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遮断

 操縦桿を握っていれば誰かに話し掛けられることもない。他者との関わりが煩わしい。あの月の事だけを、目先の事だけを考えていたい。傍らに佇む気配さえ今は……。
 あの時、あの町に、サヤがいたなどと……今になっても信じがたい。魔導船を呼び出してすぐに、先を急ぐ皆を制してカインは私をバロン城下へ連れて行った。一度は素通りしたその場所に変わらぬ姿で立っていたサヤ。訝しむカインとセオドアを尻目に、私も彼女も無言だった。
 互いを襲った感情は何だったのか。少なくとも私の中に渦巻いていたのは、喜びだけではなかった。

「ねえ。……それさぁ」
「……それ?」
「その……服?」
 肩に掛けた布を指す。視線は前を向いたまま。そういえば未だ一度も目を合わせていないな……。
「うそつき」
「何だと?」
「裸じゃないって言ったくせに!!」
「………………は?」
 何の話だ。まさか、またなのか。サヤの大声に驚いて、あちこち眺め回していたドワーフの娘が振り返った。なおも喚くサヤに近寄ってくる。
「やっぱり裸アーマーだったんだ! 変態! 半裸軍!」
「違う! こ、これは、着替える暇がなくてだな」
 何故こんな言い訳をしなければならないんだ。そんな事を執念深く記憶しないでくれ。

「なに、どうしたの? 喧嘩?」
「聞いてよルカ、昔のゴルベーザは裸の下が甲冑だったんだ!」
「落ち着けサヤ、逆だ。甲冑の下がはだ……いや、あの頃はちゃんと着ていたんだ!」
「じゃあなんで急に全裸になったの!?」
「これは全裸ではないだろう!?」
 酔っているのかお前、質が悪いぞ。この格好はただ……月でも青き星でも、服になど構っている暇がなかっただけで……ああ、こんなことになると知っていれば甲冑のまま眠りについたのだが。
「っていうか、すごいねサヤ……ゴルベーザに怒鳴れるって……」
 そこは感心するところではないだろう。内容のことまで考えてほしい。いや、深く考えられても困るのだが……。この娘は助勢にはならんな……。
「だって布だよ、布。せめてタンクトップにトランクス……それもやだああぁ」
「盛り上がってるトコ悪いけど、操縦桿離して大丈夫なの?」
「あ、ああ」
 つい口論に気を取られてしまった。いつから手を離していたのか。私の精神に感応して少し進路がズレてしまったようだ。

「……あなたが手を離しても動くんだね」
「サヤが私を混乱させなければな」
 本当はずっとここにいる必要もない。ただ、集中しているふりをすれば放っておいてもらえる。それが有り難いからこの手で操縦しているだけだ。
「ホントはもっと聞きたいこといっぱいあるんだけどなぁー。なんか話し掛けにくいよね」
「みんなゴルベーザを誤解してるよ。悪役として理想化しすぎだよ」
 その言い分もどうかと思うぞ。
「……変わらないな、サヤは」
 まるであの頃に舞い戻ったようだ。だが彼女の隣に立つセオドアの存在が、確かに流れた月日を実感させる。何も変わらずにいられたわけではない。
「だって、わたしには、ついこの間みたいなもんだよ」
「ね、元の世界に戻ったときはどうだったの?」
 そういえば何故サヤの姿はあの頃のままなのだろう。あちらとこちらでは時間の流れが違うのだろうか。
「それがさ、戻ったら一日経ってなかったんだ。ありがたいけど怖かったよ! こっちに何年もいたら逆浦島太郎になってたってこと!?」
「うん、意味分かんないけど、時間経ってないならよかったじゃん」
「まあね、ごまかすの楽だったし」
 ではサヤが再び元の世界に帰れば、こちらに来る時にはまた十数年を経ているのだろうか。或いはもっと。……この戦いが終わり私が眠りに戻って、次に目覚める頃に……。
「これは何か自分に都合のいいことを考えてる表情」
「へぇ〜〜、よく分かるね?」
「甲冑よりはわかりやすいよ」
 気づけば二人して私の顔を覗き込んでいる。居心地が悪い。言っている事が当たっているだけに逃げ場もない。

 いつか目覚める時、もう一度会えたら……何度も考えては絶望した。にもかかわらず今は何も思い出せない。サヤを目の前にして、かつてどのように接していたのかも掻き消えてしまった。何かを尋ねることも何かを伝えることも、できそうにない。ただ戸惑い目を逸らすだけだ。
「……もう、鎧は着てないんだよね」
 ぽつりと零れた呟きに、何か温かいものが左手に触れた。思わずサヤの顔を見ればあちらも私を見つめていて、真っ直ぐな視線に負けて目を閉じた。闇の中に鮮明に浮かんだ姿は最後に見た彼女。頬を赤く腫らして、拭った血を拳に貼り付けたまま……消えてしまった。
「サヤ……」
 過去につけた傷をなぞるように頬に触れる。この温かさを知るべくもなかった。彼女を消してしまいそうで怖かった。そして私が消されてしまうことをも恐れていた。手元に置くのが苦痛だった……それでも。
「お前に会いたかった」
『また会いに来るよ』
 ずっとそれを願っていた。叶わないと知りながら。手に入れなければ失わずに済む。夢の中で焦がれるのは心地良かった。それでも、今この瞬間まで、サヤの温かさは知るべくもなかった……。
「……目、開けて」
 次に目覚める時には。
「会えてよかった。わたしも会いたかったよ」
 頬に触れた手に、サヤの左手が重ねられた。その感触に違和感がある。……そうか。触れたのは初めてだったな。

「え、え、えっ、あたし邪魔? 邪魔だよね? 立ち去るね!?」
 ドワーフの娘が急に慌ただしく辺りを見回し始め、サヤが首を傾げた拍子に少し手が離れた。
「なに慌ててんの? 居ていいに決まってるじゃん」
「ちゅ、チューするかと思った」
 ……どういう判断でそんなことになったんだ。再会の喜びを、今更になって実感していただけなのだが。確かにタイミングがズレて妙な空気になりはしたが……。
「するわけないじゃん」
「だってなんか雰囲気がさ……!」
「じゃあルカは雰囲気あったらドワーフ王とチューするの?」
「するわけないじゃん! ああ、そういう感じなんだ……」
 そういう感じ? ……お父さん……か……。
「なに落ち込んでるの」
「いや……何でもない」
 忘れるつもりはなく、忘れたいとも思わない。だが思い出せば後悔と恐怖が沸いて来る。今は目先の事だけを……。また失う時のことなど考えたくない。
 希望を紡ぎ出せる力がなかった。サヤとどう接していいか分からない。彼女を前にしながら、黙って置いてくるべきだったとさえ考える。

 私の手から離れたサヤが怒りとも悲しみともつかない表情で見上げ、すぐに顔を背けた。知られている。私が再会を幸福に思っていないと、見透かされている。
 所詮はこんなものだ。殻が剥がれたとて、私には……傷つけることしかできない。

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