自分で動いてよかった。迎えに来ないよこれは。

 どうせ魔法は無意味だからと今日のゴルベーザは斧装備だった。体格に見合った巨大な得物を振り回す姿は勇壮というよりもいっそ野蛮だ。一撃が重すぎてプリンを叩き潰すだけに飽き足らず、斧が振り下ろされるごとに地面がえぐれた。飛び散った岩がまた別のプリンを押し潰す。
 そして狭い部屋の中、視界から外せない四人の色。ピンクの波に埋もれもせずに猛威を振るう、四天王の面目躍如。思えば、バルバリシア様以外はこんな風に戦ってるのを見るのは初めてだ。
 物理攻撃に特化した戦闘だとスカルミリョーネとバルバリシア様が抜きん出るみたい。っていうかスカルミリョーネ、剣も使えたんだね、知らなかったよ。普通の戦いの中で見てたらきっとかっこよかったんだろうなぁ。
 腕の中でプリンセスが震えてる。だけどわたしも震えてたから、それがどっちの恐怖感なのかわからない。
 狂戦士と化した5人の化け物が、押し寄せるプリンの群れを蹴散らして、撃砕して、みるみるうちに殲滅していく。もうやめてゴルベーザぁ! とっくにプリンのHPはゼロよ、もう勝負はついたのよ!
 っていうかわたしの心が尽きそうだよ。だけど言えない、割り込めないんだ。あの勢い、皆さんちゃんとわたしとプリンの区別つくのかなぁ、なんて怖くなる。

「……あのさ」
 恐怖のあまりすっかりホワイトムースになってしまったプリンセスに、優しく話しかける。なんか死にそうな感じの目で見上げられて胸が痛んだ。
「……二人でキャンプルームに戻ろっかぁ」
 もういろいろと見なかったことにして。この子が種族愛の強い子で、留まるって言うなら放っちらかしてわたしだけ逃げるくらいの気持ちで。幸いにもわたしの意思を汲み取った彼女(?)が頷いて、決心した。
 目の前の何もかもを刺激しないよう、そっとそっと踵を返す。だけど神様はいつも無情だった。一歩踏み出そうとしたその瞬間、背後で戦闘の音が止む。
「……サヤ」
 遠くで聞こえる他人みたいな声に、だけどずっと前から逆らえないゴルベーザの声に、恐る恐る振り返った。床に散らばる惨殺の跡(尻尾)そして立ち尽くすゴルベーザ達。その目に未だ理性の光はなく、視線はわたしに注がれる。ううん、わたしの腕の中にいる……プリンセスに。
「あうあうあう……」
 さあどうするわたし。1.駄目元でプリンセスを見捨てて逃げる。2.駄目元で皆にエスナしてみる。3.駄目元で今すぐテレポを……うううどうしてぜんぶ駄目元なんだろう!
「サヤ、おいで」
「いやっ! わたしそっちに行きたくないの」
「渡しなさい」
「お願い、殺さないで! お願い!」
 緊張で凝り固まり弾力をなくした体を、ぎゅっと抱きしめた。なんだかいろんなトラウマが降って湧く。そして脳内で鳴り響いた音楽は……
『わたしたちといっしょにおどりましょっ!』

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