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 選択肢があるのはいつも仮定の中だけ。もしもああだったら、こうだったら、進むべき道も見つかっただろうに。
 道もなく人もない見渡す限りの荒れ地に夜ひとりぼっちで立ち尽くして、今からどうすればいいのか、そもそもどうしてこんな状況になったのかも分からない。今は、自由すぎて選択の余地がなかった。
 正直途方に暮れた。現実って優しくない。いつもいきなりやってきて心構えもないまま引きずり込まれるんだ。
 ごく普通の日常が一変して、まるで異世界のような場所にわたしはいた。っていうか、たぶん本当に異世界なんだ。知らない間にどこかへ連れて来られたなんて次元の話じゃなく……だっておかしいんだよ。
 目に入る景色のすべて見覚えのないもので、夜空に浮かぶ星の並びもわたしの知識にはないもので。それより何より見上げた空に輝くあの青い星。まるで地球だ。なんで空に、月があるべきところに地球があるの。だったらここは一体どこなの!
「夢ならよかったのに」

――夢ではない。
 その声がどこから聞こえたのか分からなかった。辺り一帯に轟いた気もするし、わたしの頭の中だけに響いたのかもしれない。どっちにしたって尋常じゃない。だけど誰かの声が聞こえるってそれだけで、ちょっと安心できた。こんなに心細いときにはなおさら。
「え、えっと、あなたは誰ですか? どこにいるの?」
「我が支配を受け入れ、我が意のままに動くのだ。さすればすべてが終わる時、お前の願いを叶えてやろう」
 聞いてやしない。何となく、ありがちな展開かな? 妙な世界に紛れ込んじゃってこういう怪しい声に導かれながら世界の命運を懸けた戦いに巻き込まれていく。面白そうなんて言ってられないけど。
「それってつまり、言うことを聞けば元いた場所に帰れるってことかな。あなたは一体誰ですか?」
「我が名はゼムス。すでに未来は我が掌の上……受け入れるのだ、サヤ」
 曖昧な返事ばっかりでよく分からないな! 受け入れろって言っといて未来は手の平の上ってなに、つまりわたしに選択肢はないってことだな。どういうわけだか名前まで知られちゃってるし。
 ゼムス、か。変な名前だなあ。どこの国かもよく分からないけど言葉は通じてるし、やっぱり根本的に違う世界――例えば夢の中のような――にいると思った方がいいかも。
「お前がそこに在る事を、我が憎しみが証明しよう。夢か現か……ゆっくりと選ぶがいい」
 わけの分からない世界に放り込まれて、最初に声を聞いた相手はとても一方的に命令をくだしてきた。でもゼムスの声のおかげでわたしが幻じゃないって理解できる。
 頼れるものが無い中でひとりぼっちなのは怖い。すごく怖いから、ゼムスがどんな存在でも従おうと思った。この瞬間のわたしにとって、顔も見えない彼の言葉は、進むべき方向を示してくれた救いの光だったから。

***


 ぷっつりと声が途切れたかと思うとわたしの視界は真っ白に染まって、荒野も夜空も青い星も塗り潰された。眩しくて目を閉じた。足元が揺れたような気がして気持ち悪い。瞼の裏のチカチカがおさまって目を開けたら、また景色がガラッと変わってた。
 現状を確認しよう。
 ここはどこかの部屋だね。狭いし物がなくて生活感は全然感じられない、物置にでも使うしかないみたい。ってよりも牢屋に使いたくなる雰囲気。足元には黒魔術の儀式真っ只中ですぅってな具合に赤く光ってる魔法陣が広がってた。
 そして視線を避けようもないほど堂々と部屋のど真ん中に立っている真っ黒い甲冑。飾り物かと思ったら微かに動いた。生きてる? っていうか人がはいってる!
 黒いし、でかい、とんがってるし。ビジュアルだけで素敵な恐怖を演出しないでください。この妙に張り詰めた空気だけで完敗なのに無言で立ち尽くす甲冑人間(人間じゃないかも)と向き合ってるなんて怖すぎるんだよ。
 展開はあったけどこれ好転じゃないよね、きっと。最初みたいにゼムスが声をかけてくれないかなって、期待したけど無駄だった。誰も言葉を発しないまま時間だけが過ぎていく。

 精一杯の勇気を振り絞って、兜を見上げた。せめて視線が合えばと思うんだけど、中には暗闇しか見えなかった。
「あ、あの」
 わたしの声に反応して甲冑がぴくりと動いた。
「……お前の名は?」
 あー、そこからなんだって少しホッとした。黒い鎧の中から響いた声は男の人のもので、低く重い、お父さんみたいな印象があった。うん、怒ってるときの。
「わたしは、サヤです。えっと……あなたは?」
「私の名はゴルベーザ。言葉は通じるようだな。お前には当分私の配下として働いてもらうぞ」
 返ってきた声から察するに怒ってはいないみたいで安心した。会話の成り立つ相手かどうか計ってたのかもしれない。
 よくよく考えたらこの状況、怪しい甲冑男に怪しい魔法陣にどうやら異物のこのわたし。召喚の儀式とかって言葉が頭に浮かんだ。だとすればゴルベーザは何者なんだろう。ゼムスとの関係は? わたしは、この人に従えばいいの?

