─back to menu─


力の使い方

「レオノーラさん」
 自分の名が呼ばれていると、ぼんやりとは分かったけれど、何故か現実として判断できなかった。レオノーラさん。そんな風に呼ばれたことがあっただろうか。
 両親はもちろんそんな他人行儀な呼び方はしない。幼い頃の友人達も同様だ。トロイアの神官達とて私から見れば目上の方ばかりで、魔導船に乗り込みこの戦いに参じてからも同じ。レオノーラ殿、などと呼ぶ方もあって、走って逃げたくなるほど恐縮したことはある。
 そうだ、あまりお話する機会はなかったけれど、セオドア王子が一度私をそう呼んだ気がする。でも先程の声はもっと高くて少女らしかったような……。
「レーオーノーラ、さんっ!」
「きゃあああっ!」
 背中に温かい何かが触れて、パニックになり振り返って翳したロッドが……真後ろにいた少女の額に当たった。
「サヤ様!? ああっ、ご、ごめんなさ……ひいっ!?」
 何処からか凄まじい殺気を感じる! 誰かが私の命を狙っている!? 否、ここは周り中に凶悪化した魔物がいるのだから、私を狙っているとは限らない。ともかくこの気配の元を探り当てなければ。

「おい、面白いから落ち着けレオノーラ」
「パロム……」
 何故か半笑いの見慣れた顔を見て、少し落ち着いた。集中して殺気の篭る視線を辿ると、そこに魔物がいた。いたけれど、彼女は今、私達の仲間だ。だけどやはり私に向かって明確な殺意を抱いている。何故って……。
「あああ! サヤ様、大丈夫ですか?」
 赤くなった額にロッドを翳してケアルを唱えようとすると、当の被害者に遮られてしまった。
「ごめんね、そんなに驚くとは……。あといたたまれないから様はやめてください」
「小心者だからビビらせるなよ」
「パロム!」
 諌めた視線に肩を竦めて返されて、よく考えればその通りだと自覚して落ち込んだ。呼ばれたのに気づかないばかりか、背中を叩かれただけで殴ってしまうなんて。……殴ろうとしたわけじゃないけれど……。

「あ、あの、サヤ……さん? 今は、お一人なのですね」
 いつも近くにいる者がいない。いえ、視界にはちゃんといて、相変わらず私を睨んでいるのだけれど。この人がぽつりと一人でいるのは初めて見た。
「知らない人と話そうとしたらふて腐れて逃げちゃうんですよね」
「ふ、ふて腐れて……ですか」
「そんな可愛いげのあるもんか、あれ」
 パロムが何か不機嫌だった。先程まで風のバルバリシアなる彼女にいろいろと仕掛けていたようだったけれど、不発に終わったらしい。
「子供扱いされたから怒ってるの?」
「……違う」
「じゃ、天才なのに魔法で全っ然勝てないから拗ねてるんだ」
「力一杯言うな。魔力で魔物に勝てるかよ」
 そうだ。あの黒衣の彼は人の領域を超えた魔道士で、彼等は魔物でありながらその配下なんだ。……どうしてか、パロムが負けることもあるという事実が理解できない。
「あれは規格外だから気にしなきゃいいって。それよりちょっと聞きたかったんですけど」
 この人は何故パロムには普通に話して私には敬語なのかと不思議に思いつつ、何でしょうかと問い返した。初対面なのは同じはずなのに……。

「レオノーラさんって、最近になって魔法を習ったんですよね?」
「え、ええ。黒魔法はパロムに教わり始めたばかりです」
「どんな風に習うのかな、って、聞いてみてもいい、ですか?」
 そんなに恐る恐る聞かなくても、目の前にパロムがいるのだから直接教わればいいのに。それに、ゴルベーザ……に教わるのは、不可能か。
 違う。魔法を教わりたいのではなく、その過程で何をするのかが知りたいのかもしれない。意図は分からないけれど。
「えっと……」
「形にするものを思い描く。イメージしたものを放出する。呪文や魔法陣は正直オマケだな。黒魔法に興味あるのか?」
 教わった当人の前で説明するのは緊張する。私がそうやって躊躇している間にパロムが言ってしまって、ホッとしたようながっかりしたような奇妙な心地がした。
「うーん。あるようなーないようなー、一度くらいまともに使ってみたいなって」
「あんたは周りに教師がいっぱいいるだろ。頭で考えるより見たままの勢いでやる方が向いてるんじゃないか」
 パロムはサヤさんに教える気はないらしい。そんなことに少し安堵してしまった。
「使うのは前にも使えたらしいんだけど、MPなくなって気絶しちゃったんだ。アスピルなのに」
「それは凄いな。前代未聞」
「……だから! 基礎から教わった方がいいかな〜って、レオノーラさんに」
「ええっ!?」
 そもそも彼女があっさりとアスピルを習得したことが驚きなのに、思ってもみない方向へ話が進んで愕然とした。

