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記憶

 いい思い出、なんて言っちゃだめなんだろうなぁ。だけどこの城はもう、わたしにとっては懐かしさでいっぱいで……。過ぎてしまった悲劇よりも、何気なく交わした会話ばっかり思い出す。あんまりウロウロするわけにはいかなかったから、人の入れないような城の奥しか知らないけどね。

 王様のベッド! に、行ってみたい。部屋に入ったら泣くかもしれない。だってもう、喉の奥が震えてる。人間生活の愚痴とか仕事の愚痴とか。一度バルバリシア様と一緒に訪ねたとき、どこ探してもいなかったのはなんでだったのかな。楽しかった。いっぱい見過ごしてるの、わかってたけど……やっぱり楽しかった……。
 あっちに行ったら赤い翼隊長の執務室だ。王様の部屋ほどは知らないけど……そういえば泊まったこと、あった。絶対見てやるって思ってたのに、結局わたしが寝るまで鎧脱がなかったなぁ。起きた時にはもういつもの格好だったし。……あのまま寝てたのかな。
 セオドアはどこで寝泊まりしてるんだろう。部屋、見てみたいな。……そんな呑気な状況じゃないのに。なんかわたしだけ時間に取り残されてるんだ。この城、なんにも変わってないみたい。どこも怖いくらい静かで、脳みそ空っぽにされた兵士たち。……操り糸を手繰っても……わたしが会いたい人は、もういないんだ。やっぱり、いないんだ……。

「思い出してるのか。……水のカイナッツォ、だったか?」
 ……えっ。声も出ないくらい驚いて、いつの間にか隣にいた人を見る。他の誰からも聞けないはずの名前。なんでこの人が知ってるんだろう。
「……お前な……いい加減に気づけよ」

 どことなく悲しそうな謎の男。気づけよ、なんて言われても、わたし今かなり混乱してるよ? とりあえずじっと見る。さらに見る。もっと見る。金髪碧眼……ちょっとやそっとのイケメン俳優じゃ敵わないくらいカッコイイ。なんかどっかで見たような顔なのが難だけど。……どっかで……見たような……?

「わたし、あなたと知り合いですか?」
 訪ねた言葉に肩が落ちた。なんか変。お腹のあたりから何か競り上がってくる。うわー、あれだよあれ喉まで出かかってるのにほらほらあのあのあれあれあれなんだったかなぁ、って心境。この人のガックリ加減……言われてみると声も聞き覚えがある、かも。
 思い出を漂ってた思考がゾットの塔から帰ってこない。急にいろんな景色が流れて目が回る。バロン城、カイナッツォ、知らないおじさん、ゴルベーザ、月、窓、夜空、スカルミリョーネ、山、岩、ルビカンテ、風、バルバリシア様……塔の中、で。
「……………………カイン?」
 言葉は返ってこない。なんかちょっと落ち込んでる感じのカイン(仮)が黙って頷いた。一瞬の間。駆け巡った記憶と感情がプツッと途絶えた。

「えええええっ! なんで言わないかな!?」
「なぜいつまでも分かってくれないんだ……」
「うっ……ごめん……だって、えーっ」
 そっかぁ、そうだったんだ。カイン……そう言われればカインだ。老けたからわかんなかった! っていうか兜の下ろくに見たことなかったし。そうだよね、セオドアがローザの子供なんだもんね。……じゃあセシルもオッサンなんだ……。ギルバートもエッジも。ああー、ローザに会いたくなくなりそう。見知った顔の変化を見たら……いきなり実感しちゃったよ……。
「……ん、カインって……やっぱいいや忘れて」
「何かろくでもないこと考えただろ、お前」
 奥さんは? ってちょっと。……途中でやめたんだからいいじゃん! だってセシルは、いやいや考えないでおこう。可哀相だからね。

「セオドア、セシルに会えたかな」
「この様子では無理だろうな」
「……どうせなら平和なときに戻ってきたかったな……」
「俺達も玉座に行ってみるか?」
「うん……」
「……お前はここで待ってても構わんが」
「いや、大丈夫、玉座はべつに」
 思い出もないから。……こんなに重石になってたんだ、わたし。石畳を歩くだけでふらふらになるほど。でもお城の外の方が深刻だよ。土を踏むたび風が吹くたび、どこかの景色がどこかの記憶と重なる。思い出してばっかり。
 わたしが歩いてるのがどこなのか、わからなくなりそう。セオドアが手を引いてくれるから……あの頃とは違うって、わかっていられる。

「……サヤ」
「んー?」
「何のためにセオドアについて行くんだ?」
 わかんないよ……今は、先のことなんて何も……。わからない中で、セオドアを見つけたから、手を離したくないだけ。どこにたどり着くんだとしても。
「……つらいんじゃないのか」
 時の流れが、蘇る記憶が、この世界に関わるってこと……それ自体が。変わらない景色の中で変わってく人達。時が止まったようなわたしの姿。あの頃と同じ。忘れる時間も、まだない。つらいけど……現実だったんだって、思い出せるから、つらくてもいい。
「つらくても……受け入れたいから……」

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