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覚えてないんです。

 博士に頼んでゴルベーザのとこへ連れて行ってもらおうと思ってたんだよね。なのに呼ばれて飛び出た外の世界で足元を探してもあのツインテールは見当たらなくて、代わりにそこにはイケメンパラダイスがあった。
 な、何を言ってるか分からないと思うが……わたしにもよく分かんないや。
 呼び出された先に博士はいなかった。いたのは今わたしの前を歩いている彼と、ティーダと……なぜか暗黒騎士のままのセシルだった。てんでバラバラの世界からやってきた彼らの共通点をわたしは知ってる。知ってるからこそ戸惑ってた。
 ここって一体、どういう世界なんだろう? 前にもこんな体験をしたけど今回はちょっと異質すぎる。
「えっと、フリオニール?」
 ただ黙って歩いてくのも暇だし、名前の確認も兼ねて呼んでみた。振り返った拍子に長い髪が跳ねて目に入りそうになった。
「あ、すまん……」
「ううん、平気」
「何か用だったか?」
「名前合ってたかなあって思って」
「そ、そうか」
 この人どうしてずっとしどろもどろなんだろう。別にいいけど。
 まあとにかく、このフリオニールがゴルベーザのいるとこへ連れてってくれるらしい。だからわたしも深く考えずについて行く。たぶんこの世界でコスモスの戦士を名乗る人に、信用できないひとなんていないから。

 過ぎていく景色は宇宙空間のようだったり塔の中だったり、どこかの工場だったり空に浮かぶお城だったりとこれもまた印象がバラバラだった。だけどどれもやっぱり見覚えのある景色で。
 見たことある顔ぶれに、それに纏わる場所がいろいろ。まるで誰かが遊びに作った世界みたいだ。なんとなくゴルベーザの居場所に予想もついて、その風景を思い浮かべて腹が立つ。
「わたし達って今どこに向かってるのかな」
「カオスの根城だ」
「カス夫の煮汁?」
「……ゴルベーザなら多分、月の渓谷にいると思う」
 さっくり無視されちゃった。それにしても、やっぱ月かぁ。そうだろうとは思ってたけど、わたしを覚えてないゴルベーザに月の渓谷なんて嫌な取り合わせだよね。無性に叫びたい気分だ。
「ゼムスのばーーーーーーーか!!」
「えっ……いや、誰?」
「いいの気にしないで」
 叫べばすっきりするかなと思ったのに全然そんなこともなかった。そりゃそうだ。だって、ぶつけたい相手がここにはいないんだもん。

 わたしはフリオニールのこともティーダのことも知ってる。向こうは知らない。そんなこと当たり前だからショックも受けない。そう、普通だったらね。
 でもセシルは。セシルは違うんだよ!
 召喚石から呼び出されて顔を付き合わせて、鎧兜のせいで最初はわたしだって誰だか分からなかった。話してるうちにゴルベーザって名前に反応して、兄さんと呟いた声は聞き覚えのあるものだった。
 前に見たのとは違う禍々しい甲冑に身を包むその人に「セシルなの?」って尋ねた。ガッチョンと大きく頷く仕種が、首だけを曲げられないゴルベーザにそっくりで。
 そしてセシルは「君は誰だ?」って。……その一言でわたしはもう精神的にも肉体的にもローマ字3文字orzって感じだった。
 記憶がないってこういうことだ。わたしは一緒に過ごしたすべてを持ってるのに、あっちだけが真っ白。
「……セシルはわかるけど、ティーダはどうして行きたがらないのかな」
 わたしがゴルベーザに会いたいってお願いしたとき、案内してくれるって言ったのはフリオニールだけだった。もちろん他の人も親切だったし、力になるよって言ってはくれたけど、カオスの戦士のところへは行きたくないって。
 それぞれ因縁のある相手、だけど必ずしも戦いたい相手じゃない。お兄さんのことを知ってるセシルのように――。
「ああ、ティーダは……親父さんがいるからな」
「へー。へえええっ!? お父さんってジェクト?」
 あ、呼び捨てにしちゃったけどまあいいか本人いないし。思いがけず先に出てきた名前にフリオニールが反応する。
 わたしが知ってるってこと知られちゃまずいのかな、って前には思ったけど、この世界ではなんだかどうでもいいって気になった。
「彼とも知り合いなのか? 顔が広いんだな」
「いや一方的に知ってるだけ。あっちはわたしのこと知らないよ」
 顔が広いって言ったって世界を超えてまで知り合いになれるわけないじゃない。って、ツッコんでもぴんとこないんだろうけど。
 そうかサヤはシャントット博士の知り合いだもんなー、ってなんか嫌な納得の仕方をするフリオニールをよそに、内心もやもやと思い悩む。どの世界から誰が来てるのか、聞いとけばよかったかなぁ。いちいちビックリしてたら身が持たないよ。それに、戦士以外にだってバルバリシア様たちみたいな召喚獣もいるのに。