「ど、ど、どうして私に!?」
「真面目に教えてくれそうなので」
「オレは不真面目だって言いたいのか」
「あの、でも、既にアスピルが使えるくらいなら、習う必要などないのでは?」
 イメージのしやすい三大魔法よりも余程難しい。それが、MPの問題はさておいても、実際に使えるというならば。つまりサヤさんには才能があるということだ。
「セオドア達と旅してたんだろ。今なら魔力も上がってるかもしれない」
 励ますように言うパロムに倣って私も頷いた。ほとんど後ろで見ていただけだと言うけれど、それだって経験にはなっているはずだから。
「……今やってみれば? とりあえずファイアでも」
「えっ、今! ここで?」
「人のいない方を向いてな」
「炎のイメージです。燃え盛るものを想像してください」
 顎に手をあてて何か呟きながら、サヤさんが集中し始める。彼女の中でキラキラと輝く魔力が練り上げられて行くのを感じた。
「なんかもっとややこしい呪文とか印とかなんとかあると思ってたけど」
「それで心を守って、抑えるんだ。黒魔法は禁忌だからな」
「ふぅん。モンスターなんか使いまくってるのに」
「いや、だから禁忌なんだろ……人間にとっては」
 だけど使い方を変えれば白魔法と何が違うのか分からない。頭の中に炎を描きながらサヤさんはそう言った。白と黒は根本的に違うものだ。でも魔物にとっては、知もなく理もなく本能によってのみ力を放つ魔物には、同じなのかもしれない。ふとそんなことを考えた。

「ファイア、燃やす……焼く? レア……ミディアム……鍋の底が焦げた」
「…………どういうイメージだよ!?」
 使い方が違えば……、そ、そうか。そういう使い方もあるんだ。
「あ、なんか出そう。打っちゃっていい?」
「いいけどさぁ、もっとマシな言い方ないの、か……」
 苦しげに眉を寄せたサヤさんが手を突き出した瞬間、その背後に現れた人影が彼女を抱え込んだ。呆気にとられ、練られた魔力が霧散する。
「ゴルベーザ、」
「なんで邪魔するのー! もうちょっとだったのに」
「だから止めたのだ。また気絶したらどうする」
「わたしだってレベル上がってMP増えてるかもしれないじゃん」
「増えていないぞ。あの頃と全く変わっていない」
「ま、マジですか」
「ああ」
 未だ呆然としている私達をよそに、言い争いの末にしょげてしまったサヤさんがゴルベーザの腕を逃れて遠い目をした。
「……簡単お風呂が使えない……」
「なんだそりゃ!?」
「ああっ、ブリザドをファイアで溶かしてお風呂まで考えていたんですか!」
「どうして分かるんだよレオノーラ!」
 黒魔法をそんなことに使うなと喚くパロムを無視して、やはり魔法は使えないのだと落ち込むサヤさんの肩にゴルベーザが手を乗せた。
「青き星に帰ったらソーマの雫を作ってやろう。それまで魔法は我慢するのだ」
「作れるんですか、あれ!?」
 今度は私も思わず大声をあげていた。飲めば魔力を増幅させる神秘の水。魔物を統べられる程の魔道士はそこまで桁外れの知識と力を持っているのか。ぽかんと口を開けたままの私達に、ゴルベーザの方が不思議そうに首を傾げた。
「作らなければどうやって手に入れるのだ」
「そりゃ、モンスターから、とか……だよな?」
「そのモンスターはどこから手に入れる」
「それは……」
 ということは、今まで手に入れてきたあれらは魔物の手作りだった? 何かすごく罪悪感がわいてきた。

「月の館にはごく普通に常備してあったぞ。地上にもあるのだから、代用品にしても材料が存在するはずだ」
「ねぇなにその……何とかの雫」
「飲めば魔力が上がる聖水だ」
「あー、リンゴじゃない方か。……作れるんなら売れば儲かるね」
「そうだな。争いが起きるほど売れるだろう」
「じゃあ売らなくていいや」
 もはや私達のことなど忘れていそうな勢いで、「安全が確保されるまで魔法は使うな」とか「気絶くらいで焦るのは過保護だよ」なんてじゃれあいながら、定位置である仲間の魔物の元へ帰って行く。
 二人の背中を見送って、釈然としない気持ちのままパロムと顔を見合わせた。
「ああ……ま、確かに規格外だな。あの二人も含めて……」
 今や悪意に彩られてはいない彼等が、願わくば永遠に、世界への憎悪を抱かずにいてくれますように。光とともにあってくれますように……なんだか、そう祈らずにはいられなかった。

|



dream coupling index


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -