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脱出不可能

 気温が下がるにつれてサヤは外出を控えるようになってきた。それでも時折は奮起して一日を外で過ごすこともあったのだが、ここ数日は完全に部屋に篭っている。
 人は魔物よりも弱いものだし、無理をするよりは保身に走る方がマシだろうと、私もそう考えていた。しかし一歩も出歩かない日が続くのは如何なものか。
 塔にいた頃は周囲に無茶を言ってまでも太陽の下に出たがった彼女が、今は立ち上がるのさえ億劫そうに「部屋を出なくて済む言い訳」を並べ立てる。
 全ての原因は、彼女の部屋の真ん中に鎮座している、コタツとかいう暖房器具にある。それを入手した時のサヤの喜び様を見れば微笑ましかったのだが、日を追うごとに怠惰になってゆく彼女に気付き遅まきながら焦りが芽生えた。
 今では、始めはサヤを咎めていたゴルベーザ様までもが一緒になってそこに寛いでいる始末。
「はーあったかい」
「そうだな」
「エブラーナが滅びなくてよかったよね」
「ああ。あの戦いを生き延びた者が多数いて本当によかった」
 サヤはともかく、あなたが言うのは批難も多そうですが、ゴルベーザ様。そもそも生き残りが多数いたということは、私が役目を全うできていなかったのと同義ではないのか。まあ今更言われても困るが、目の前で仕事の不備について「よかった」などと評されるのも複雑なものだな。

「……みかん」
 ふとコタツの上に置かれた橙色の果物を手に取り、サヤが悲しそうに呟いた。先日買った分はあれで最後だったか。普段はさほど好んで食べるものでもないのに、コタツに入った途端に消費量が増えるのは何故だろう?
「最後の一個になっちゃったよ……」
「ここにいると喉が渇くからな……もっと大量に買っておけばよかったか」
「一箱あればいけると思ったけど、ミシディアってみかん美味しいんだね」
 惜しみながらも皮を剥き終えたみかんの半分をゴルベーザ様に譲り、二人仲良く摘む姿は見ていて和む。……が、なぜ揃って私をちらちらと窺うんだ。買って来いと言いたいのかもしれないがそんなずぼらな訴えは私には届かないぞ。

「ああー、もう一生こっから出たくない」
「出なくても生きていけそうな気はするな」
 本当に、こんなもの買うのではなかった。いや、私が悪いのだろうな。寒さに憂鬱な顔を見せるサヤが哀れで、つい。故郷の懐かしい団欒風景を語る、その中に登場するものに似た家具が、エブラーナにあったとつい口を滑らせたばかりに。
 己が軽率な行動をとっていたとは、後悔する段階になるまで気付かないものなのか。私の言葉が彼等をこうも堕落させると予め分かっていたならば……ああ、もう言っても仕方ないことだな。
 今は二人をここから出すことを考えなければ。まず第一に二人が一切顔を見せなくても一向に気にしないこの町の住人が怖い。存在を忘れているのだろうか。
「サヤ、いい加減に外へ出ないか? ゴルベーザ様も」
「や」
 一言どころか一文字で断られた。ゴルベーザ様に到ってはあからさまに聞こえないふりをしている。いかん、ここで苛立ってはいけない!
「いくら寒いにせよ、せめてそこから離れるぐらいはしたらどうだ」
「やだ。わたしもうコタツと一体化してるの」
「そんなわけがないだろう!」
 実際そう言える程には密着しっぱなしだが。最後に彼女が歩いているのを見たのはいつだったか。致し方ない、無理矢理にでも引っ張り出してやろう。
「ずっと篭りきりでは体に悪いだろう?」
「いいの! わたしコタツと生涯を共にするから!」
「ば、馬鹿なことを言ってないで」
「ゴルベーザ助けてルビカンテが変なとこ触るようー」
「嫌ならその手を離しなさい!」
 大体、変なところも何も引っ張り出そうと羽交い締めにしてるだけじゃないか、人聞きの悪い。というか、こんな時ばかりどこからそんな馬鹿力が沸くんだ? しがみついて全く剥がれる気配がない。ゴルベーザ様もさりげなくコタツごとサヤを持って行かれないようガードしているし。私の味方はいないのか……!

「ルビカンテよ、女性に対し不埒な態度で肌に触れることをセクハラと言うらしいぞ」
「うっ……いや、私はただ、彼女のためを思って」
「セクハラえろ親父! 変態! 痴漢! 露出狂!」
「……いくつか本音が入っていないか……?」
 全くもってひっぱたいてやりたくなるほど可愛らしい娘だな、サヤは。何かこのままでは理不尽に汚名を着ることになりそうだ。攻め方を変えるか。
「もうじき風呂も沸くが、外に出なければ入れないだろう」
「んー。今日はいい、入らない」
「な、何っ!?」
 あれほど毎日楽しみにしていた風呂の時間を割いてまでもそこにいたいと言うのか。コタツというのはそれほどの求心力を秘めているのか? ただ寒いだけならば私が解決することもできるのに、サヤのこの執着は一体何だ。
 いや待てよ、今唐突に思い至ったことがある。なぜ今までそこに気付かなかったのかと自分を罵りたくなるほどくだらないことだが。
 この家具の熱源は机に取り付けられた箱の中の炭だ。……あれがなくなればただの掛け布団。空間がある分だけただの布団よりも少し寒いかもしれない。
「サヤ、ちょっとそこを退いてくれ」
「え? ルビカンテも入る……あああああそれ取っちゃダメ!」
 私の意図に気付き慌てた彼女が縋ってくるが、押し退けて備え付けの箱を取り外す。中に炭火のいけられたそれは私の手にも暖かい熱を発している。
「コタツから離れられるまで、これは没収だ」

「……サヤ、ここは諦めよう」
「ええっそんな!」
「やけに物分かりがよろしいですね」
「だが熱が消えるまでは入っていてもいいだろう?」
 不満げな呟きを漏らすサヤを抑えてゴルベーザ様がこちらを窺う。あまりにも素直な態度が怪しいが……。コタツそのものが冷えてしまえば二人とも立ち上がらざるを得ないだろう。多分、大丈夫、か?
「まあいいでしょう。満足いくまで名残を楽しんだら、節度ある生活を送ってください」
「分かった。暖かくもないコタツに入っていても仕方ないからな」
「……はい」
 未練がましいサヤの視線は分かりやすいが、ゴルベーザ様のお考えが分からない。あの妙な余裕は何だろう。ともかく、念のため予備の木炭も私が管理しておくとしよう。

 しかしやはり釈然としない。なおも熱を発する炭火を抱えたままテレポし、部屋の外からひそかに様子を窺ったところ、中から小声の悪びれない会話が聞こえてきた。
「うぅ、ここにきてコタツ無しの生活なんて……」
「嘆くな。火が無いならば作ればいいんだ」
「うわ、そんなちっさいファイアできるの?」
「でなければ大人しく渡しはしないとも」
「ゴルベーザ天才」
 ………………やはり根本から何とかしなければ駄目だな。蹴破るように扉を開け、驚く二人を無視してその間に鎮座している害悪な物体に全力で炎を放つと、それを凌駕する勢いで二手から批難の声が返ってきたが。
「お、お前という奴は……私達まで燃やす気か!?」
「コタツが! コタツがあぁ! ルビカンテの鬼畜ー!」
「ええい喧しい! さっさと外に出なさい!!」

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