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誰?

 名前を覚える! と叫んだ一言だけ理解できた。後から溢れる呪文のような響きの言葉は、幾度繰り返されても意味が分からない。
「何をぶつくさ言っている」
 尋ねると、サヤは無言で指折り何かを数え始めた。
「……ざっと20人はいるよね、今」
 どうやら現在共に歩く人間どもの話をしているらしい。人数など知らん。ごちゃごちゃと数だけは多いが、そう固まって行動もできない。
 いくつかのグループに別れて動く全体の、我等の周りにいるのはゴルベーザ様とサヤ、そこへ多少見覚えのあるような顔がたまに入るだけだった。

「魔導船の中で顔合わせはあったけど、無理っす覚えらんないっす」
 何故か唐突に小馬鹿にしたような口調になったサヤが、わざとらしく肩を竦めた。
「覚える程に興味がないなら、覚えなければいい」
 はなからそのつもりの者もいる。私だが。どうせすぐに顔も合わせなくなる人間だ。名前だろうが声だろうが顔だろうが、記憶にも残らんだろう。しかしサヤは憤慨して、周りの集団を指差した。
「だって皆さ、赤い人とか風の人とかアンデッドとかカメの人とか言うんだよ!」
 こちらとて興味のない者にどう扱われようと私は気にならんがな。ある意味では分かりやすく的を射た呼び方でもある。
「カメの人って何! 結局どっち!? っていうかカメだし!」
 いや……言うべきはそこなのか? 何か察したらしいカイナッツォがサヤを睨んだ。内容は聞こえていないようだが。
「ちゃんと覚えてよ、って言う前にこっちが覚えなきゃ……」

 そもそも、我等が戻るまでにも行動を共にしていたのに、その間に覚えることはできなかったのだろうか。お前は相当に馬鹿なのだな。というような事柄を直截的に伝えると骨が剥き出しになった胸の裂け目に指を突っ込まれた。
 私にも痛覚があったらしい。
「き、貴様……」
「これだけいたらすぐに覚えらんないよ。大体ゴルベーザのことだってあったしここ来てからはいろんな意味で気が気じゃなかったから」
「…………」
 世界に異変を感じている状況で、迫り来る二つ目の月。どこにあってもゴルベーザ様を想わぬわけがない。ではこの地に来てからの懸念は何なのか。可能性を見出だした時には既に……実現できるか否かではなく、方法を考えていたという。
 私達を連れ戻す算段に気を取られて他の者のことなど考える暇もなかったのか? と、改めて尋ねる気にもなれず、聞かなかったことにしておいた。

「ねえ、誰か一人、適当に指差して」
 言われるままに、偶然視界の正面にいたローザを指差す。
「いや、ローザはいい」
 ではと隣の白い髪を指せばまた首を振り、更に越えてもう一方の金の髪を指す。サヤは無言だった。適当に、と言っただろうが!
「もっと見慣れない人にして」
 つまりこれは先程の「名前を覚えなければ」という言葉に関わっているのだなと見当をつけ、少し離れた集団の右端、周囲を警戒して歩く男を示した。
「えっと、ゲッコウさん。エッジの部下で四天王……じゃなくて、なんだっけ? 忍者軍団の人、あんまりしゃべらない、ちゃんと忍者っぽい、赤いからたぶんリーダー」
「……赤いからか」
「赤はリーダーでしょ? だからルビカンテがリーダー」
「いや、一番強いからだが」
「……そうだったんだ!!」
 今まで赤いからというだけで四天王の筆頭だと思っていたのか。お前も色だの属性だので呼ぶ者と大して変わらんのではないか。
「気を取り直して次ー」
「……ではあれだ」
 今度は背後を指して言う。ゴルベーザ様を見据える視線が気に入らないダムシアンの王。……の隣を歩く目付きの鋭い女。
「ハルさん。眼鏡の美人秘書! ギルバートお付きの学者さん、顔もだけど声がすっごい綺麗、美人秘書!!」
 よく分からんが「美人秘書」という言葉が琴線を震わせたようだ。サヤは、男ならば同世代の優男を好むようだが、女は年上の我の強そうな者に憧れるらしい。自身の理想像だろうか。勘弁してくれ。

