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変化
生きてるって本当に、悩みが尽きないものなんだ。解決策なんか一つもないまま、苦悩が苦悩を呼んで降り積もっていく。
帰りたいって、考えるのは罪じゃないと思う。生まれた世界が恋しいのは当たり前だし仕方ないことでもあるはずだ。でもなんとなく、悪いなあって気もする。それはもうこっちを選んじゃったから。
じゃあ、あっちの世界のことを全然思い出さないのは。そんなの不可能だし、それもやっぱり向こうに対して悪い気がする。だって元の世界が大切なのも本当だから。
ちょっと悲しくて寂しくて、恋しくて、そういう気持ちを抱えながらこっちの文化に馴染もうとしてる。いつか違和感なんて無くなるのかな。わたしを見て、誰も「あいつ変だな」って思わなくなる日は来るのか。
「そんな展開って、ないんじゃないかな〜」
集中できなかった本をパタンと閉じる。溜め息と一緒に本音を呟いたら、横にいたスカルミリョーネが不審そうにわたしを見た。
この世界の普通になる、この世界で生きてきた人達に馴染むって、スカルミリョーネ達との関係が変わってしまうんじゃないかな。
「わたしがゴルベーザを受け入れてるのって変なこと?」
何の関係もないのに、何も関係がないから、世界を滅ぼそうとした人を責めもせずにいるのは。今だってまだ皆を憎んでる人はいる。
「……いきなりどうした」
魔物でも世界の敵でも、時には気遣ってくれるし助けてもくれる。わたしはそれを知ってる。だから受け入れられるんだ。この世界で、彼等から痛みを与えられなかったら。
こっちの世界の住人になってしまったら、その価値観に染まったら……モンスターだからと嫌悪する日も来るの?
「相容れないのが普通なら、わたしは普通になんかなれないと思う」
未練なんか全部捨てて、こっちの住人になってしまえば楽になれる。多分ゴルベーザにとっても気が楽になるんだ。わたしが元の世界を忘れれば。
でもそれで皆との距離が遠くなるくらいなら……。
「いっそ人間やめようかな、もう」
「馬鹿な、……無駄な事に悩まされるな」
うん、考えても無駄なことでずっと悩んでるのは疲れる。答えなんか無いのはとっくに分かってるし、割り切れないのも知ってる。中途半端に残った距離が不愉快なんだ。だから、いっそのこと。
前にはね、心のどこかにいつも「どうせすぐに帰るんだ」って気持ちがあった。それはとても楽なんだ。責任を負わなくていい。最悪ほっぽり出して逃げちゃえばいいから。
わたしのせいで誰かが傷ついても、その人の弱さのせいにして。最初から「いなくなる」予定だったんだ……って。
「もう帰らないって、決めちゃったんだもんなぁ」
いつか別れる時は来るけど、その時はもう、最初から夢だったなんて言い訳できない。現実的な、死っていう明確な別れになる。逃げる場所はない。
「サヤの家族は知っているのだろうか」
スカルミリョーネに家族はいるのかな。いないんだろう。家族がいないって、始めから存在しないってどんな気持ちだろう。
「サヤが、ここにいることを」
自分達を捨てて、わたしがこっちを選んだこと。わたしの家族は知らない。
もう、帰らないって皆知ってる。だからつまり。
「近づきたいなら近づけちゃう」
適度に距離を残す必要もない。一緒にいるのも離れるのも自己責任だ。
「……充分だろう」
「まだまだ全然」
……だから、世界の隔たりを言い訳にできないわけで。口に出せない言葉は全部、わたしの弱さのせいだと責めながら返ってくる。
別れることが決まってた時は楽しかった。意外性を楽しむ余裕があった。適切な距離で良いところだけ見られた。
「これからいっぱい嫌なことがあるんだろうなぁ」
心地いいだけでいられない。本気で喧嘩することもあるだろうし、本気で嫌いになる時も来るんだ。絶対に。だってそれが仲間ってものだと思うから。……って、あれ?
「私は前からずっと嫌だったがな……」
遠くを見つめるスカルミリョーネは、厭味とか皮肉じゃなくしみじみそう言った。わたしも思い出してた。
スカルミリョーネは無神経だ。わたしが何に傷つくのか分かってて気にせずそれを言うし、本当に心底腹立たしくて喧嘩をしたこともある。
「……んん?」
「何だ」
曖昧にごまかす仲良しな関係から、求めてやまない執着心で擦れ違って、本気の喧嘩をしてさえ修復できる強い絆になって。わたしはその過程が怖い、けど。
この人とはもう乗り越えてたかもしれない。
「わたしのこと好き?」
「……聞こえんな」
「わたしは好きだよ」
「…………」
「スカルミリョーネが好き。大好き」
「うるさい」
「今でもいなくなってほしい?」
一緒にいると楽しくて幸せ、今まではそれだけ。これからきっと辛いことばっかりだ。一緒にいると辛くて腹立たしくて喧嘩ばっかりかもしれない。それでも一緒にいたい。逃げれば逃げ切れる遠い世界じゃなくて、この現実の中にいたいんだ。
「……いなくならないんだろう、サヤは」
「うん」
悩んだままでも夜明けは来る。明日がどうなるのか何も分からない。……この先わたしがどんな風に変わっても、普通の人間にはなれそうにないね。
「今更、受け入れないという選択肢もあるまい」
「そうだよね。どんなに欠点だらけだって、やっぱり好きでいられると思う」
「欠点しかない者もいるが」
「スカルミリョーネのことだね」
「サヤのことだ」
よし、とりあえず売られた喧嘩は買っとこう。数時間後には真面目に魔法の勉強する気になってるはずだ。
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