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成長

 するべきことがない。できることもない。かつてと同じように時間を持て余して、ひたすら家の中を歩き回っている。外はサヤが出歩けるような状況じゃない。こういう時に気分転換の一つもできないのは、まあ辛いことかもな。
「うー、やっぱ本借りとけばよかった」
 いや、お前字が読めないだろうが。オレに読み聞かせろってのか? 冗談じゃねえ。魔道書ならまだしも絵本だなんだじゃオレが馬鹿みたいじゃねえか……。
 というか、実はこの家にも書物がある。いつの物かは知らんが前に住んでた人間の持ち物だろう……放置されて久しいのか傷みが激しいが、読めなくはない。サヤに見つかると主にオレが面倒臭いから外に放り出してあるが。

「ねー、バルバリシア様は?」
「知らねえ。家にいないんなら外の様子でも見に行ってんだろ」
「ううぅー……うーうーうー、暇だ!」
「念仏でも唱えてろ」
「冷たい……限りなく冷たい……」
 こっちに戻って数日。ゴルベーザ様はまだ帰らない。ミシディアの状態すらサヤには把握できず、安全な結界の中から窓の外に絶望的な世界の様子を垣間見るだけだ。……これじゃストレス溜まるのも仕方ねえか。
 かと言ってミシディアには連日魔物が押し寄せてるなんて言えやしねえ。ゴルベーザ様が戻られた時のためにとルビカンテやバルバリシアが町の防衛に協力してるが……。オレもスカルミリョーネも、この町とは近すぎたからな。ま、あまり手出しするもんじゃねえ。そこはあいつらに任せる。

「…………いてっ」
「何やってんだよ」
「金具に指挟んだ……」
 部屋の隅に立て掛けてあったミスリルシールドをいじくりながら、サヤが指を舐めた。食料だなんだを運んでる時に黒魔道士が持ってきた物だったか。微かに血の匂いが残ってる。何のためにこんなもん持ってきたんだかな。しかも二つも。無駄すぎる。
「……それよぉ、なんか意味あんのか?」
「うーん。厭味かなー、親切かなー。迷うとこだ」
 なんだそれ意味分かんねえ。
「お前にやったってな。使いようもねえのに」
「そうでもないよ。けっこう使えるよ、これ……武器として!」
 盾は武器じゃねえだろ。ってそういう問題でもないが。微妙に会話が噛み合ってねえな。
「どうせお前は戦わんだろうが」
「そりゃまあ月では……あれだったけど。旅の間は一応こうやって戦ってたんだよ?」
 そう言って両手に盾を二つ構えてみせる。見た感じかなり滑稽だ。しかしそれでどうやって戦うってんだ? 体当たりでもするのか。いやそれよりも……何て言ったんだ。戦ってた? ……サヤが?
「戦力になんか、なってなかったけどさ。突っ立ってるよりは役に立てたと思う」
 なんで笑ってんだ。なんで照れてんだよ。自分が何言ってるか分かってんのか? 戦ってただと。こいつと旅してたのはカインとセオドア……あとはあの魔道士どもだったか。
 ゴルベーザ様が戻る前に魔道士だけでもぶっ飛ばしとくか……。つうか殺すか。今すぐにでも。

「カイナッツォ? あのさー、褒めろとは言わないけど、なんか、ないの?」
「……なんでてめえが戦わされてんだよ」
 サヤが弱っちいのは分かりきってんだろ。クソ腹立つ。いくら戦力不足でも普通出すか、こいつを、敵の前に!
「へ? や、わたしが提案したんだけどね」
「馬鹿じゃねえのか。嫌なんだろうが」
「……うん。でも……ま、どうせサポートしかできなかったし」
 だからいいってのか。そんなわけねえだろ。後ろで目をつむってたって傷つくような奴が。どうして塔に隠されてたと思うんだ。ゴルベーザ様があの月からサヤを先に帰したのは、何故だと思ってんだ。あの人間ども……くそっ! 気がおさまらねえ。
「もう……あんまり気にならなくなったんだ」
「……ああ?」
 サヤの笑顔が痛え。オレたちの誰か一人でもついてりゃ、命のやり取りなんかとは無縁なままでいさせられたのに。……できたはずだ。連れ回さなきゃよかったんだ。どっかに押し込めて、何もさせなければ……。
「なんにもできないって、それで辛くなること、減ってきたよ。どう頑張ってもわたしはこの世界の人間じゃないから。仕方ないって諦めるのはイヤだけど、できないことまで無理にしようとは思わない」
「……だが、戦わされてたんだろ」
 その手で何かを殺して、その目で死を見届けてきたんだろ。……必要もねえのに。あんなにそれを嫌がってたくせに。なんで大人しく引っ込んどかねえんだよ! ああなんか知らんが無性に苛々する。

「カイナッツォ……? なんか怒ってない?」
 あの盾についた血の匂い。魔物のものか。それともサヤのものなのか。どっちでも同じだ。血が流れた場所に、こいつがいたんだ。
「怒ってるだと? 当たり前だろうが! なんであいつらはお前を守らなかったんだよ!!」
「は? ……いやいやいや、戦ってたって……何も剣振って敵倒してたわけじゃないし。月での棒立ちっぷり見てたらわかるでしょ」
「そういう問題じゃねえよ!」
 なんで困ってんだよ。あいつらを庇ってるのか。魔物だろうが人間だろうが、目の前で死ぬのが嫌なんだろ。……それを、一番嫌なものを、ずっと見続けて来たんだろうが!
「どうしよう……デレ期ってやつなの? これはヤバイ、なんてレアな!」
「ああ!?」
「な、なんでもないない! 別にさ、悪いことじゃないよ。……前よりもっといろんなもの、受け入れられるようになったもん」
 なんだよそりゃ。無理してまで受け入れる必要なんかなかっただろ。何もしないで待ってたって、この世界に戻って来たならじきにゴルベーザ様のところに帰れたんだ。何もしなくたって、……サヤが何もしてなけりゃ、オレは今ここにいねえ……。いや、そうだが、しかし……。
「守られるだけでずっとついてくのは、わたしの方でできなかったもん」
「だったら、やめりゃよかったんだ……逃げりゃよかっただろ……」
「それじゃ何も取り戻せなかったよ」
 ……なんだよ。なんでオレを指差すんだ。何がそんなに嬉しいんだよ。……くそっ! ルビカンテが戻ったらオレも出かけるか。とにかく思う様ブチ切れたい。……もう腹は立ってねえけど。

「……お前、強くなったなぁ」
 もう保護なんていらねえんじゃないのか。自分で全部見つけちまって……それはそれで腹立つな。
「……カイナッツォに褒められると照れるね」
 まあ、いいか。べつに……出かけんのは、外が晴れてからでも。

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