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風邪

 休日も平日もない分だけ単調な毎日で、ある意味では元の世界より規則正しい生活を送ってるかもしれない。
 結構、早起きしてるんだけどな。でもわたしが起きた時にはもうゴルベーザは身支度を済ませてて、朝ご飯の準備なんかもできてて。昼は昼でお互いに好きなことしてる。わたしは畑を見に行ったり、町の人を訪ねて臨時のバイトがないか探してみたり。
 ミシディアの人って基本的にお金遣いが荒いんだよね。魔法を使いこなせるってのはやっぱりどこでも需要があるらしくて、出稼ぎに行ってドーンと荒稼ぎしてはそれが尽きるまで遊びほうけてる。実際には勉強してるんだけど、必要に駆られてじゃなく趣味でやってるそうだから、やっぱ遊びだと思う。
 ……そういうちょっと羨ましい生き方してる人の家に行って、「サヤさんちょっとあれ取って」「ヘイお待ち!」なんてことを半日やってるだけでそれなりにお小遣がもらえちゃうってのは!
「ダメだよ……絶対……」

 昼ご飯は外で食べたり、祈りの館で勉強してるらしいゴルベーザと、予定が合えば一緒に食べたり。
 晩御飯はわたしも手伝いくらいさせてもらえるけど、結局それも基本的にゴルベーザの役目になってて、お風呂の用意も寝る準備も、暇を持て余した四天王、というか主にルビカンテとカイナッツォがやってくれるし。
 そういえばバルバリシア様やスカルミリョーネは頻繁に出かけてるし、ルビカンテだって時々遠出してるのに、カイナッツォはずっと家にいるなぁ。ごろごろしてんのが気にならないみたい。最初から堕落してるからかな。
 ……わたしは、そういうのイヤだ。今の生活、働いてる気がしない。一応やることはやってるはずなのに、気分としては寝て起きてご飯食べて遊んで寝て……その繰り返しだ。

「堕落してしまう〜〜」
 頭抱えて突っ伏してみる。たぶんウチで一番活発なバルバリシア様が、ぜんぜん退屈なんてしてなさそうな顔で目の前にいる。何となく羨ましくてジト目で見上げた。
「不自由がないってことじゃない。何が不満なの、サヤ」
 不自由すぎても困るけど、それが全く無いのって向上心をなくしちゃうんじゃないかなって。ほらわたしって追い立てられなきゃできない子だし!
「……なんかさ、わたしが何もしなくても大丈夫じゃない?」
「だったら何もしなければいいじゃないの」
「それじゃ何もできなくなっちゃうよ」
「サヤは何もしなくてもいいのよ」
 そんな言葉遊びがしたいんじゃなくて。そうやって甘やかされると際限なく駄目人間になりそうで怖いよ。本当ならわたしは人一倍頑張らなきゃいけない立場なんじゃないかな。ごろごろしてるだけで生かしてもらってちゃダメなんだよ。

「バルバリシア様はさ〜、わたしの世話焼くの楽しい?」
「ええ。あなたが喜ぶのを見るのもいいし、礼を言われるのも嬉しいわ」
 そうそう、そんでわたしが、「してもらう」ばっかりになるんだよね。
「ゴルベーザの世話ができても、楽しいと思わない?」
 誘惑してみる。笑顔が喜びになる理由が相手への好意なら、協力してもらうのも不可能じゃない。わたしだって……わたしだってたまには頑張りたいんだよ!
「でも、ゴルベーザ様はあたしの世話など必要とされていないわ」
「だから必要を作っちゃうんだって」
 はい? って感じの無防備な顔でバルバリシア様が首を傾げる。
 余談だけど最近ミシディアではバルバリシア様ファンクラブ的なものができつつあって、それは「あの冷たい瞳で睨まれたい!」とか「罵って踏んでくれ!」みたいなのらしいけど、こういう姿を見たらまたギャップに魅せられて新たなファンが増えるんじゃないかって思う。
 まあ、わたしは発足を阻止する側だけど。見世物じゃないんだから! 真っ向から好意を伝えられないような人、バルバリシア様に近づかせたくない。ってそれは今はいいんだ。
「ゴルベーザが困ってるときに助けられたら、それでありがとうって言われたら、すごい充足感があると思わない?」
「……そりゃあ思うけれど」
 ゴルベーザが何でもやりすぎるのがいけないんだ。朝昼晩と料理、材料はアレだけどとりあえず美味しいし、本人も好きでやってるみたいだし。たまにすることがない日はわたしの部屋まで掃除しようとするし。わたしがゴルベーザの部屋片付けようとすると怯えるくせに。

