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継承

 傍らを行くサヤを横目で眺めながら、手荷物の中にしまい込んだものを思った。つい先程カインが、ふと思い出したように手渡してきたものだ。「サヤに返しておいてくれ」と言って。
 年季の入った防具のようだった。返せと言うならばやはり彼女から預かったのだろう。恐らくかつての戦いで、私の元を離れていた時に。
 切り出せずにいるのは気まずいからではない。何故あんなものをカインに預けたのかも気になるが、奴が今の今までアレを保管し続けていたのはどういうつもりなのか分からなかったからだ。
 それは防具で、帽子だった。意図は分からないが、猫の耳を模した飾りがついていた。今は革袋の中に収まっているが、見た限りそれなりに使い込まれているようだ。……使っていたのか、カイン! しかもこんな所まで持って来る程大切にしていたのか。
 心の中まで覗き見たつもりでも、人間の精神は理解しきれぬものだな。

 不意に視界の端で揺れていた頭が消えた。さっきまで隣を歩いていたサヤが何処にもいない。そう広い通路ではないのに何処へ消えたのか。前を行く人の群れにもその影はなく、私よりも後ろには誰もいない。焦りが生まれる直前に、足元から震える声が聞こえた。
「ひっ……ぱっ……てっ……」
 道から逸れた崖のふちに、ぶら下がるサヤがいた。慌ててしゃがみ込み引き上げると、私の肩にしがみついて息を吐いた。
「頼むから、悲鳴ぐらいあげてくれ。……気づかなかったらどうするんだ」
「怖くて声が出なかったんだよ」
 後方の異変に気づいたセオドアがこちらへ駆けて来ようとする。それを手で制しながらフラフラとサヤが立ち上がった。
 軽い体だった。軽々と持ち上げてしまえるほど。……人知れず地の底へ落ちても、誰にも気づかれぬほどに。

「あまり端を歩くな。また落ちては……、何だ?」
 崖から離そうと手を引くと、何故かじと目で睨まれた。いつの間にか不機嫌になっているようだ。
「ゴルベーザがぼけっと歩いてじりじり追い詰めてくるから落っこちたんだもん」
 そんな子供のように頬を膨らまされても……落ちそうになる前に声をかけてくれればよかったのに。
「手繋いで歩く?」
 差し出された手を思わずじっと見つめ、迷う間にサヤは諦めてしまった。……ああ、失敗した。
 会話が続かない。以前はどうやって間を持たせていたのだったか。手荷物を探り、頼まれていたものを渡すと、サヤが不思議そうにそれを見た。カインが何を思い今これを私に返したのかは分かっている。だが、肝心の彼女の本心が計れなかった。
「……カインから預かった」
「あー……、まだ持ってたんだねぇ」
 血と汗と土で汚れたそれを、めくりあげひっくり返し眺めながら、サヤは突然目を伏せた。一筋だけ涙が伝い落ちて後には何事もなかったかのようにまた帽子を見つめる。
「ルビカンテにもらったんだよ、これ」
「……そうか」
 馴染みすぎていて気づかなかったが、サヤがこちらの服を着ていることに今更思い至った。その袖をめくり、見慣れたアミュレットを指先で撫でる。
「こっちはまだ新しいのに」
 彼女の言うように、腕に嵌まった銀色は未だ輝きを残している。くすんだ白い帽子と比べれば、経た時間の違いを嫌でも思い知らされた。

「バルバリシア様がくれたものも全部なくなっちゃった」
 あの塔の崩壊と共に。命を賭したのは私のためだ。しかし私は彼女に何も返さなかった。どんな想いであの場所を打ち壊したのか、考えることすらなかった。
「カイナッツォにもらったエッチな本も」
「……えっ?」
 いや、それは無くなってよかったと思うのだが。阻止したはずなのに、侮れぬ男だ……。改めて思い返せば、カイナッツォですらサヤに何かを与えていたのだな。
「わたしみたいな人間にだって、しょーもないモノくれるような、一緒に生きられるような存在だったのに、誰も知らないんだ」
 誰もその生き様を覚えていない。魔物だからか? 否……仲間では、なかったからか。仕方のないことだからこそ誰に怒りをぶつけることもできない。
 もう一度やり直すことはできないのか。失ったものは、もう得られないのか?

「ゴルベーザに猫耳フードあげる」
「いや……私にどうしろと」
「被ればいいと思うよ」
 それはむしろサヤが被るべきだろう。元は彼女がルビカンテに貰ったと言うのだから、尚更。他にも若い女はたくさんいるし、私と比べればセオドアの方が未だしも似合うはずだ。似合う似合わんの問題でもない気がするが。
「カインは被ったのに」
 やはり使ったのか。どういういきさつがあったのか、聞きたいような知らぬふりをしたいような。……あいつは案外ノリがいいのだな。私も見習うべきだろうか。
「……お前にやったものなら、お前が使った方が喜ぶだろう」
「でも、もう意味ないもん!」
 拗ねたように帽子を服の中へ押し込み、力無い足取りで歩き出す。後を追いながら脳裏にあったのは、私の望みか、盗み見たサヤの夢か。
 それでもお前達が遺したものが、まだここにあると、伝えてやれたら……。

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