 ……ん? ちょっと待って、なんか変だ。ゴルベーザ、ゴルベーザ……ゼムス。聞いたことある名前だ。そんなはずないのに。今日はそんなはずないことばっかり起きるみたいだ。
「ゴル……あーーーーー!! えええっ、ゴルベーザって、ゴルベーザ!?」
「いかにもそうだが。異世界の人間が私を知っているのか?」
 突然の大声に小首を傾げるゴルベーザ。そういう仕種をごっつい男の人がやっても気持ち悪いだけだと思うんだってそんな場合じゃなくて。黒い甲冑にゴルベーザ。しかもゼムスって? 何それどういうことなの。もしかして、ただの異世界なんかよりよっぽど厄介なところに迷い込んじゃったの?

***


 この物語はフィクションです。最強の免罪符だ。ご都合主義もどんでん返しもどんな展開も許されちゃう。もし今どこかにその文字が書いてあるなら……でも残念ながらこれはノンフィクション。少なくともわたしにとっては。
 待ってても物語は進まないなら自分で動かなきゃ。ゼムスを信じるなら終わりがあるんだ。だったらわたしは、そこへ向かって行こう。
「あのえっと、まず聞くけど、わたしをこの世界に呼んだのはゴルベーザ?」
「そうだ」
 即答だ。たぶん嘘じゃないんだろうけど変だな、ゼムスに呼ばれた気がしたのに? でもあの荒野には現実感がなかった。ゴルベーザが召喚したところへゼムスが割り込んだのかもしれないし、単純にゴルベーザが騙されてるのかもしれない。
 どっちにしろ、今わたしが従うべきは目の前のこの人なんだろうと思う。
「えっと、クリスタルを手に入れて世界を支配するのが目的?」
「……大まかには。正確には、クリスタルの力で次元エレベーターを起動し、バブイルの巨人をこの地へ降ろすことが目的だ」
 そしてそれの力で世界を滅ぼすと。うんうん、悪役だねぇ。ああそうだ、なんか大きな塔とか巨人とか。あったあった! うーせめて『こうりゃくぼん』を持ってきていれば楽だったのになぁ。
「……身も蓋もないこと聞いてもいい?」
「ああ」
 振り返ってみればわたしタメ口。もう遅いけど、文句も言わないゴルベーザはきっといい人なんだろうなって、すごくどうでもいいこと考えてた。
「わたし、何をすればいいの? 剣とか魔法で戦ったりできないよ、っていうか使えない。命懸けでするような仕事は度胸ないから無理。あと作戦考えたりする頭もないよ。掃除洗濯食事の用意ぐらいならなんとか〜、あでもこっちのことよく知らないからダメかも。掃除機も洗濯機もないだろうし食材のこともさっぱりわかんない……踊りでも踊りましょうか」

 できることできないことを指折り数えようとして愕然とした。今までとくに意識したこともなかったけど、こういう非常時にあってわたしはもしかしたら凡人以下の愚図なのかな。
 でもこれは仕方ないよね? 敵陣に潜入してスパイ活動とか油断させてクリスタルを奪取とかその過程で精神的ダメージを与えるとか。そんなの普通の人はできなくていいんだよね!?
 召喚された異世界人、なんて大層な肩書きのわりに役立たず。怒られるか失望されるかと恐る恐るゴルベーザを窺ったら、なんかあっちの方が困ってるみたいだった。えっ。
「もっかい聞くけどわたしゴルベーザの配下なんだよね?」
「ああ」
「……もしかして、なんにもすることなかったりする?」
「……ああ」
「あのさ、なんで呼んだの?」
「……」
 ゼムスにはドス黒い目的があると思う。それにわたしが必要で、けどゴルベーザはそれを知らないんだ。表向きわたしはこの人の支配下にあるけど、わたしは本人さえ知らないゴルベーザの弱味を知ってる。なんだか危ういバランスの力関係だ。
「ま……いっか。とりあえず今どういう段階なの?」
 気を取り直して明るい声を出すと、ゴルベーザもどこか安堵したように息を吐いた。一方的に従わされてるわけじゃない。……うん、やっていけそう。

「バロン王国は分かるか?」
「あー、飛空艇とか持ってる軍事国家、だっけ」
「そうだ。まずは彼の国の中枢を掌握しクリスタルを手に入れる足掛かりとする」
 じゃあまだ何も始まってないんだ。最初から最後まで見届けられるのか分からないけど、わたしはゼムスの思惑の中で、ここに存在してればいい。でももしかすると、この世界で誰かが受ける苦痛を和らげてあげることだってできるかもしれない。
 もしも騙しきれるなら、死ななくていい人達を生かすことも――?
「何ができるか分かんないけど、することが見つかるまでここにいるね」
 とにもかくにもよろしくと差し出した手に、戸惑いながらもゴルベーザの手甲が重ねられた。

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