 なんか、世話したくて仕方ないみたい。四天王は魔物なだけあって手間かからないし、矛先は自然とわたしに向かうわけで。
「わたしと一緒にゴルベーザに風邪引かせよう?」
「……なんかあたし、すごい誘いを受けてるみたい」
 こんな話、のってくれそうなのってバルバリシア様くらいなんだもん。ちょっと調子を崩すだけでいいんだ。無茶なことはしないから。……ほっといても全然病気になる気配ないし。無駄に丈夫っていうか頑健すぎっていうか。
「たまに弱ってるゴルベーザを看病できたら嬉しいでしょ」
「でも、風邪ねぇ。あまりあの方を苦しめるのは……」
「もちろん、そんな重病にならないように気をつけるよ」
 そもそもそのために協力してほしいんだ。わたしには加減なんかわからないから。本当に寝込まれちゃ困るもんね。
「甘やかしてみたいでしょー? あーんとかしたいでしょ!?」
「ううっ……誘惑しないでちょうだい」
「調子悪いときに優しくしてもらえたら、すっごい嬉しいよ」
「だけどそのために危害を加えるのは……」
「ゴルベーザだって休憩が必要だと思わない?」
「…………分かったわよぅ」
 よっし! 絶対甘やかしまくってやるんだから! わたしにだって甘えていいってこと、わからせてやる!
「……サヤ、目が燃えているわ」
「わたしは今、猛烈に熱血しているっ!」

***


 唐突に、海へ行こうとサヤが言い出した。渋るルビカンテやどこぞへ逃げたカイナッツォに代わり、何故か私まで駆り出されたのは納得いかんが、ゴルベーザ様がそれなりに乗り気だったのでついて行くしかなかった。

 雪こそ降っていないが水に浸かればすぐに死ねるほどの寒さだ。どうしても今でなければならなかったのだろうか。私やバルバリシアはともかく、人間である彼等がこんな場所にいつまでも突っ立っていたら風邪を引きかねない。
 ゴルベーザ様はいつも通りの簡素なローブ姿だし、サヤもどちらかと言えば薄着な方だ。さすがに水着になる根性はないようだが。
「……で、お前は何故そんな格好をしているんだ」
 何か神妙な面持ちで海を見つめるバルバリシアは、珍しく厚着だった。普段は肌を隠すのを厭うているくせにどういう風の吹きまわしだろうか。サヤが普段着るような布の多い普通の服に、ローブまで羽織っている。見慣れなくて腹の辺りに妙な違和感があった。
「見てると寒々しいから着ててって言われたのよ」
「当のサヤは薄着だが……」
 ちらりと岸辺に立つ二人を見た。どうやらゴルベーザ様に上着を借りたらしい。自分から海へ行きたいと言ったくせに、何も準備をしていなかったのだろうか。計画性のない奴だ。

「やっぱり止めるべきかしら。止めるべきよねぇ。あたしもゴルベーザ四天王の一人なのだから。でも少し面白そうだと思ってしまったのよ」
 無表情で訳の分からない独り言を呟く姿におののきつつ、何の話だと問おうとした瞬間、二人の居る方角から不審な気配がして振り返る。サヤが跳躍し、そのままゴルベーザ様にしがみついていた。つんのめったところを背中で受け止められたような半端な体勢だ。
「体重負けしたのね……」
「は?」
「あの娘の力ではゴルベーザ様を動かせないわ」
 何を言っているんだ一体。また転んで落ちそうになったのではないのか。その言い方ではまるで、あいつがゴルベーザ様を突き飛ばそうとでもしているような、
「……あの馬鹿は何を考えて」
「行かせはしないわよ」
 背後から掴んで引き留める力は弱かったものの、ざわざわと広がる殺気に思わず足が止まった。そういえば最近殺されていないな。しかし、目の前で主が極寒の海に突き落とされそうになっているのに、……いるかもしれないのに、黙っていられようか。