 次元城を通り過ぎて景色がまた変わる。なんだか懐かしいような寂しい夜の荒野、遠くに月の民の館みたいなものが見えた。魔導船らしきものも窺える。
 状況も忘れてちょっと期待してみたんだけど、フリオニールの話によるといくらあっちに向かって進んでもあれには辿り着けないらしい。見えない壁があるんだって。いろいろともどかしい世界だなぁ。
「ほら、あれじゃないか?」
 フリオニールの指先を視線で追うと、月から隠れた物陰に、闇に溶け込みそうな黒い甲冑がいた。心臓が跳ねる。体の奥でなにかのスイッチが入った。
「な、なあサヤ? 今お前変な音が」
「べつに何もアビリティなんか使ってないですよ?」
「喧嘩を売りに来たんじゃないよな!?」
 似たようなもんだよって心の中で返しつつ、フリオニールを盾にして例のヤツに歩み寄った。ここに来た時点でわたしはもう生身の体じゃない。キャラクターの一人、だから能力の使い方だって自然と理解してる。今、10%だ。
 間近まで迫ると、無視しきれなくなったのか黒い甲冑がこっちに向きなおった。間にフリオニールがいるから視線は噛み合わない。
「何をしにきた、コスモスの戦士よ」
「あんたを探してる……人間がいたから、連れて来たんだ」
 人間って言うのにちょっと迷ったよねフリオニール? まあ今は召喚獣らしいからホントに人間じゃないのかもしれないけどさ。
 ひょいっと背中から顔を出した。暗がりに浮かぶ甲冑の中身と目が合ったのかどうかやっぱり分からないけど今40%になった。

 しばらく無言の間があって、わたしを気にしてるらしい姿を見ると少しだけ期待した……んだけど。
「誰だ、その娘は」
 あっだめだー、こうなることはもうずっと分かってたのにやっぱりプツンときた。でもまだカウントは50%だから動かない。何も言わないわたしの代わりに答えたのはフリオニールだった。
「彼女はサヤだ。セシルやあんたと同じ世界から来たらしい」
「……元の世界を覚えているのか?」
「召喚獣だから、そのせいかもな」
 わたしが入っていたらしい赤い石を取り出して、二人してそれをじっと見つめた。石はいま命をなくしたみたいに暗く淀んでた。
 60%、もう少しだ。最初っからそうするつもりだったけど、ちょっとだけ、会えば思い出してくれるかもしれないと思ってた。その願いも呆気なく潰えてそろそろ詠唱も終わる頃。
「わたしを見ても名前を聞いても、何も思い出さないんだね」
 セシルは暗黒騎士なのにゴルベーザを兄さんって呼んでた。ならきっとゴルベーザもゼムスに操られてた頃のあの人ではなく。わたしの知らない、知ることのできなかった、甲冑を脱いだ誰かだから。だから仕方ないのに。
「記憶に無いな。その程度の存在だったのではないのか」
「…………フレア」
 呟いた声の小ささに反して、目の前で起こる大爆発の威力は凄まじい。長い詠唱に見合う破壊力。それに精霊の印を結んだ後だもの、外すわけがないんだ。爆風の煽りをくらったフリオニールでさえのけ反って、魔法が直撃したゴルベーザは炎の中に包みこまれた。

 轟々と燃え盛る炎を見つめるわたしと、おろおろとどうしていいか分からないフリオニールっていう構図は、なんだか既視感があって疲れた笑いが零れた。
「お、おいサヤ」
 振り返ろうとした刹那に、真っ赤な魔法の火の中で更に異質な赤が光る。ああ召喚獣だなぁ、外から見たらこういう風に出てくるんだーって虚ろな気分で見てたら、そこから出てきた大きな影がぴくりとも動かないゴルベーザを庇うように立ちはだかった。
 で、わたしを見つけた金の瞳が、驚きでまた大きくなった。
「なっ……!? 何故お前が、」
「お兄ちゃんどいてそいつ殺せない」
「誰が貴様のお兄ちゃんだ」
 意外と冷静で笑えるよスカルミリョーネ。わたしがここにいること、知らないはずなのにね。ゴルベーザも死にかけてるし混乱しすぎで逆に落ちついちゃってるのかな?
「わたしとゴルベーザどっちが大事なの!? ってゴルベーザに決まってんじゃんスカルミリョーネのばか!!」
「勝手に結論を出して逆上するな!」
 セシルに忘れられてると知って感じたのは情けなさと諦めだった。仕方ない。別の世界なんだから。
 でも今わたしの体の中で暴れてるのは怒りだ。なんで忘れちゃうのって理不尽で巨大な怒りと、そしてじわじわ溢れ出して来るのはどうしようもない悲しさだった。
「スカルミリョーネは、わたしのこと覚えてるよね」
「あ、当たり前だろう。いやしかし、ゴルベーザ様はその……、この世界では」
「バルバリシア様もカイナッツォも分かってくれたよ。姿が違ってもわたしだってすぐに。ルビカンテだってきっと同じなのに!」
「なのに殺し合うのか? ゴルベーザ様が覚えておられないのならまた新たに作り直せばいい。……サヤならばそう言うはずだ」
 低く冷たく、静かな声が、確かに染みてくるのに感情が溢れてきて止まらなかった。
「でもっ……、ゴルベーザが、わたしのこと、忘れちゃっ、ひっく」
「……慰めてやるから、頭が冷えたら戻って来い」
 懐かしい冷たい感触が、押さえつけるように頭を撫でていった。スカルミリョーネだって、バルバリシア様だって、カイナッツォもルビカンテも、忘れられて傷ついたはずだ。わたしだけじゃない。でもそんなこと救いにならない。

 滲んだ視界の中に黒い塊がぼんやり見えた。呆然とするわたしの後ろから、消えたスカルミリョーネの代わりに今度はあったかい手が優しく頭を撫でてくれる。
「ポーションでも飲むか?」
「い。フリオニールが飲んで」
 さっき、スカルミリョーネはわたしの魔法に反応して出てきたんだと思う。主が攻撃されたと思って守るために出てきたんだ。召喚獣だから。反撃は当然のようにわたしじゃなくフリオニールにいったもん。
「ごめんね」
 誰に謝りたいのか自分でもよく分からないくらいだからやっぱり誰も返事しなかった。苦い気持ちのままレイズを唱えたら、重力に逆らうのも億劫そうにゆっくり起きたゴルベーザとは、今度も目が合った気がしなかった。
 安らぎも平穏も偽りだって、断じられたみたいだ。それは誰のせいだったのかな?
 べつに平気だ。これはわたしの知ってるゴルベーザじゃないんだもの。平行世界ってやつだ。パラレルワールドとか。わたしの会いたいゼムスもゴルベーザもここにはいないけど、四天王や博士や他にも仲間はいっぱいいるんだから。
 平気だ。幸せだよ。楽しい。なんにも悲しくなんかない。
「何故、泣いている」
「べつにっ、ゴルベーザのせいじゃないし!」
 もういいや。目的は果たした。やりたいことやったもん。だからさっさと送還されればいいんだ。もう召喚石の中に帰ろう。そう、ゴルベーザを……置いて?
「フリオニール、いろいろありがとうお世話様! また呼んでね!」
「え、あ、ああ」
「……待て、」
 消える直前になって伸ばされた腕が見えた。でも名前は呼ばれない。ゴルベーザは知らないからだ。
 召喚なんか、されたくないなぁ。誰にも呼ばれたくない。……他の誰にも。

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