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過ぎし時

 椅子に腰掛けたサヤの背後に、悲壮な顔で鋏を握りしめるバルバリシア。心臓に悪い光景だ。
「……サヤ……人選を間違えているだろう」
「えっ? だって女の人のほうがいいかなって」
 だったらあの白魔道士にでも頼めばいいものを、よりによって……。もう一度バルバリシアの表情を窺う。石化でもしたかと思うほど蒼白だ。鋏を握る手元は震えて、勢い余ってサヤを突き刺しそうでこちらが怖くなる。

「あ、あ、あたし、無理だわ、サヤ、お願い」
「こいつに刃物など持たせてお前は死ぬ気か?」
「……馬鹿と子供に刃物持たすなと昔の人は言いました」
「誰が馬鹿ですってええ!!」
「私は言っていない! 刃先を向けるな!!」
「べつに適当でいいよー、ちゃちゃっと切っちゃって」
 緊張感のかけらもない声に後押しされ、バルバリシアがサヤの髪を一房つまむ。じっと見つめる。見つめる。見つめる。やがて耐え切れなくなって鋏を投げ出しうずくまった。放り出された刃が曲線を描き私に向かって落ちてくる。

「……貴様、わざとか?」
「だめ、本当に無理。だってサヤなのよ! サヤの一部を切り刻むなんて……できないわよ!」
「お、大袈裟な……じゃ、スカルミリョーネ切ってよ」
「…………切らずとも、まとめていればいいだろう」
「お風呂入るとき欝陶しいんだもん」
 それでなくともサヤは風呂に入りすぎな気がするが。あちらの世界にいた時は毎日欠かさなかったというから驚きだ。それでよく体が溶けださないな……。そういえばカイナッツォがサヤは体臭を消しすぎだとか不満がっていたのを思い出した。……いや、そんなことは今どうでもいい。

「切ったあとは……どうするんだ」
「へ、どうするって……髪? 捨てるけど」
「そんな!」
「もったいない……」
 言葉が重なり思わず顔を合わせる、その悲痛さからタイミングまで同じで腹立たしさが増した。サヤが怪訝な顔で振り返る。椅子の背もたれに顎を乗せ、私とバルバリシアの顔を見比べながら呟いた。
「……髪フェチ?」
 そういうことではない……。バルバリシアがどうかは知らないが。随分と長くなったサヤの髪を見ると時間の流れを実感する。さほど背が伸びたわけでもなく、顔付きも変わらないサヤ。それでも風に揺れる髪がともに過ごした時間を教えている。切って捨てるのは、たかが髪だと分かっていても……まるで思い出そのもののようで。
 ……馬鹿か……感傷的すぎる。地面で光る鋏を手にとると、サヤが椅子に座りなおした。

「ちょ、ちょっとスカルミリョーネ! 本当に切る気!?」
「……また伸ばすんだろう」
「うん。伸びたらまた切るけどね」
「その時はまた切ってやろう」
「…………ずるい」
 じっとりと睨みつける視線に溜息をつく。似たようなことを考えているのか、それとももっと馬鹿げたことなのか。いずれにせよ私が文句を言われる筋合いなどない。……こいつにそんなことを言っても無駄か。
「不満ならば貴様が切るか?」
「それは……無理だわ……」
「腕を切り落とすわけじゃないのにね〜」

 サヤの言葉にバルバリシアが青ざめた。思わず震えた手に心の内で舌打ちをする。そんなことを言われたら切りづらいだろうが……。サヤの髪を手に取り刃をあてると、くすぐったそうに少し俯いた。手に余った髪がうなじに沿って流れている。

『サヤの一部』

『腕を切り落とすわけじゃない』

「………………」
「……スカルミリョーネ?」
「……ほら見なさい、やっぱり切れないじゃないの」
「うるさい」
「もー、じゃあ自分でやる!」
 引ったくるように鋏を奪うと迷いなく後頭部に突っ込み、髪の根本に刃をあてた。
「サヤっ! だめええええ!!」
「ばっ、後先考えろ馬鹿か貴様は!!」

 ぜえぜえと息を切らして鋏を奪い返したバルバリシアを、サヤが茫然と眺めた。大声に驚いて動きが止まったのが幸いした。たかが髪、と言い聞かせながら、危ういところで命拾いしたような気になる。バルバリシアがキッとこちらを睨み、鋏を差し出した。刃先を向けるなと言っているのに。お前がやると誰より恐ろしいんだ。
「……お前が切りなさい」
「……そうだな」

 サヤの髪を手に取り刃をあてると、くすぐったそうに少し俯いた。手に余った髪がうなじに沿って流れている。

「………………」
「………………」
「……いつか終わるの? これ」

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