─back to menu─


波紋

 たびたび振り返り後ろをついてくる姿を確かめる。その歩調はのんびりしていて、散歩でもしているような錯覚が起きる。なるべく戦闘しないでいこう、と彼女は言った。実際、いざ魔物に襲われたときにも彼女は、剣を抜いた僕の手を引き一目散に逃げ出した。
『わたし戦えないし、見るのも苦手なんだよね』
 悲しげに訴える彼女の目は真剣で、それなら何がなんでも戦いを避けなければと思わせた。異世界からきたのだと何気なく言ってのけたサヤさんの表情は飄々としていて、一瞬僕をからかっているのかとも思ったけど……。

 先のことを考えるのは気が重い。例え無事にバロンへ帰り着いても、そのあとには……。立ち止まりそうになる僕の背を、共に歩く存在が軽やかに押してくれる。焦りそうになる心を振り返らせて落ち着かせてくれる。サヤさんの暢気さと弱さは今の僕には他の何よりもありがたいものだったから、彼女が何者なのかはあまり気にならなかった。

「……うーん」
 背後から聞こえた唸り声に足が止まる。振り返るとサヤさんがなにか考え込むように首をひねっていた。
「どうしたんですか?」
「ちょっとね……わたしたち、バロンに向かってるんだよね」
「はい……」
 尋ねるというよりは念をおすような口調。もしかしたら、冷静に考えるうちに彼女に違う目的ができたのでは……。心強さを感じはじめた存在との別れを想像して不安になった。

「わたしの知り合い、いるかなぁ……いるはずなんだけど、もしかしたらいないかもしれない」
 そうだったらどうしたらいいんだろう? 不安げに僕を見つめるサヤさんに、どう返事をすればいいか分からなかった。そもそも言ってることすらよく分からない。前にも一度この世界に来たことがあると言っていたから、その時の知り合いがまだそこにいるだろうか、ってことだろうか。

「前に来たときはさ、今がいつでどういう状況なのか、判断できたんだよね。……もしいま現在が、前に来たときとぜんぜん違う時代だったら……」
 自分の不安を省みて胸が痛くなった。拠るべき人も、土地さえもなく、彼女はどんなに不安だろう。暢気そうに見えてもその視線はひどく頼りない。
「心配しないでください、とは言えないんですけど……その時はきっと、僕がなんとかします。バロンに戻れば、サヤさんの面倒を見てくれそうな人にも心当たりがあるし……」
「……ありがとう。なんか、ごめんね。何から何までお世話になります」

 ふわふわとした笑みを浮かべる。与えられる安心感と同じくらいのものは返してあげたい。彼女のことで頼れそうな人の顔を思い浮かべながら、当のサヤさんの口から出た名前に心臓が跳ねた。
「セシルがバロンにいるなら話は早いんだけどね〜」
「父の……知り合い、ですか……?」
 思わずこぼれた質問に、今度はサヤさんが固まる。なにかを探すように辺りを見回したあと、胸に手をあててじっと考え込む。
「ちち……」
「サヤさん……そっちじゃなくて父親の父です……」
「うん……そんな気はしたんだけどね……」

 前に来たとき、という言葉が急に実感を伴って胸に迫った。彼女も僕をセシルの息子として見るだろうか? 目の前に立つ人と、距離ができたように感じる。
「セシルってあの……苗字なんだっけ。パラディンのセシル?」
「……はい」
「一応聞くけど、お、お母さんは?」
「ローザ、ですけど……」
 じっと僕を見つめる目が本当は誰を見ているのか気になって、そんなことを気に病む自分が情けなかった。
「子供かぁ……ずいぶん年が離れちゃったんだなぁ」
「……前に会ったときは……?」
「二人とも、わたしより少し年上なだけだったんだよ」
 やっぱり時間の流れがちがうのかな、と淋しそうに呟く。では彼女は世界をかけた戦いの中で、父さんたちと知り合ったのか……。ますます距離を感じて勝手な孤独感に打ちのめされる。関係ないなんて言いながら、一番気にしてるのは僕自身だ。

「そっか……未来なのかぁ……、まあいいや。ある意味ラッキーだよね」
「……?」
「会いたかった人がいたから、今度は過去に来ちゃってたりしないかな、って……ちょっと期待してたんだけど」
 期待が外れたのにラッキーというのも、よく分からないけど……。会いたかった人、過去……その人はもう、会えないところにいるんだろうか? 死んでしまったんですか、なんて聞くわけにもいかない。大きな戦いを経験したのなら、きっとサヤさんもたくさんのものをなくしたんだ。

「前に来たときよりもっと過去の世界だったら、セオドアには会えなかったんだもんね。なんか不思議……こういうのも人の縁だよねぇ」
「サヤさん……」
 僕と出会えたことを素直に喜んでくれる純粋さが嬉しかった。僕自身の感情の複雑さは脇に置いても、バロンに帰りさえすれば彼女の不安は晴れる。そのことだけ、ほんの少し救いを感じた。
「でもこうなると別の不安が……セシルたち、わたしのこと覚えてるのかな……」
「仲間、だったのでは……?」
「敵じゃないけど味方でもなかったからね〜、わたしを呼んだのもセシルにとっては悪の親玉だったわけだし」
「ええっ!」
 衝撃的なことを軽く告げられて頭が混乱する。それはつまり、サヤさんが世界を滅ぼそうとしていたやつらの一員だった、と? ……想像できないという以前に、それはない。有り得ない。

「あの、まさか、会いたかった人って」
「ああ、それはゼムスじゃないよ。会えるものなら会いたいけどね」
 すでに伝説とも言える巨悪の存在が、サヤさんの口から出ると『近所に住んでるわりと親しい人』程度の重みで響く。この人、一体何者なんだろう……もっと早く気にするべきだったかもしれない。
「……で、でも、それなら父さんたちに忘れられてるってことはないんじゃ……」
「だといいけど、こんなに時間が経ってるとねー」
 不安も不満も吹き飛ぶほど、サヤさんとのズレを感じた。あんまり深く関わると、自分の持ってる価値観を破壊しつくされそうなほど。でも、それはそれで何かを変えられる。だから、もっと知りたい。この人がかつて何を見て、何を感じていたのか……。

|



dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -