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出口

 衝撃に揺れた魔導船の中で、最悪の場合を考えてた。わたしついて来てよかったのかな。もしかして扉が開いた瞬間に死ぬんじゃないか……なんて思ったけど実際そんなことはなかった。
 ぞろぞろと皆が降り立つ荒廃した大地。扉の向こうに切り取られた景色が、わたしの心を広げます。
「……宇宙って何だろう」
「いきなり壮大な事を言うんだな……」
 隣に立ったカインは返事をしつつもローザ達の方を見つめてる。しゃべりもせず虚ろな目のセシルはちょっと怖い。だけどガタガタ震えながら寝てるよりはまだいい。いつブリッジしながら歩き出すかとびくびくしてたよ。早く元に戻ってほしいな。
 っていうかさ、宇宙だよね。宇宙なんだよ。わたし今、宇宙にいるんだ。封印に守られてるわけでもなく、防護服を着てるわけでもなく、生身で。開け放たれた扉の向こうは……宇宙。
 ……それってすごく怖いんですけど! この世界の人は体質的に大丈夫なのかも。だけどもしそうなら、世界の仕組みの違いじゃなく人間の身体の違いなら、わたしは宇宙に出た瞬間この世とおさらばするんじゃないかって。今のところ大丈夫そうだけどやっぱ怖い。
「……地球と同じだけの空気もあって重力もあって宇宙服もいらない……ここってホントに月なのかな……」
「どういう事だ?」
 ゼムスの月じゃないらしいけど、根本的には同じなんじゃないかな、ぼくらの宇宙船。要するに規模の大きすぎるラストダンジョン。荷が重いなぁ、うっかりすると「わたし魔導船の中で待ってるね」って言いたくなる。

 なんだかむらむらイライラする。何しに来たんだろ、この月は。もう青き星のことなんて放っといてよ。侵略だか潰滅だか、何が目的だか知らないけど……どうしてそんなに攻撃的なの。また性格悪いやつが待ってるのかな。ああー、行きたくない!
「……サヤ、俺達も出るぞ」
 セオドアとローザに守られながらゾンビモードのセシルも船を降りた。残るはわたしとカインと、黙りこくる背後霊もとい半裸の男だけだ。
「ううー」
「何を唸ってるんだ。留守番したいのか?」
 この船に一人っきりで。……絶対いやだー! それこそ怖すぎる。
 お父さんお母さん元気ですか。サヤは今、長く厳しい道程を歩むラストバトルのメンバーに組み込まれています。……どう考えても無茶すぎるよ。
「まさか全員で行くなんて思わなかった……大所帯な……」
「出し惜しみする余裕も理由もないだろ」
 冷たく言い放つとカインは思い切りわたしの背を押した。心の準備もできないまま人生初の月面着陸! とくに何の異常も起きなくてひとまず安心。

 そっか……べつに、5人である必要なんかないもんね。こっちの望みは短期決戦なんだから皆で一気に片付けるのが正しいんだ。だけどわたしはちょっと怖くなるよ。確固たるものだったはずの常識が崩れると、何か……予想もつかない事が起きるんじゃないかって。
「魔導船は? 放っといて大丈夫なの?」
 わたしに続いて降りてきたカインの向こう、船を振り返ってたゴルベーザに聞いてみる。船長が降りるのは最後だ……ってやつなのかな。
「……乗員がいなくとも、勝手に魔物が入り込む事はない」
「ふーん」
 どういう仕組みなんだろ。封印でもしとくのかな。まあ、ゴルベーザが大丈夫っていうなら大丈夫なんだろう。たぶん。
「全部終わって船に戻ったら、ひそかに入り込んでたモンスターに一人ずつ……そして誰もいなくなった。なんてイヤだもんね」
 スタッフロールが終わっても安心できない。家に帰るまでがサイエンス・フィクションです。……なんてどうでもいいこと考えてて、ふと我に返ったら、ゴルベーザとカインが二人して呆然とこっちを見てた。な、なんなの。
「想像力が豊かだな、サヤ……帰りの危険なんて考えもしなかった」
「いや、あっちではよくあるパターンで……」
「……私の思っていたより大変な世界だったのだな」
「いやいやいや、フィクションの話だから……!」
 そんな真面目に思い悩まれても困る。わたし達の留守中に誰も入り込めないなら、それならそれでもういいんだってば。

 もう一度魔導船を振り返ったゴルベーザが、そのままわたしの方を見ずに呟いた。
「できることならサヤには、」
「いやです」
「……まだ言っていないが」
 言わなくたってわかるし。っていうかいつ言い出すだろうって警戒してたよ。こんな土壇場まで口に出さずに迷ってたなら、少しは進展したのかもしれない。
「待たないもん。絶対ついてく。ほっといたら何するかわかんないし」
「……信用されていないな、私は」
「お互い様じゃん、そんなの」
 険悪になりかけた空気に、カインがちょっと気まずそうな表情になったから、わたしも態度を和らげる。……そういえば二人とも、今はちゃんと顔が見えるんだよね。
「ゴルベーザが一緒にいてくれるなら、ここで待っててもいいけどねー」
 有り得ないのがわかってるから、返事も待たずに先を行く皆を追ってさっさと歩きはじめる。
「気持ちは分かるが、こいつは戦力の要だからそれは困る」
 カインは真面目っぽく言ってるけどたぶん軽口だ。だいたいセシルがあんな状態で戦ってるのにゴルベーザが大人しく引っ込んでたら、わたしだってイヤな感じするし。

 ……危ないめにあうかもしれない、安全なとこにしまっときたい。だけどまたどっかに行っちゃうかもしれないし。……わたしが。
 それに、今回はゴルベーザに喚ばれたわけじゃないんだ。誰のためにここにいるのかわかんない。傍にいなくていいって言われると、すごくつらい。
「……ゴルベーザってさ」
「……何だ」
「パンツ穿いてるの?」
 唐突に盛大に、カインがずっこけた。それは今聞かなきゃいかんのか! とか言いながら頭を押さえてる。……修業積んだ戦士のくせに転んで頭ぶつけたんだ。ドジだね。
「……穿いているに決まってるだろう。でなければ邪魔で動けない」
「ふぅん。……よかった」
「いやよかったじゃなく……ああ、何なんだお前達!!」
「何を怒っているのだ、カイン」
 ゼムスを通さないで見るゴルベーザは、遠すぎてよく見えない。……でも、顔も分かるし手も触れられるから。……ついて行けば、近寄れるのかな。

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