─back to menu─


一緒

「再び私を失っても、お前はいずれ受け入れるのだろうな」
 自分が取るに足らない存在なのだと実感したくない。そう何度も喪失感を味わわせたくない、などとというのはただの建前で、本当は忘れられるのがつらいだけだ。私の言葉にサヤは不機嫌そうに眉を寄せた。

「前から思ってたけど、スカルミリョーネって、なんか勘違いしてるよね」
 いやに冷たく響いた声が胸を貫く。知らぬ間にサヤは変わった。他人を傷つけることを恐れなくなった。例え痛みが生じても、どんなに拒絶されても踏み込んでくる。それはきっと、離れていくときも同じなのだろうと思ってしまう。
 ……心が乱される。変わってしまったという事実よりも、その理由も過程も知らない自分に腹が立った。空白を埋めることなどできない。どうせまた、失うのだから。
「なんでも受け入れる、なんて……ただの決意だよ。わたしにだって嫌なこともムカつくことも堪えられないこともあるよ。……いっぱい」
 そんなことは当たり前だ。サヤが何に腹を立てようが傷つこうがどうでもいい。意地でも強がりでもなく、それが私の本心だった。自分の喪失を受け入れられ、いつか忘れられることだけが、堪え難い痛みを伴って心を苛み続けている。
「もう黙って失う気なんかないから」
 吐き捨てるような言葉。一緒に帰ろうと繋いだ手の熱さを思い出して、苦しくなる。……死ぬたびにまた、なし崩しに連れ戻されるのだろうか。永遠に?

「わたし、失ったことを受け入れた覚えなんかないよ。立ち直れたからって忘れたわけじゃない。あれからずっと、元の世界に戻ってからも……どれだけ会いたかったと思ってるの?」
 自分勝手な主張に何より求めていたものが含まれている気がして、思わず頬が緩んだ。そんな顔を見られるわけにもいかず目を逸らすと、拒絶と受け取ったのかサヤが激昂する。
「こっちに帰ってきてから、どこに行っても、思い出して……どれだけつらかったと思ってるの!?」
 つかみ掛かる勢いに抗えず、軽い体を受け止めた。『こっちに帰ってきて』という言葉が頭の中をぐるぐるとまわっている。些細な言葉の一つ一つに一喜一憂している自分に戸惑うばかりで、変わっていくサヤにいつまでも追いつけない。私の知らない空白の時間、サヤの心の中に私がいた……。その事実が何か底知れない感情を呼び起こす。
「……聞いてますか!」
「ああ」
 自分の思考にばかり気をとられてつい返事をせずにいると、サヤが涙目で訴えてきた。
「スカルミリョーネは、またわたしを置いてっちゃうの?」
 ルビカンテやバルバリシアなどはサヤの涙を見たがらないが、私はこれが好きだった。何のために流れているものか分かっていれば、その内実はどうでもいい。泣き顔を見られるならばサヤが傷ついてもかまわない。……傷つかずに泣くのならば、なおいいが。
「ならお前は、私にお前の死を看取れと言うのか? 自分でそれだけ嫌だと言っておきながら」
 問われてサヤは目を瞬かせる。今の今まで自分の死という未来の存在を忘れていたような顔に、うっすらと怒りが芽生えた。
「それも、やだな……」
「だがその時はいずれ必ず訪れる」
 どちらが先かなど分からないが。……だから戻ってきたくなかったんだ。

「……わたしが死んじゃったら、」
 それに思い至らないサヤに腹を立てておきながら、いざ本人の口から死の可能性を示唆されると、動揺する。しかめた顔をサヤがぼんやりと見つめていた。
「……もしわたしが死んだら、わたしもゾンビにしてもらおうかなぁ。そしたらもっと長く一緒にいられるし」
「それでは生きているとは言えないだろう」
 冗談とも思えない真剣な声に、どう反応していいか分からない。なぜか焦りを感じて諭すように告げると、サヤがムッとして横を向いた。
「……生きてたいのは、一緒にいたいからだよ……」
 一緒にいられないなら生きてても仕方ない
「……なに笑ってるのかな!?」
「笑っていない。喜んでいる自分に腹が立っただけだ」
 正直なところ、この程度の言葉が限界だ。それでも構わないのか? お前はもっと明確なものを求めているだろうと、面と向かって尋ねる勇気もないのに。
 サヤは訝しげに首をひねり、ハッと何かに気づくと嬉しそうに抱き着いてきた。
 この前向きさを、動揺もなく受け止められる日はくるのだろうか。ずっと共にいれば、いつかは……素直に伝えられるだろうか。本当はずっと、もう一度触れたかったのだと。

|



dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -