─back to menu─


お料理教室

 二人が楽しそうに語らってるのを、部屋の隅でじっと見ているだけなんて。惨めだわ。こんな状況、四天王としての矜持が許せない。……でも、入っていけないんだもの。
 サヤはプリンが好きらしい。モンスターではなく食べ物の。そこまで一般的なデザートでもないけれど、サヤの世界ではわりと日常的に食べるものだと聞いた。
 食べられないとなれば余計に欲しくなるらしくて、思い描くものを自らの力で勝ち得ることができる今、あの娘はとても張り切っている。
 ……それにしたって、ねえ。そう広い家ではないし、かつて住み着いていたゾットの塔の調理場よりも余程狭いこの台所。中央に陣取るテーブルの全面に並べられた、寄せ集めとしか言いようのない雑多な容器。
 小型の鍋から湯呑みから、使えそうな物は全て使うつもりのようね。……そんなに作ってどうするのかしら。他人に分けるくらいなら、あたし達が全て食べてやるけれど。

 再び彼女の方へ視線を移せば、次の行程に入ったらしくサヤのテンションはますます上がっていた。楽しそうだわ。……いいなぁ。
「牛乳投下しました。ルビカンテよろしく!」
「沸騰はさせないのだな。任せてくれ」
 人間の娘に言われるがまま、戸惑うでもなく鍋の火を見る姿の情けないこと。なんで楽しんでるのよ。っていうかちょっと手慣れてきてるじゃない。
 プリンの種を作っている隣で熱されているのは、あの双子の魔道士達から借りてきた巨大鍋。とても普通の火力では太刀打ちできない。瞬時に大きな火を操れてしかも温度を一定に保つことすらできる、ルビカンテは完全に便利扱いだった。
 そりゃあたしだってサヤが暑いと言えば風を起こしてみたりするけれど……。料理の手伝いよ。頼られてるというより使われているのよ。四天王最強の男として本当にそれでいいのかと詰め寄りたくもなる。別に八つ当たりなんかではないけれど!
 温まった牛乳から甘い匂いが漂ってきた。本来なら気分の休まりそうな優しい香りが腹立たしい。別途用意された鍋からも甘い匂いがする。そんなに糖分ばかり摂って虫歯になっても知らないんだから。
「この後はどうすればいい?」
「卵と混ぜて漉す。んでー、ヘラでまた混ぜる」
 丁度あたしの目の前にあったそれを、なんとなく勢いつけて放り投げてみた。取り損なったサヤをフォローしてルビカンテが受け取り、あたしには振り返ることなくまた二人で楽しそうにしている。
 どうしてってこともないけど今とても暴れたい気分だわ。
「ラム酒を入れたいな」
「わたしあれ苦手なんだけど……まあいっか、ゴルベーザも好きだし」
 なんかずるいんだもの。あたしも一緒に作りたい。それにあたしは紅茶を入れたプリンの方が好きだわ。

 鬱々と念を発していたら、何か受信したのかサヤが振り返って「バルバリシア様もやる?」と尋ねてきた。いかにも取って付けた様なのが不満だけど、気付いてくれて嬉しいわ。
 でもルビカンテのぎょっとした顔が見逃せないわね。無理だろうって顔するのは止めなさいよ。まあ、無理なのは確かだけれど。次ってゆっくりしっかり混ぜるところでしょう? 間違いなく向いてないわ。じっと待つ料理は嫌いよ。
「いらない。出来上がるまで見てるわ」
 あたしの言葉にあからさまな態度で安堵したルビカンテはともかく、サヤの不安そうな表情が気になった。見てるのも駄目だと言うのかしら。あなたじゃないんだからつまみ食いなんてしないわよ。
「できるまで、まだまだ時間かかるよ?」
「あのねぇ……子供じゃないんだから、それくらい大人しく待てるわよ」
「ほう、それは知らなかったな」
「何よルビカンテ、何が言いたいのよ!」
「いいや。何でもない」
 何をニヤニヤしてるのよ、苛々するわ。サヤもなんだか嬉しそうだし、つもりがなくてもからかわれているような気になる。
 一転まじめな顔つきに戻って火を止めると、漉して混ぜて滑らかになった種を所狭しと並ぶ容器へ注いでいく。まだ蒸さなければならない。温度を保つためにルビカンテは言葉も話せぬ鍋につきっきり。なんて気の長い奴なの、眩暈がしてくるわ。
「……あたし、カレーライスの方が好き」
 同じ待つのでもほとんど放っておいていいもの。泣きながら玉葱を刻むサヤがかわいらしいし、洗ったり皮を剥いたりなら気にせずに参加できるから。
「じゃあ……蒸してる間カレー作る?」
「そっちの鍋にももうカラメルソースが入ってるぞ」
「ありゃ」
「どうして家中の容器を使っちゃうのよ」
「言うなバルバリシア。始めは風呂でやろうとしていたんだ」
「一生に一回はやってみたいよね!」
 その言い方、まだ諦めていないのね。体を洗う場所で食べ物を作るのはどうかと思うわ。だったら風呂のように大きな鍋を持ってくればいいのよ。……そういえば、あの召喚師の村に祭事用のすごいのがあったわねぇ。

「うーん。チャイプリンならバルバリシア様も好きそうなんだけど」
 あたしがサヤのためのプリン風呂について思い耽っている間、あちらはあたしの好きなプリンについて考えていた。こういうすれ違いって例えようもなく嬉しいわ。
「それは私も食べたことがないな」
「うん、レシピ覚えてないからね」
「……適当に作ればなんとかならないか?」
「適当に作った物なんて食べないわよ、あたし」
 美味しい物ならいいけど。……何よ二人とも、その胡散臭そうな目は。手伝わないのに偉そうなこと言うなとでも? 手伝わせないのはあなた達じゃない!
「確か、カルダモンとか入れたり?」
「なにそれ、新種の魔物みたいね」
「全く聞いたことがないな」
 一度あの世界に帰ってから覚えられるだけの食べ物を覚えようと頑張ったって言うけれど。そこには、サヤの好みでないものも含まれている。もうきっと会えないはずだった。なのに彼女の思考の隅に、あたし達の嗜好が刻まれていた。
「ねえルビカンテ? 作るのはお前に任せるから、あたしは買物担当になるわ」
「……まあ、いいんだがな」
 誰かに聞けば何か似たようなものがあるよねぇと、楽観的なことを言いながらサヤが笑う。ハッと気付いて慌てて鍋の蓋を開け、裏についた水滴を拭いながら。
 食べてみたいけど、食べられなくたっていいのよ。あたしのために作ってるならね。
「出来上がったら奴らが戻って来るまでに食べてしまいましょうか」
「そうだな。出来立ての熱いプリンも美味いものだ」
 ゴルベーザ様の分だけ置いておけばいいわよね、なんて珍しく意気投合していると、サヤがじっとりした目でルビカンテを睨んでいた。訳の分からないあたしの前でルビカンテが冷汗を垂らす。
「……やっぱこないだの、数が減ってると思ったら、ルビカンテがつまんでたんだね」
「な、何のことかな?」
「どうして熱々でも美味しいって知ってるの?」
「いや、それは、ただの予想だ」
「へぇぇぇ〜〜、そうなんだぁぁ〜」
「サヤ! そろそろ第二陣の準備をしよう!」
「ふぅぅ〜ん……」
 すべて完成するまであとどれくらいかしら? 火の用事が済んだら命も終わるかもね。食べ物の恨みは恐ろしいこと……。

|



dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -