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気遣い

 見ちゃダメだ! と思いつつ、そっと崖っぷちから覗いてみる。雲の切れ間からちょっとだけ見えた……遠くに地面らしきもの。
「……うっわあー」
「サヤさん、落っこちちゃいますよ」
「大丈夫、だいじょーぶ」
「声が震えてるぞ」
 命綱無しのロッククライミング、ただいま山頂にて休憩中。ここ、登ってきたんだね。最中は上見てるし必死だったから平気……今落ち着いて、改めて見下ろすと鳥肌が立つ。
 いつだってバンジージャンプに切り替え可能だ。しかもヒモ無し、落ちたらそのまま天国逝き。やったね!
「うぅー、もうやだ進みたくないでも引き返したくない」
 登っちゃったから降りるしかないんだ。降りるには下を見なきゃならない。行きはよいよい帰りは……ごまかせない。ここは地上1メートル、落ちてもまあ平気、ってごまかせない。
 レビテトかけたらいけるんじゃないかな! って提案は素気なく却下されてしまった。魔法で浮かんでも衝撃は変わらないんだって。空を飛べるわけじゃないんだね。……だいたい、落ちてる間の恐怖感は拭い去れないんだし。
 泣きそう。誰だ、こんな無茶な道行を選んだのは。カインだ。突き落としてやりたい……。たぶんジャンプがあるから平気だよね、うん。落とすわたしの方が怖いからやらないけど。
「寝て起きたら地上だったらいいのに」
「何を子供みたいな事を……。降りてもまだカイポは遠いんだぞ」
 すでにいっぱいいっぱいなんだから余計なこと思い出させないでよ、カインの無神経バカ。そっか、ここを乗り越えてもまだ広大な砂漠が。さばくが。ローザすごいよ、よく無事だったね。やっぱ白魔道士だから? それとも愛のためだから?
 背中を押してくれる人もなく、わたしだったら、突っ走れるのかな。行っちゃダメよってお母さんが言ったら、仕方ないって諦めちゃいそう。

「とにかく少し休みましょう、ケアルかけますから」
 セオドアのあったかい手の平がわたしの腕を掴んだ。やわらかい光が溢れて、ガッチガチに固まってた腕の筋肉が解れてくる。
 ついつい腕の力ばっかり使っちゃうんだよね……。見えない足元に体重かけるのが怖いんだもん。……見ればいいんだけどさ。見れるもんなら見てるし。見るのも怖いんだもん……。
「体はしっかり休めて、気は緩めないようにな」
「それは問題ないよ。ぴりぴりに張り詰めてるから」
「緊張しすぎるのもどうかと思うんですけど……」
 難しいこと言わないでよー。わたしもう岩壁の感触と横っ腹を押してくる風のことで頭一杯なんだってば。
 根性なしって罵られてもいい。いっそカインに抱えて降ろしてほしい。できればスリプルかかってる内に終わらせてほしいな!
 ……言わないけどさ。だってそこまで、命預けちゃえるまで、信用し合えてないもんね。
「セオドア、お前もあまり気を抜くなよ。サヤの心配ばかりしている余裕はないだろ」
「そーそー。セオドアが落ちたらわたし絶対つられるからね」
「う……は、はい。気を引き締めて行きます」
 指折り、先のことを考えなくて済む。少しは気が楽かな……。何が起きるかわからないっていう恐怖感に支えられてるのかもしれない。
 どこへ、何のために歩いてるのか。わからないなりに頑張れてるのはセオドアのおかげかな……。迷って悩んでそれでも折れない強さ。頑固さでもあるけど、背中を見てると安心できる。
 端々に感じるのはセシルやローザの気配だけど、そこにいるのはやっぱり知らない人なんだ。
 知らないって事実に救われてる。

「……じゃあ行くか」
「ええっ、早くない!?」
「大して疲れてないだろ、お前」
 き、気持ちが疲れてるもん。そりゃ確かにここでうじうじしてても事態は動かないんだけどさ。うー、見透かされてる気がする。……ホントは行きたくないんだよね。イベント? 進ませるのが不安なんだ。
 セオドアがいるからついて行くだけ。理由にしても重たがらずに受け止めてくれるから。
「サヤさん、あと半分、頑張りましょう!」
「……ってもさぁ、砂漠があるしぃー」
「嫌なら一人でミストに帰れ」
 そう言いつつ分配し直した荷物、さりげなくわたしの分を減らして持ってくれてる。カイン……黙って尽くすタイプなんだね。だからローザと合わなかったのかな。
「……こっちはお前が持て」
「ってなんでわたしの荷物増やすの!」
「何となく腹が立った」
 よ、読まれてる? まさかね。カインまでそんな人間離れしなくていいって。

 希望とか、そこまで重い言葉じゃなくて。使命とか宿命、因果なんてものでもない。あるがままに、流さずに流されずに生きていけそうなんだ、セオドアといると。
 たぶん、わたしがここで、一番真似したい生き方。今じゃそんなことまで考えてる。まだ悩むほどの暇は無いから、ただ馴染んじゃってるのかなって思うだけ。
 ここで生きちゃってもいいかぁ、なんてね。

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