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痛みを越えて

 いつもなら即座に激怒して暴走しているところだけれど、今あたしの心は静かなものだ。目の前でサヤがスカルミリョーネに抱き着いているのに。柔らかくて心地良いあの体、普段ならすぐ引きはがしてこの腕に奪い返すだろうに。
 今はそんな気になれない。彼女がとても消沈しているし、スカルミリョーネもサヤを拒んでいないから。それに何よりも、今の彼女はいつもの彼女とは違うからだ。いくらあたしでも、あれを抱きしめてやりたいとは思わないわ。
「……痛い」
「お前には痛覚などないでしょうに」
 だから譲ってやっているのよと独り言ちれば、スカルミリョーネの恨みがましい視線が返ってくる。

 どういう仕組みなのか、好きな時に己の性質──ジョブと呼ぶらしい──を変えて力を発揮できると言う。セシルのそれに似た禍々しい鎧を纏って、暗い顔を見せるサヤは今、暗黒騎士だった。
「やっぱり刺さってるわよね、それ」
「見れば分かるだろうが」
「でもいいじゃない、実際には痛くないんでしょう」
「精神的に痛いんだ!」
 八つ当たりはやめろと思いつつも、スカルミリョーネの気持ちは分からなくもない。
 茫然自失状態のサヤからはなんだかドロドロした内心が溢れてきそうで気が滅入るし、それにさっきからずっと、彼女の鎧の刺がスカルミリョーネに刺さっている。さすがに抱きしめたいなんて思えないわ。
 それでも大人しくサヤを宥めているこの男には、珍しく好感を持っているけれど。
「悲しいわねえ」
「……そうだな」
 外の世界でどんな会話を交わしたのか知らないけれど、自身のそれを振り返れば大体の想像はつくわ。もう一度会えたという喜びから、一瞬にして突き落とされるあの感覚。
 あたしもスカルミリョーネも、現実を受け止めるので精一杯だった。サヤはどうだろう。その衝撃はおそらく、人間であるが故に、あたし達より余程大きい。

「……なんでこうなるのかなぁ」
 不気味なほどに静かだったサヤがふと呟いた。あたしとスカルミリョーネの視線が集中するのも気にせず、脇に置いてあったカバンを引き寄せ何やら荷物を取り出した。その手の中に光るものを見て、絶句してしまった。
「お前、それは……クリスタルではないのか」
 スカルミリョーネもまた顔を引き攣らせてその石を見つめている。あたし達の驚愕など知らぬようにあっさりと頷いて、サヤはクリスタルを宙に掲げた。
「悲しい……悔しい……でもそれよりずっと」
 虚ろな瞳で呟くサヤに呼応するごとく、宙に浮いたクリスタルが輝き始める。どこから持って来たのとか、何に使う気なのとか、そもそもなぜ使えるのとか、疑問が多すぎて混乱してきたわ。
「それより、もっと、なんであんな対応しかできないのかな、わたし……」
 あたしは実際に見ていないけれど、彼女は宣言通りにゴルベーザ様へフレアを撃ち込んだらしい。いくらこの娘の魔力が増大しているとはいえ、死にはしないだろう。だから心配はしていない。むしろ気遣うべきは己に振り回されている彼女の方に思えて。

 持ち主の混乱が伝わったのか。かつて見たものより劣るがやはり強大な力を秘めた石は、一層輝いてそして、硬質な音を辺りに響かせ砕け散った。
「……割れたわね」
「そうだな」
「……」
「だ、抱き着くな! 肉がえぐれる!」
 今日ほどアンデッドでよかったと思ったことはないでしょうね、スカルミリョーネ。そんな全身凶器に全力で突進されたら、あたしだったら何度か死んでるわ。
「もう一回」
 何度か深呼吸をして、またカバンからクリスタルを取り出した。一体いくつ持っているのか。どうしてそんなに手軽なの、曲がりなりにもクリスタルだと言うのに。世界の隔たりとはこうも大きいものなのか。
「ねえ、何やってるの?」
 少しずつ正気を取り戻してきたのだろうか。やっと視線が交わった気がする。
「……ごめんなさいの気持ちを、ちょっと」
 でも何を言ってるのかさっぱり分からないわ。あたし達が首を傾げている間に、またもクリスタルが輝いた。また砕けるのかと身構えたけれど今度は光が収束して、中心に現れた何かがサヤの手に落ちた。
「ハイポーションか……」
 スカルミリョーネの言葉でやっとそれが何なのか分かった。自分に害のあるものには敏感ね、こいつは。それにしても、たかが回復薬を作る程度にもクリスタルを使うなんて……。贅沢と言うべきか、それとも彼女の世界ではあれはただの石なのだろうか。

「何も覚えてなくてもゴルベーザはゴルベーザ。……そう考えた方がいいの?」
 作り出した薬品を握り締め、救いを求めるような視線がこちらに向けられた。ゴルベーザ様は何がどうあってもゴルベーザ様だわ。それは間違いない。でも、この娘にそう答えるのは正しいの?
 思わずあたしも助けを求めて、さまよわせた視線がスカルミリョーネとかちあった。
「……答えが出るまで考えるのだな。おそらく、あの方が我等を思い出す事はない」
 ゴルベーザ様が答えを出してくださることは無い。少なくともこの世界では。俯いて考え込んでいたサヤは、突然顔を上げ、何かを振り払うように立ち上がって「謝ってくる!」と叫んだ。間近で喚かれたスカルミリョーネが顔を顰める。
「……また暴走するなよ」
「たぶん大丈夫」
 なんだか不安になるような台詞を残して、彼女の体が再び赤い光に包まれた。やっぱり自由に出入りできるのね。これからはあたしも勝手に外へ出ようかしら。

 サヤが消えた空間をぼんやりと見つめ、スカルミリョーネが今更とも思えることを呟いた。
「あいつが来るとは、思わなかったな……」
「そうね」
 戦い続けるための世界にあの娘は似合わない。だから、思ってもみない再会だった。できることならばゴルベーザ様にも一緒に喜んで頂きたかったのよ。
「来なければよかったとだけは、思ってほしくない」
「……そうね?」
 憮然としつつも言い切ったスカルミリョーネに、奇妙な心地がした。やけに素直じゃないの。本人が目の前にいないからかしら? それとも、同じ立場になったからか。
 まあいい。せっかくの機会なのだから、全てが良い方向に行けばいい。そのためにあたしがしたい事を考えていれば、それでいいわ。

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