─back to menu─


決意

 いつものように留守を見計らって忍び込む。……いつものように、というのがそこはかとなく悲しかったりもする。これって丸っきり空き巣だよなぁと思えば情けなく、沸き起こる罪悪感を振り切って台所へ向かった。
 すでに目当てのものは見つけている。離れていても分かるこの匂い……、近づいて、蓋を開き中身を確認しようとした瞬間、背後から鋭い声が飛んできた。
「そこまでだねずみ小僧!」
 ねずみ小僧って何だ!? 僕の背が低いのに対する厭味かとツッコミかけて、振り返り見たサヤさんの目が予想を超えて怖かったので黙り込んだ。
「正面から力任せに持ってくならともかく、人のいない隙にこっそりってのはずるいよ」
 正面からならいいって問題でもないと思うんだけど……。そもそも、真っ向勝負したってこちらに勝ち目はないのだから。ここの警備は手厚すぎる。
「手間かけて作ってるのにしょっちゅう盗られる身にもなってよね」
「す、すみません……」
 サヤさんの口調からは怒りよりもどうしようもないやる瀬なさが感じられて、少し胸が痛んだ。

 悪いなあとは思っている。「いただきます」と書き置きしているけれども常に事後承諾だし、こちらは手間をかけずに文字通り美味しいところだけを横取りしてるのだから。でも、ここ以外では手に入らない物だし!
「だってサヤさん、お金を払うって言っても譲ってくれないじゃないですか」
 相応の対価を支払うと言うのに「絶対ヤダ」の一言で切り捨てられるのは、ちょっと理不尽じゃないかと思ってしまう。
「お金の問題じゃないもん。ツキノワもエッジもわかってない!」
 憤慨しながら彼女は切々と語り始めた。それは僕にとっては結構おどろくことで、やっぱりもう少し歩み寄った方がいいかなと考え直したくもなったり。

「まずあっちで材料を覚えたのはいいけど、こっちの世界でそれがどの香辛料にあたるか調べるのに一苦労でしょ?」
 あのカレールーというものは様々な香辛料を合わせて作ったものらしく、細かな成分調整で自分の好きな味へと近づけるのに相当な時間がかかったらしい。彼女のいた世界とは、材料の呼び名だって違ったかもしれないし、こちらには存在しないものだってあっただろう。
「それから、一度に大量買いするってもたかが知れてるし、ファブールとかエブラーナとかダムシアンとか回らなきゃ揃わないし」
 ほぼ無限テレポがあるから距離はそんなに問題ないけど、毎度毎度一回で済まないのは地味にめんどくさいんだ、と苦々しげに付け加えて。
 当人は知らないだろうけど、サヤさんがエブラーナで買い物をして行くのを見つけたら「そろそろだ」と連絡が来るようになっていたりする。僕はその部分しか知らないから、エブラーナだけで買い揃えてるんだと思ってた。違ったんだな。道理で再現しようとしてもできないはずだ。
「ミシディアで取り扱ってくれたら一番楽なのに遠いから仕入れが面倒とか言うし、あっちも需要少ないから売りに来るのやだって言うし!」
 それはまあ、そうだろう。実際にここでカレーライスを作っても、おすそ分けがあれば貰う、というくらいで住人の反応は薄い。必要なものを店で売り出したとしても買う人はほとんどいないと思う。パロムさんやレオノーラさんはわりと気に入ってよく貰いに来てるみたいだけど。

「……あの、ここの住民だったら分けてもらえるんですか?」
「っていうか、ちゃんと最初に言って一緒にうちで食べてくならツキノワにだってあげるけど」
 それは知らなかった。今まで命を懸けてきた僕は何だったんだろう? でもいちいちミシディアまで来るなんて、僕はともかく御館様にはほぼ不可能だ。
「もっと手っ取り早いのは作り方覚えて帰ればいいんだよ」
「ぼ、僕が!?」
「覚えちゃえば簡単だって」
 頑張ってエブラーナに広めてよ、なんて簡単に言ってくれたものだ。料理ってあんまり得意じゃないのに。というか正直言ってかなり苦手だ。それにこういうものって秘伝にするんじゃないのかと問えば。
「儲けようと思えば儲かるだろうけど、どこでも簡単にカレー食べられるようになる方がわたしは嬉しい」
 今のところ、カレーライスが食べられるのは世界中で唯一ここだけだから。だから盗んででも食べようとここに来ちゃうんだけど……って、話が振り出しに戻ってしまった。

