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差異

 セオドア達に同行することにしてから最初の夜が来た。やはり行動を共にしてよかったと改めて思う。試練の山ほどではないが、アンデッドの多いこの辺りの夜は余所よりも危険だ。そんな中、サヤが戻らない。釣りに出かけたのは日が落ちきる前だった。
「ど、どうしましょう。まさかモンスターに……」
「いや、逃げる知恵ぐらいはあるだろう」
 続くはずの言葉を遮りさも当然のように言って聞かせると、セオドアが少し安堵したように息を吐いた。
 実際のところモンスターに出くわして逃げ切れるのかは分からない。あいつは戦えないのだったか。どうだっただろう。危険な目に合わせるな、という意思だけは覚えているんだがな。
「……俺が迎えに行こう。お前は先に飯を食ってろ」
「いえっ、行くなら僕も!」
「あいつに行かせたのは俺の責任だ」
 渋るセオドアを押し戻して立ち上がる。火を焚きテントを張り、人の気配がしていればわざわざ寄ってくるモンスターもないだろう。……一人で行かせるんじゃなかったな。命じられた言葉を守る義理こそないが、サヤは仲間でもあるんだった。

 キャンプ地点から程近い水場に彼女の姿はなかった。代わりに、持って出た雑な作りの釣竿だけが転がっている。一瞬冷や汗をかいたが争った形跡はない。やはり襲われて逃げたのか。生きて見つかってくれるといいが……。
 月明かりを頼りに近辺を探る。サヤどころか魔物の気配もない。あいつならどういう動きをするだろうかと考えかけたが、それで可能性を思い浮かべられるほどに彼女を知らなかった。
 夜営の準備をする段階になって知ったことだが、二人には何の装備もなかった。まさしく身一つで飛び出してきたとしか言いようのない身軽さだった。
 バロンに向かうのにたった二人で、夜具もなく食料もなく、それを得る力もなく、どうするつもりだったのか。なんとかなると本当に思っていたのか。阿呆か。
 ……と言いたいのをぐっと堪えて、あれこれ仕事を与えたのは俺だ。釣りぐらいなら近場で済むし危険もないだろうと、勝手に判断して。彼女がモンスターの跋扈する外界に出たことがあるのかどうか、考えもしなかった。
「あっ、迎えに来てくれぉあわ!」
「…………」
 そろそろ覚悟を決めるべきかと思い始めたところへ、頭上から声と木の葉が降り注いだ。見上げると、不自然な体勢でサヤが枝にぶら下がっている。どうやら五体満足のようだな。しかしモンスターに追われて木に登って逃げたんだろうか? かえって危ないだろうに。
「あの、見てないで、助けてくれてもいいんだけど」
「あ、ああ、すまん」
 慌ててぶら下がる下半身を抱えて下ろすと、間近で見つめ合った顔がほのかに赤くなった。照れているらしい。新鮮な反応だが、俺が誰だか分かっていればまた変わるのだろうと思うと複雑だ。
「……ありがとう、ございます」
「いや……悪かったな、一人で釣りになんか行かせて」
「ううん。わたしもちょっとコンビニ行く程度の気持ちで来ちゃったし」
 何を言ってるのかはよく分からないが、おそらく危険だという認識をしていなかったとかそういう意味だろう。

「どうしてあんな場所に?」
「追いかけられて、撒いたんだけど違うのが近くにいたから。見つからないように登ってやり過ごしてたら……」
 俺に気づいた瞬間に、気が緩んで落っこちた、と。なんだか頭痛がしてきたな。
「追い回されたときより帰り道わかんないのに気づいた時が怖かった」
 サヤは笑っている。セオドアの表情が硬い分、補うようによく笑う。尤も、無理に笑顔を浮かべているわけではないようだが。頭や肩に張り付いた葉を払ってやると、何故かその手をじっと見つめられた。
「どうかしたのか」
「ん、手が小さいなぁって思って」
「……は?」
 そんなことは初めて言われたぞ。特に大きいわけじゃないが、槍の扱いに苦労したこともないし、小さくもないはずだが……。
 思わず両手を広げて凝視していると、サヤもまた同じように自分の手を見ていた。何となしに自分の手をそれに重ねてみる。……ローザの手より小さいな。
「やっぱり、手小さいみたい」
 どこか虚ろな響きにようやく気づいた。俺の手の平を誰と比べているのか。

「ああ、……そっかぁ」
 何か分からないが納得したらしい。魔物と比べて小さいと言われてもな。当たり前だとしか言いようがない。しかしせめてバルバリシアよりは大きかったと思いたいが、今それを尋ねるのは酷だろうか。彼女の記憶は過去を遡っている。
「そろそろ戻るぞ。セオドアが心配して探しに来るかもしれん」
「はーい」
 重ねた手が気づかないほどさりげなく離れた。……一見して分かる程に違う。俺の手よりも大きく強く、あれだけいたものが今は何もない。俺に守れと言うのか? そんな余裕なんか、ないってのに。

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