 エブラーナ、ダムシアンと主従が話題にのぼり、不意に気づいたことがある。
「あの、なり損ない神官は何と呼ぶ」
「まだなってない、だけでしょ。レオノーラさん。パロムの弟子でトロイアの、」
「ならばあちらの女忍者は」
「まだ途中なのに! っえー、イザヨイさん、エッジの部下でくのいちで」
 やはりそうだ。エッジとかいうのがエブラーナの王だったはず。先程もダムシアン王の名を口にしていた。
 私が敬称をつけてその名を呼ぶのはゴルベーザ様だけだ。……例外も時にはあったが。全てを捧げ、その方に仕えることを望む時のみ。人間に、それもサヤに同じ価値観が当て嵌まるとは思わんが、しかし。
「あのセシルに似た男も砂漠の王も気兼ねなく呼ぶが、何の身分も持たぬ者には敬意を払う。何故だ?」
 素朴な疑問だったのだが、サヤはそもそも意味が分からないと言うように首を傾げた。
「砂漠の……はギルバート? セシルに似た男って、セオドアじゃないよね」
「……エブラーナの」
「似てないしもし仮に万が一似てたとしても髪の色だけだしセシルはあんなに男くさくないしもっと優しいし繊細だしきれいだし似てないもん目腐ってるよスカルミリョーネ」
「……色々と言いたいことはあるが、私の目なら元々腐っている」
 目玉に限らずどこもかしこもとうに腐っている、そう言うとサヤは溜め息をついて、そんな意味じゃないと首を振った。

 顔見知りであっても一定以上に歳を重ねている者には「某さん」と呼ぶ。年下ならばほぼ初対面であっても親しく話す。その原理は知識としてならば理解できる。だが一国の王に対して馴れ馴れしく口をきき、その配下に丁重な態度を示すのはどうしたことだ。
 遠い記憶を遡れば、私と出会った時にも最初から馴れ馴れしかったように思う。しかし、私の知らぬ時間に行動を共にしたこともある……らしい者達には、やはりどこかよそよそしい態度を見せた。
「だってラスメンはなんか知ってる気になっちゃうんだよね……」
「ラスメン?」
「えーっと、まあ、ギルバートは普通でいいって言ってくれたから。エッジは、人柄? かな?」
「腑に落ちないな」
「普通に会っていきなりタメ口きけないって」
「……では何故ゴルベーザ様には馴れ馴れしかったんだ」
 今は、もういいが。蒸し返すつもりではないが! 当時は大層腹立たしかったものだ。ゴルベーザ様御自身がお許しになられていたから口出しできなかったが、塔の最上階から投げ捨ててやろうかと思ったことも一度や二度や三度や四度も五度もある。
「私達にもそうだっただろう」
「普通に、会ったんじゃなかったし」
 何故かは分からないがふて腐れたサヤが口を尖らせ、ゴルベーザ様の方を指差して言った。
「そんなに不満だったならこれからはゴルベーザさん達にも、他人行儀に敬語を使いますけど、それでいいですか? スカルミリョーネさん」
「悪かった」
 そんな態度を取られたら私が突き落とされることになる。いつかのように。細い指先が掠めたかと思えばご丁寧に体を石と化しテレポートして逃げることも叶わぬよう、風がこの身を打ち砕くほど強く叩きつけされど待てども完全な死はなかなか訪れず、地面は遥か遠い。落下しながらいっそ空中で砕けてしまいたいと何度も何度も。
「悪かったもう言わない何もしない私が悪かった」
「え、いや、ちょっ……大丈夫?」
 ガクガクと揺さ振られて我に返った。いや、私は何も思い出してなどいない。今度ばかりは何も尋ねないサヤに少し感謝した。

「別に馴れ馴れしさに不満があるわけではない。人間は権力にこそ媚びるものではないのかと思っただけだ」
「権力……王様だから?」
 一国の主とは、少なくとも瑣末な密偵や神官見習い風情よりは、丁重に扱うべき人間ではないのか。会ったばかりという条件が同じならば。サヤは、馬鹿かと言い出しそうな投げやりな顔で吐き捨てた。
「王様になんてなろうと思えば誰にでもなれるんだから権力も立場も無意味だよ。慣れたんじゃなく親しんだ結果だから敬語じゃなくてもわたしはエッジ達を尊敬してるし」
「…………」
 まあ、確かに、人間としての権力など無意味になりうると証明してしまったのは、我々だが。王という存在の軽さを明かしてしまったのも、我々だが。尊いとされる立場がいかに簡単に崩れ落ちるのか、実演したのも。
「…………」
「そんなことより次、誰か指差して」
 旧き仲間よりも新たな仲間よりも我等の存在が重大なのだと思えば、いいような悪いような。
「……神官の隣」
「でっかくなっちゃったパロム。双子の片割れ、男で生意気な方、黒魔道士で今はレオノーラさんの相棒」
 覚えようという努力もなく、馴染んだということだろうか。敬われずとも親しまれているならば。それも、出会った当初からだそうだ。真に気にかかるのは他の者のことではない。
 ふと、ゴルベーザ様か私自身を指せば何と言うのか気になった、が。
「半裸とか全裸とかみたいなキーワードがあれば覚えられそうだね」
 聞かないでおこう。

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