「実はいろんなとこの宿屋に頼んでたまに作ってもらったりしてるんだけど」
「え、いつの間に……」
 動かないように見えて実は活発な人だ。エブラーナにも進出してるんだろうか。
「一度にたくさん作る方が美味しいから、材料さえ手に入るようになれば定着すると思うんだよね」
「そうですね。最初は匂いなんか驚きましたが、あの味を好きな人は多いと思いますよ」
 と、たまに褒めるとすごく照れたりする。こういう姿を見ると可愛いと思わなくもない。
「ホントは固形ルー作れるのが理想なんだけど、なかなか……」
 あちらの世界には、野菜を刻んで煮込み、そこに入れるだけという手軽にもほどがあるカレールーがあったらしい。それが作れたらこちらの世界でも簡単に広まりそうだ。そうなれば大元の材料の流通だって増えるはず。今はまだちょっと安定性に欠けるカレー粉だけれど。

「各国での評価はどういう感じですか」
「まだあんまり広がってないけど。ファブールが好評、ダムシアンは普通、バロンはダメっぽい」
「トロイアはどうでしょう? 好きそうな気はするけど」
「レオノーラはイケるって言うけどあんまり乗り気じゃないな。大きい意味なさそうだし」
 確かに、外交が盛んとは言えない国だから、あそこで広まっても仕方ないかもしれない。売り込むのも苦労が多そうだし。それはミシディアも同じだけど……。
「とにかくー、まだまだ大変な苦労があるってわかってくれた?」
「はい……、想像以上に。少し反省しました」
「少しっておい」
 呆れたように肩を竦めて彼女は台所に去って行く。何だろうと思っていると、先程盗り逃したあの大鍋を手に戻って来た。
「食べてく?」
「いいんですか」
「わたしも一緒に食べるなら腹立たないからねー」
 自分の苦労の結晶が、知らないところで誰かに食べられるのだけ我慢ならないそうだ。それって異性への独占欲みたいだけど。

「サヤさんは本当にカレーライスが好きだな」
「そんなめちゃくちゃ好きなわけじゃないけど、象徴っぽいものはあるね」
「元の世界の?」
「うん。べつに重い意味じゃなく、懐かしい味?」
 故郷とか家庭の味というものは僕には分からないけれど、サヤさんにとってはこの味がそうなんだろう。何となくしんみりしてしまった。だけど僕にも役目がある。
「……あのう、できれば御館様にもお土産を頂けたらなぁ、と」
「いやです」
 うっ、すごい笑顔で言われた。やっぱり頼んでも駄目なものは駄目らしい。でも世界中にカレーライスが広まるまでなんて待てるだろうか? 持ち帰り完全不可、となればきっと御館様はミストに加えてミシディアにまで足繁く通われることに……あっ。
「あの、ミストには布教したんですか?」
「こないだリディアにレシピ押し付けてきたし、ちょっとだけカレー粉もあげたから、材料持参なら作ってくれるかもね」
 結局はエッジ次第だけどと締めくくる彼女は最初からあちらへの誘導を考えていたようだ。結構恐ろしい人かもしれない。

「リディアは気に入ってくれたけど、ツキノワは残念だねー」
「えっ?」
 どうしたことだろう。何かすごく嫌な予感が、
「ポロムはイマイチ好きじゃないみたいだもんね、カレー」
「ぐっ……ゲホッ、な、何をいきなり」
「まあパロムは気に入ってるし、身内から篭絡する手もあるよ」
 むせ返る僕を軽く流しつつ、スッと一枚の紙切れを差し出してきた。慌てて傍らにあった水を飲んで、落ち着いたところでそれを読む。多種多様な香辛料と、売ってる国、安い店の名前。これはつまり……。
「果物とか蜂蜜入れて甘味のあるの作ってもいいし。頑張ってね」
 僕はただ御館様のご命令で頂きに来ているだけで別にあわよくばポロムさんと一緒になんて不純なことを考えてるわけではないしそもそも隠してるはずなのに何故この人が知ってるのかどこまで知ってるのか誰と誰が知ってるのかままままさか御本人にまで!?
「面白いからおかわり許可」
「あ、ありがとう」
「気づいてないのは本人だけだよねー」
 もしかしてもしかしなくても、この人まわりの影響で心が読めるようになったんじゃないかな。怖い。
「忍の行動力でカレー布教に貢献よろしく」
「はいぃ……」

|



dream coupling index


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -