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いってらっしゃい

 やっとサヤを連れ出したっていうのに。あいつは言葉通りにセオドアと再会を喜び合うばかりで、意地でもこっちを見ようとしない。ゴルベーザもゴルベーザだ。彼女が来ないからと拗ねているのか、俺の隣で遠巻きに二人を眺めるだけで。
 ローザとセシルは仲睦まじく、興奮しながら戦いの模様を語る我が子を見守っている。……俺は一体何をやってるんだと、素直に腹を立てられるだけ、少しは吹っ切れたんだろうか。

 セオドアとサヤは二人で何やら盛り上がっているようだ。命を賭した戦いも、終わってしまえばただの思い出話か。見ることの叶わなかった月での死闘について、感心して聴き入る姿が微笑ましいと思えなくもない。だが、まだ終わることのできない男がここにいる。
「……話して来いよ」
 いっそのこと月へ連れて行けばいいんだ。ゴルベーザがいて四天王がいるのだから、どんな危険が待ち構えているとしても、大体なんとかなるんじゃないか。無責任かもしれんが、またあてもないまま待ち続けるよりずっといいと思う。少なくとも俺がサヤならついて行くだろう。
「今は駄目だ」
 じっと彼女らを見つめたまま呟いた。声が沈んでいる。サヤがいないと嘆いていた、かつての主を思い出した。取られて落ち込むぐらいなら最初から手に入れておけばよかったんだ。同じ後悔をするにも行動しておいた方が気が楽になる。

 断ち切ることもできず過去を引きずっていたのは俺も同じだ。端からみれば俺もゴルベーザもきっと似たようなものだったろう。煮え切らない態度、同族嫌悪なのか……凄く苛々する。
「恨み言でも支離滅裂な愚痴でも、口に出した方がマシってこともある」
「そうではない。……今は、あの二人の話に入れない」
 そう返したゴルベーザは眉間に皺を寄せ真剣に思い悩んでいた。何を言ってるんだ、こいつ。視線につられてサヤの方を見たが、離れすぎて話の内容は聞き取れない。相変わらず楽しげではあるが。
「サヤはあのタコを知ってるんだろうか」
「筋肉がついてもセオドアの魅力は陰らないと思うわ」
「……いきなり割り込んで来るなよ、びっくりした」
 振り返れば、こちらもまた真剣な顔を並べた二人がいた。セシルもローザも真面目くさった顔をしているが、話題が唐突すぎて意味が分からない。何故かゴルベーザはしたり顔で頷いている。何だこの疎外感は。
「……まさか、あいつらの会話、聞こえてるのか?」
 今更何を言ってるんだって顔をされた。返事すらないのは憐れまれているのかもしれない。もう一度、耳を澄ましてみる。辛うじて誰の声かが判別できるぐらいで、内容なんかサッパリだ。
「なんで聞き取れるんだ……」
「大切な存在の声なら、どんなに離れていても聞こえるものだろう?」
 見慣れすぎた笑顔でセシルが宣った。月の民って怖い。

 それにしてもタコって何だよ。タコの話であそこまで盛り上がってるのか、あいつら。そういえばあの月にも変なタコがいたな。……あれの話か? あれらも別の世界から来たのなら、もしかしたら。
「あのタコもサヤの世界から来たのかもしれないな……」
 思わず呟いた言葉に空気が張り詰めた。三者三様の反応だったがどれも内実は計り知れない。いや、似たようなものか?
「……連れて行かなくてよかった」
 ひっそりと吐かれた言葉はローザのもので、同意を示すように白い色が二つ項垂れる。あの魔物達と同じ存在だとしたら、サヤは……もしも共に戦っていれば、同じように消え去っていたのだろうか。あまり考えたくないな。済んだことなのだから、もういいか。
「で、何の話してるんだ、あいつらは」
「……セオドアに、私のようにならないでくれと」
 重々しく語るゴルベーザに深く納得してしまった。確かに歩みたくない人生のトップを堂々と歩んでいるからな、この男。……いや、違うか。筋肉のことか。
 そうだ、何か嫌な預言をされていたな。あのタコに。まあセオドアがこうなったら俺も嫌だ。両親や親類と違って良識と程度を弁えてるから大丈夫だと思いたい。

 何事か囁いたセオドアに対して、サヤが俺にも聞こえるほどの大声で叫び返した。
「あれはないよ、ムキムキとかって次元じゃないもん! わたしそういう属性ないから!!」
「…………」
「…………」
 聞こえていると思ってないのか、それとも存在ごと忘れているのか。そんなに目一杯嫌がられるとさすがに他人事でも傷つく。もしかして過去に一度も顔を曝されなかったのをまだ根に持っているんじゃないのか。
「……あの年頃の女の子は、父親に反発するって言うから」
 何のフォローにもなってないぞ、セシル。
「もういいから早く挨拶して来いよ……」

***


 少し話をしたいと言ったローザに手を引かれ、セオドアに続きカインまでもどこかへ消えてしまった。半ば追いやられるようにして二人きりにされても、まだ口をきけぬまま。気づけば夜になっていた。もういい加減に、セシル達をバロンへ送り届けて……行かねばならない。
 サヤは星を数えていた。やり遂げられるはずのないことを真剣な顔つきで試している。しかし表情とは合わずに途中で何度も飽きて中断していた。このままずっと時を引き延ばしてしまえたらと思うが、そうもいかぬ事情がある。既に遅くなりすぎた。
「……そろそろ発つとしよう」
 空から目を離さないまま、「そう」とだけ答えた。やはり怒っているのだろう。会いに行き、言葉にすれば恐らくは、すんなりと見送ってくれただろうと思う。行けば決心が鈍ると逃げたのは私の方だった。
「サヤ、私と一緒に来るか」
「またそうやって勝手なこ……、えっ?」
 ろくに話を聞かずに返事をしかけて、遅れて脳に届いた言葉にサヤが目を見開いた。うたぐるような眼差しに居心地の悪さを感じながら次の言葉を待てども、求める音はいつまでも耳に入らない。
「……必ず戻ると、今度は約束できる。それでもお前が望むならば共に行こう」
 安否も分からぬ同朋の待つあの月へ。一度は彼女も降り立ったはずの……私の預かり知らぬところで消えた彼女が、最後に見た場所へ。
「そんな風に言われたら、行きたいって言えないじゃん……」
 何もない内なら良かった。過去と幻を糧に眠りの中で生きられた。しかし今はもう再び出会ってしまった。逃れることなどできはしない。

 もしも知らずにいたらと思うと恐ろしいから。私に残された最後の家族が、眠りこける間に失われていたかもしれないのだ。……耐え難い。見えぬ場所にいるのは、離れて過ごすのは、失ってしまうよりも鈍く深い痛みをもたらした。
 セシルの今を知り、セオドアの存在を知った今、例えサヤを連れて行こうとも名残もなく去ることはできない。
「私は弱い人間だな」
 己の罪を知りながらまだ他者に甘えようとしている。突き放し呪いの言葉でも吐かれなければ、諦めることさえままならぬ。
「いいじゃん別に、人間なんだから」
 軽く言ったサヤは私の愚かしさをどこまで理解しているのだろう。これ以上何を望むのも傲慢だというのに、その心に滞る闇が私の物なのだという証が欲しい。
 許されるよりもただ求められたい。サヤを連れて行けぬのは危険だからではなかった。置き捨てて待たせれば、私を待っていてくれると、くだらない自尊心を満たすための愚考にすぎない。

「わたし、こっちの人の平均寿命なんか知らないけど、同じようなもんだと思うのね」
 何かを思い出すように宙を見上げ、淡々と紡ぎ出される言葉。
「ゴルベーザの倍も生きてるようなお爺さんだって、ガキっぽくて勝手で我が儘な人もいるし」
 いつだって私の顔色を窺っていた。……私の、中にあったものの心を。殻を捨てた今、曝された真実に怯えているのは私も同じだ。求められていたのは、本当はどちらだったのか。無意味でもくだらなくても、真実の他に縋るものがない。
「……そんな簡単に気持ちの整理して、うまい具合にレベルアップして成長して、なんてできないよ」
「だからといって他人に弱さを押しつけていいわけではない」
 それはそうだと頷きながら、ようやく真っ直ぐにこちらを向いた。
「わたし、一人で支えてあげられるほど強くないから。……でも、他にも皆いてくれるから」
 だから、待っていてほしい。最早償いの意志だけではない。帰るべき場所を見定め、そこを離れても、失わずにいられるのか。試してしまうのが性分なのかもしれない。重荷になると分かっていても、どこまで受け入れられるのか。
 サヤが戻って来た。誰のおかげか、かつて消し去りかけた光との間にも修復の兆しが見える。まだ間に合うかもしれないと今更になって気づいた。瞬く間に過ぎる時を待つよりも、いっそ罪を重ね手を伸ばしてしまえば、取ってくれる者がいるのだと。

「ゴルベーザはゼムスと似てるよ」
 彼女が私の前でその名を口に出したのは初めてだ。そこに意味などないと、殊更に強調するでもなくあっさりと。
「勝手だし、独りよがりだし、ひどいし」
 ……悪いところばかりだ。相手はあらゆる憎しみを研摩し残された悪意の塊なのだから仕方がないが、では私はどう言い訳すればいいのか。救いようのない愚か者ということか。否定などできないが、辛いものは辛いな。
「でも、生きてるからゴルベーザの勝ち」
「生きているから。……それだけか」
「戻って来たらまた勝ち。で、その後も一緒にいられたら、また変わっていくよ。そのために生きてるんだもん」
 変わるために生きている。サヤがゼムスを選んだという、その事実は変わらないが、奴は永遠を得ると共に死んだ。私は未だ生きている。まだ、変わることができる。
 待つ者のもとへ帰り着き、「その後」を一緒に生きられたら。
「……行ってらっしゃい」
「ああ。すぐに戻る」
 待っているのは嫌だ。動かなければ意味がない。変わるために時が流れるならば、もう眠りなど不要なのではないか。捨ててしまえばいいのだ。執着すべきは思い出ではない。今まさに己の立つべき場所。
「……行ってくるよ」
 今度は帰るための旅だ。笑って迎え入れられるように、罪人を許して待つ愚かな者のために、何を捨ててもこの命だけは持ち帰ろう。

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