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境界線

 心から楽しそうな声をあげて、軽やかに跳ね回る。その笑顔を欝陶しそうに見ている目が、サヤさんの目が逸れた瞬間にだけ、慈しむように細められた。なんて穏やかな日常。

「あれ、今パンツ見た?」
「見てねえよ」
「ホントに?」
「ガキの下着なんか見たって仕方ないだろ」
「え、なに聞こえなかった。うわあ、しまったー、このままではパンツが見えてしまうー。嬉しい? ねえ嬉しい?」
「いてッ、いてええっつの! 足退けろ!!」

 サヤさん……いくらいい位置にあるからって、頭を踏むのはどうかと……。見てるほうまで痛いです。せめて靴を脱いでからにしてあげてほしい。ふと視界に影がさして、傍らに現れた人物を振り返る。じゃれあう二人を嬉しそうに見守る人。
「あ、ルビカンテさん……あれ、止めなくていいんでしょうか」
「いつものことだ。放っておいても大丈夫だよ」
 そう言って優しく笑う。かつて四天王と呼ばれ父さんと戦った彼らは、やはり僕たちとあまり関わろうとしてくれない。その中で彼だけは、僕にもサヤさんと同じように接してくれた。……なぜだろう?

 サヤさんの側から見れば、彼らはただひたすら大切な存在で、彼女が求め続けていた存在で……理由なんか必要もなく、そこにいるのが当たり前で。彼らの側から見ても、それはきっと同じなんだ。でも、そこに僕は必要なんだろうか。僕がここにいることには、理由が必要なんじゃないだろうか。

「サヤが笑っているのは、君のお陰なんだろうな。ありがとう、セオドア」
「えっ!?」
 想像だにしなかった言葉と、突然名前を呼ばれたことに、一瞬我を忘れた。
「……それは違います。サヤさんが幸せを手に入れたのは、あなたたちが戻ってきたからで……僕は、彼女にまだ何も返せてないんです」

 驚きに開かれた目が、探るように僕を見つめる。目の前で消費され続けた命は彼女の心を少しずつ蝕んで、体を休めても癒せない傷を作り出した。いま彼女が出会った頃の笑顔を取り戻したのは、真に求めた日常が戻ってきたから。それはいま目の前に立っている彼らとの未来。自分の無力感に打たれるのとは別に、サヤさんの望みが叶ったことは嬉しかった。

「……君は、サヤが自分で見つけたんだ」
「え?」
「以前のサヤは未来に縛られていた。私達には断ち切れないものに、な。……君は違う。まっさらな未来を、サヤの手を引き、ここまで連れて来てくれた」
「僕は何も……」
「ならば見方を変えよう。君は始めから私達を受け入れてくれただろう。それは何故だ?」

 サヤさんが何としてでも連れて帰ると言い張ったから、彼女が探していた面影は彼らなんだと知った。過去の思い出ではなく未来をともに生きるなら、どんな怒りや憎しみも、違う何かに変えられるんじゃないか。僕は自分の目で、彼らを見たかったんだ。
「魔物だから、とか……敵だったからとか。そんな理由で、知らないまま避けてしまうのは、もったいないと思ったんです」
 サヤさんを見ていたから。だけど現状として、目の前の彼以外には、どうにも拒絶されてる。すぐに受け入れてもらえるなんて思ってはいなかったけど、サヤさんが間に立ってくれなければ話もできない……そんな現実に情けなさが募って、無理に踏み込む勇気もわいてこない。

「私も同じだ。サヤが慕う君に興味がある。こうして直に話をして、君という存在を知りたいと思う。……だから、理由などなくても訪ねてくればいい」
『いつか失う悲しみを知ってても、やっぱり手を伸ばしちゃうんだよね』
 つらい未来ばかり考えて生きられるだろうか。今日なにもできなかったとしても、明日なにかが変わるかもしれない。

「……あまり気に病む必要はない。バルバリシアやスカルミリョーネが君を拒絶するのは……重たい理由があるわけではないからな」
「そうでしょうか……」
「ああ見えて押しに弱い。攻め続ければすぐに折れるさ」
 今のところ、彼らが僕に対して普通に接してくれるのを、想像できないけど。もう一度、傍らに立ったルビカンテさんを見上げた。……でも、サヤさんに会うまで、いまこの瞬間だって想像してなかった。未来なんて信用できたものじゃないけど、過去を振り返ってみるなら、そうそう裏切られてばかりでもない。

「……ありがとう」
「ん?」
「僕がここにいても邪魔なだけじゃないかって、ずっと思ってました。それに、気づいてくれて」

 相談するのはルビカンテ、解決しなかったとしても絶対前に進める。カイナッツォは反撃くらうから気をつけなきゃだけど、からかうと面白い。一緒に遊ぶならバルバリシア様、悪乗りしすぎるからたまに止めること。スカルミリョーネと仲良くなれたらすごい達成感があるよ、でもそこまでいっぱいへこまされるから頑張って!

「生きているというのは面白いものだな。変わっていくものがこんなに愛おしいと、知らなかった」
「サヤさんの言ってたこと、少しずつ実感してきました」
「ああ、私もだ」
 自分の力で何かが変わる。そんなに嬉しいことって、滅多にない。振り返ればサヤさんが、『からかうと面白い』ひとに寄り掛かって、遊び疲れた子供のように眠っている。あの日もらった助言を、最後まで楽しめるようになりたいな。あなたのお陰で変わったんですと言うことができたら、何より喜んでもらえるだろう。

 踏み込めば、僕の世界が変わる。そこから先は何も見えないけど、不安よりも期待で目が眩んだ。

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