「お前は何故止めんのだ、バルバリシア」
「どうせあの娘では突き落とせないわよ。今だって体当たりしても微動だにしなかった」
 いやそうではなく、そもそも何故に突き落とそうとするのを止めないのかと聞いているんだが。今日のこいつは何処かおかしいな。いつもおかしいと言えばそうだが、例えサヤに唆されようともゴルベーザ様に危害を加えるようなことは避けるはずだ。普段ならば。
 サヤ自身とてそうだ。くだらない言い争いぐらいはするが、直接ゴルベーザ様に危害を加えるなど、考えられん。何が目的だと言うのか。
「……大体、何のためにあんな危険なことをする」
「風邪を引かせたいんですって」
「…………喧嘩でもしたのかあの二人」
「ゴルベーザ様のお世話をしたいのよ」
 成る程。放っておいても病とは縁遠い方だからな。焦れてああいう行動に出たわけか。……世話をしたいのが愛情ゆえならわざわざ病に罹らせるのは何か間違っていると思うんだが……。

「始めはもっと穏便だったわ。一緒に寝ようと言って布団を奪い取ったり、ゴルベーザ様が入浴される直前に冷水と入れ換えておいたり、風呂上がりに突撃して体を乾かす間もなく話の相手をさせたり、雪山に誘って頭上から雪塊を投下したり、地底に遊びに行った直後に薄着のままファブール山頂へテレポしたり」
 それのどの辺りが穏便だと言うんだ! 序盤は未だしも微笑ましいと言えなくもないが、ふっ切れるのが早すぎるだろう。それで全く堪えておられんゴルベーザ様もある意味恐ろしいが……。いくら破天荒なバルバリシアでも、どこかで暴走を止めようと思わなかったのか。
「……でもあたしも段々と安全そうな策が尽きてきたのよ」
「貴様が発案者か!」
「死にはしないけれど軽く寝込むくらい……予想以上に加減が難しいわ」
 サヤではあるまいし、そんなことに真剣になるな。悪戯で済まない次元に差し掛かっているぞ。
「あたしだって不敬だと思うし、根本には好意があるにせよやりすぎだと分かっているわ。でも……」
「……何だ」
「結果として弱ったゴルベーザ様が頼って下さったら嬉しいじゃない?」
 お前も汚染されてきたな、とやたら輝かしい表情のバルバリシアに当てつけようとしたら、不穏な話の陰にすっかり忘れ去っていたゴルベーザ様達の居る方から水音が響いた。まさかと見返したその場所にはしかしゴルベーザ様が呆然と立ち尽くしている。
「な、何だ……?」
「あ……サヤっ、落ちたの!?」
 バルバリシアの鋭い声で我に返ったゴルベーザ様が、慌ててサヤの体を引き上げた。どうやら再びの体当たりを試みて、避けられた拍子に勢いを殺せず自滅したようだ。
「馬鹿の極みだな……」
「また別の方法を考えなくてはいけないわね」
「考えんでいい!」

 びしょ濡れで泣きべそをかきつつ帰宅したサヤは、やはりと言うか何と言うかその夜に熱を出した。自業自得だ。
 結局いつも通りにゴルベーザ様が世話をしている。現状で既に幸せそうだから、もういいんじゃないのか……? これ以上の望みなどあるものだろうか。

***


 もしかすると人生初かもしれない風邪を引いてしまった。何が原因なのかさっぱり分からなかった。別段いつもと変わらぬ日々を送っていたはずだ。
 昔は……あまり嬉しくもない事実だが、白魔法など使えずともゼムスから受ける影響が私の身を助け、病とも縁遠く魔物染みた自己再生能力も有していた。だから知らぬ内に己の体への配慮が疎かになっていたのだろうか。
「……わたしの風邪はうつらなかったくせに」
 私が寝込んだこととは別らしい何かにサヤが怒っていた。彼女も数日前まで風邪で寝付いていたのだが、何故にか看病する私にうつそうと躍起になっていたのだ。完治してからそれなりに間をあけての今日なので、残念ながらサヤの目論見が当たったわけではなさそうだ。

