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まちぼうけ

 あんまり動き回るとお腹減るから、できる限りじっとしていたい。なけなしのお金、今はできるだけ使いたくないし。
 物要りなのはわたしだけ。抑えられるとこは抑えとかなきゃ。「くれるってんなら遠慮なくもらっとけよ」なんて言われてるけど、今からミシディアに甘えすぎたら一生変われない気がする。
 べつに差し入れの肉がなんか得体が知れなくて嫌とかそういうわけじゃないんだけどね。
「あー、釣れないね」
「……まだ大して経っていないぞ」
「わたし釣り向いてないみたい」
「そんなことは始める前から分かっている」
 いっそ銛でも持って川に潜っちゃおうかって思う。垂らした糸はぴくりとも動かない。……飽きる。飽きちゃうんだって。暇にあかせてキョロキョロしっぱなし、これじゃ余計に釣れない。
 隣を見るとスカルミリョーネの釣竿も微動だにしない。だけど平気みたいだ。いるんだよねー、待つのが苦にならない人。ただひたすら、じっと、待ち続けるのを苦にしない人。
 水面を見てても空を見上げても、考え事してても……、わたしは向いてない。
「……スカルミリョーネって美味しいのかな」
「……自分で食ったことがないから知らん」
 なんだろう。それって自分以外に食べられたことならあるような言い方。……考えないでおこう。
「お腹すきすぎると何でも食べられる気になるよねー」
「言っておくが食わせてやる気はないからな」
「…………」
「何だその目は!」
 まだそこまでじゃないから大丈夫だよ。切羽詰まってもなんとかなるとは思う、たぶん。あくまでも「たぶん」だけど。
 もうどうしようもなくお腹すいて、なのに食べ物がない! そんないざって時にも、食料なんてそこら辺にいるし……何もスカルミリョーネでなくても。でも「いざって時」はそう簡単にはやってこないし、やってきてほしくもない。
 生きて動いてなければ大体のものは食べられるなんて。現代っ子としてなんか悲しくなってくるんだよ。
「わたしもモンスターだったらよかったのになぁ」
 食べなくても生きられるし。お腹減らないし。服いらないし。家なんかなくても暮らせるし。誰の助けがなくても、生きられる。
「……サヤ、何か馬鹿なことを考えていないか?」
「将来について悩んでるんですー」
「将来?」
 いざって時が来ないように、何とかしなきゃ。土地はもらったし、知識なんてないけど長い目で見ればなんとかできるはず。一人っきりじゃないから。

 ゴルベーザが帰って来るまでは一応の援助もしてくれるって、ポロムが言ってた……けど帰ってきたらつまり、ゴルベーザが一家の大黒柱ってこと? 不安だー。匿名希望の竜騎士さんいわく「世間知らずな子供並の常識」しかないオッサンが大黒柱。不安だ!
 それこそいざとなれば大きな後ろ盾はあるものの。セオドアもセシルも求めればいくらでも助けてくれるんだろうな。だからこそ頼りっぱなしじゃいられない。わたしの意志でここに生きるなら、わたしの力で生きなきゃいけないんだ。
 改めて思い起こせば、数十年も自我を失ってたゴルベーザと、異世界からきたわたしと、魔物、魔物、魔物、魔物。……生活力ないなぁー。
「人が野盗に堕ちる時ってきっと、すっごいお腹減った時だろうなって思うよ」
「……そこまで空腹なら食えばよかろう」
 あの、台所に干してある肉。ぱっと見はどうってことないんだよね。食べてみても平気なのに。だけど今はもういろんなことを知ってるから、何も考えずに口にできない。
 インスタントラーメンとかコンビニ弁当でさえ、人間らしい食事って意味ではもう懐かしくてたまらないよ。贅沢したいんじゃないんだ。ただ、食べ物を食べたいんだ。食べ物として存在してる食べ物を、食べることを目的とした食べ物を。芋とか、ずっと黒パンでもいいよ。うん。全然いい。

「わたし、大概のものは平気で食べられるようになったんだよ」
「……そうだな」
 ゾンビも。ってのはスカルミリョーネには言わない方がいいのかな。
「食べられるのと食べたいのは違うわけですよ」
「……ああ」
 他にないなら食べてもいい。だけどできることなら普通のものが食べたい。今まで、疑問に思わなかったのに。出されたものを当然のように食べてたのに。
「セオドアに聞いたら、魔物なんて旅に出るまで食べたことなかったんだって」
「そうだろうな」
「納得するんだ?」
「奴は王族だろう」
 そうか、やっぱりお金持ちは人間らしいもの食べてるんだ。
「わたしがお金持ちの男たぶらかすのと、ゴルベーザがいいとこのお嬢さんだまくらかすの、どっちが簡単かな」
 ばしゃんと音がしてスカルミリョーネの釣竿が落ちた。魚逃げちゃうよ。それでなくてもどうせかからないけど。
「馬鹿なことを言うな……金がなくとも生きていけるだろう」
「そりゃまあ生きるだけならね」
 だけど暮らしてはいけないんだ。根本的にはどっちだって同じようなもの。だったら多分、世界はわたしやゴルベーザみたいなのには暮らしにくい。
「……待ってるだけって、向いてないんだよ」
「待つと言い出したのはサヤだろう」
「やりたくないけど出来そうなことって、やりたくなるじゃん」
「分からんな」
 そこを乗り越えたら何か変わるんじゃないかなって、願掛けみたいなものだ。
「釣れませんねー」
「……待っていればいつかは来る」
 わたしが待ってられる間に来てくれなきゃ意味ないんだ。でも、一緒に待っててくれてるから。
「スカルミリョーネといるとわたしも気が長くなるみたい」
「凄まじい勘違いだな」
「…………」
「…………」
「帰ろうかな」
「悪かった。付き合ってやるから最後まで待っていろ」
 いつまでもいつまでも、待ってるだけじゃ飽きる。どっかに行っちゃいたくなる。でもこうやって変化を感じてると、もうちょっといけるかなぁって騙し騙し。
 ここで暮らしていけそうな気がしてくる。

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