「あんなに頑張ったのに今頃になって……わざとなの? 結局思い通りになったのに釈然としない〜」
 何事かぶつぶつと呟きながら一人の世界に浸っている。弱っているときに目の前にいながら放置されると少し気分が沈むものだな。
「……サヤ」
 幾分か枯れた声で名を呼ぶと、不機嫌そうにこちらを見た。機嫌を損ねるようなことをした覚えはないのだが何故だろうか。私が病に罹ったからと怒るようには思えぬ。
「今日は食事の支度をできそうにないから、」
 もしやこれが原因かなどと思いつつ、私は何もいらないから自分の食事は余り物でなんとかしてくれ……と続けようとしたら、勢い込んだサヤの言葉に遮られた。
「わたしがやるから大丈夫だよ! 死ぬほど栄養とらせてあげるね」
 死ぬほどには欲しくない。というか、どうしてそう目が輝いているのか聞きたいんだが。
「待ってくれ、一日抜いたぐらいで死にはしない。私は何も食べずとも……」
「何言ってんの。病気の時こそちゃんとしなきゃ」
 言っていることは尤もだがその期待に満ちた瞳が怖いのだ。何を企んでいるというか、もしかしなくても普段私が用意する食事に対しての復讐を考えているのでは? 滅多なものでは体調を崩さぬ自信はあるが、すでに弱っている今、耐え切れるだろうか。

 食べたくない、いや食べろと押し問答の末にサヤが妥協し、昼は昨夜余ったスープを飲まされた。彼女は今、夜は絶対に譲らないと宣言し、四天王まで追い払って台所に篭っている。
 私もいい加減に大人になりサヤの食べたい物を出すようにすべきだったか。彼女がグロテスクな物を食すことに次第に慣れて来てから、時折はまたかつてのように普通の食べ物を出す。彼女は久々の喜びに浸る。しかしそれも見た目をごまかしただけのモンスターだった。そんな時の表情が好きなので、つい。
 ついうっかりも毎日では許されないのかもしれないな。出来ることなら死ぬ前にセシルとセオドアに会いたかったが、無情にも時は行き過ぎ、鍋を抱えたサヤが部屋に入ってきた。今更寝たふりは通じないだろうか。
「会心のクリティカルだよ」
 その言葉の使い方は間違っていると指摘する気力もなく、差し出された鍋を毛布の上に置いた。蓋を開けてみても見た目は問題ない。しかし自分という例がある限りそんなものは保証にならんと知っている。嗅覚が麻痺していて匂いは分からなかった。
「食べられる? 食べさせてあげよっか」
「いや、いい」
 無駄に張り切っているサヤを押し退ける。自分の手でやらねばますます逃げ道をなくしてしまう。
 往生際が悪いとか人のこと疑いすぎとか自分にやましいことがあるから怖いんだとか言われつつ、全て事実だなと反省しながらしばらくの間鍋と見つめ合っていた。
「あのさ、そこまで躊躇されたら、さすがに傷つくんだけどね……」
 そんなに嫌ならもう下げると言い出しそうなサヤを見て疑問が降って湧いた。……ただの、好意ではないのか? だとしたら、もしそうならば……。
 先程とは別種の不安に駆り立てられ、気力を振り絞って匙に手をつけた。恐る恐る口に含んだそれは紛れも無く普通のおかゆ、というか、美味かった。

 ああ、やってしまった。私が寝付いた時のサヤの喜び様、てっきり日頃の復讐をされるかと思ったのだが……いや、この期に及んで彼女のせいにはできまい。正しく、私ならばそうするからと思い込んで戦々恐々としていたのだ。
「……すまん。美味いな」
「病人相手にひどいことできるわけないでしょ。やるんならゴルベーザが元気な時にやるから安心して」
 そう言われると永遠に治りたくなくなるのだが。
「ところで、思い通りになったというのはどういう意味だったんだ?」
「えっ、べつに……わたしだって世話焼きたかったんだもん」
 私にしろ四天王にしろ、与えるばかりなのがつまらなかったのだと拗ねる。もう何にも気を遣わなくていいのなら、自分が甘やかすだけの時間が欲しかったと。
 何となく熱が上がった気がした。冗談抜きでもう少し寝込んでいてもいいかもしれない。
「デザートもあるよ、ホントのプリン」
「……一緒に食べようか」
「うん!」
 これからはもう少し、甘えることも必要だな。

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