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再会と記憶

 戦いに呼ばれることもなく、であればオレたち個人に何の用事があるわけでもなく。暇を持て余したバルバリシアが髪をいじりながら呟いた。
「……退屈だわ。どうして勝手に出てはいけないのかしらね」
 召喚されずとも現出する……できなくはないだろうが、その後チャージする間もっと暇になるだけだろうなぁ。オレはそれもいいけどな。暇ってこたぁ何もしなくていいってことだ。
 しかしまあ、いつゴルベーザ様のお呼びがあるかも分からないんだ。何事もない間に休んでおくべきなんだろう。例え以前のようには呼ばれないとしても。
「ま、今まで以上に呼ばれなくなってもいいんなら勝手に出りゃいいんじゃねえの」
 突き放したオレの言葉にバルバリシアの苛立ちが募る。暇なだけなら別にいいんだろう。問題なのは、ここにオレとこいつしかいないってことだ。
「……どうして、どうしてあたし達だけ取り残されてるのよ! なんであいつらは呼ばれるの!?」
 んなことオレが知るかっつうの。ルビカンテ達の方が使い勝手がいいんだろ、きっと。オレは堂々と何もしなくていいから楽なんだがな。そんなに働きてえのかお前は。
 そう、むしろゴルベーザ様がたまに義理で召喚するのが面倒なぐらいだ。……いやまあその程度は構わねえんだが。
 あの方もなあ、覚えてねえなら放っときゃいいものを、最初に会った時こいつとスカルミリョーネがショックを受けたせいか、何かとオレ達を呼び出すし。律儀というか生真面目というか。おかげで何もない時はバルバリシアも余計に退屈するらしい。
 ゴルベーザ様はオレ達の記憶を持っていなかった。あの聖騎士が弟であることを知っているにもかかわらず、だ。どうやらこの世界、駒として呼ばれた者とそうでない者には、大きな隔たりがあるらしいが……。

 思考が逸れている隙にバルバリシアも違うことを考えていたようだ。なにやら遠く一点を見つめていたかと思うと、どかどかと容赦なしにオレを蹴りつけてきた。痛え。
「ねえ、誰かいるわ」
 そう言いつつも隠れるようにオレの後ろに控える。暇だと言いつつ他の奴らと顔合わせるのは嫌なわけだな。人見知りなのか? 阿呆くせえ。
 まあ気持ちは分からんでもないがなぁ。オレだってやたらと動き回ってあのジジイに会いたかねえし。罵り合いで済まずに、殴り合い切り合い殺し合いになるに決まってる。そんな面倒は御免だ。
 オレはバルバリシアほど視力がよくない。人影の形もろくに分からんぐらいだが、漂ってくる匂いからしてそれが人間なのは確かだった。妙だ。嗅ぎ慣れているような、全く知らないような、記憶の狭間を行ったり来たりと曖昧な、気色悪い匂いがする。
 ふと思い当たった事柄にバルバリシアも同時に辿り着いたようだった。
「ちょっと、カイナッツォ! あれサヤじゃないの!?」
「……お前大丈夫か、頭」
 ついに幻覚まで見えはじめたかと心配してやったら蹴り飛ばされた。理不尽な奴だ。
 いくら呼び出しがなくて暇だからって、そりゃねえだろ。サヤはもう自分の世界に還ったはずだ。突拍子もなくあいつがこんなところにいるわけが、
「サヤ!!」
「あああっ! バルバリシア様ぁぁぁぁ!!」
 いや、いたようだな……。

 すかさず飛び込んでいったバルバリシアと駆け寄ってきたサヤは、丁度お互いが元いた位置の真ん中辺りで抱き合ってぐるぐる回り始めた。ハイハイ感動の再会おめでとさん。しかしあいつ、変じゃないか? 前に見た姿となんか違うぞ。まさかとは思うがイミテーションじゃねえだろうな。
「サヤ! どうしてここにいるの!?」
「ぶっちゃけわかりません! シャントット博士に聞いて!」
「分かった、気にしないでおくわ」
 降って湧いた疑問もそっちのけに、バルバリシアにほお擦りかまされているサヤは。……何と言うか、前より大人びているような、明らかに顔が違うような、声も違うような。髪や目の色も身長も体格も、仕草以外の何もかもが他人のようだ。
 しかし気配は同じだな。何故か前とは比べものにならねえ魔力も感じるが……とりあえず偽者ってことはなさそうだ。いろいろと歪んだ世界だから多少おかしくても目を瞑るべきなのかもしれん。
「ギルガメッシュがね、すっごい覚えにくい名前の四人がいるって、言うから、もしかしたらって」
「あのアホ男あたし達をそんな覚え方していたのね」
 というかサヤもそういう印象を抱いてたってことだよなぁ? 別にいいけどよぉ。
「バルバリシア様たちだと思って! 会えるかもって思っ……うううぅっ」
「サヤ……」
 困り果ててるバルバリシアなんてのは滅多に見られねえな。いや、そうだ。以前はよく見ていた。あいつが泣いたり笑ったりする度に、そんなことに縁のなかった魔物が戸惑わされて、どうしていいか分からずにいた。
 ――で、どうするってんだよ。再会を喜んでばかりいていいのか? 解決しなけりゃならねえ大問題ができちまったんだぞ、オレ達。

 未だしゃくり上げつつもようやく落ち着いたらしいサヤが、今更になってオレを見た。でもって乗っけから言った台詞がこれだ。
「ところでこの黒いの何?」
「てめぇ、せめて誰って聞け」
 あとバルバリシア、笑いすぎだ。少しは遠慮しろ阿呆。久々にえらく楽しそうじゃねえかよ。
 涙目になって笑っている女とオレを見比べ、まわりをぐるぐる歩きながら観察し、ようやくポンと手を打つと恐る恐る尋ねてきた。
「……え、カイナッツォ……?」
「他の誰に見えるってんだ」
 鈍いヤツめ。どうやら当人的には衝撃の事実だったらしくサヤは目を見開いた。そして事態を再確認するようにもう一度オレをじっくりと見つめ、一拍遅れて驚愕の声をあげる。
「えええええっ!? なんで!? なんで見た目変わってんの! 無駄にカッコイイ!!」
「無駄は余計だ。見た目が変わってんのはお互い様だろ」
「そういえばあなたも前と少し違うわね」
 言われて気づいたのかバルバリシアも改めて目の前の小娘を見つめた。少しじゃねえし、どこをどう見てもまるっきり違うだろう。どれだけ盲目的なんだこいつは、会えた喜びしか見えねえのか。
 二組の視線に晒されて居心地悪そうに身じろぎすると、サヤはポリポリと頭をかいた。つられて眺めた頭部にやはり違和感がある。顔と、髪。人間っつーのは服装がころころ変わるから、そこで印象が決まるらしいと今頃気づいた。
「あー、わたしのは何て言うか……仮の体なのかな? シャントット博士にもらったの。でもカイナッツォはなんでそんな……黒いの?」
 なんでと言えばお前はなんでちょっと頬を染めてんだ。分からんヤツだぜ。
「オレだって知らねえよ。どんな姿でも関係ないしな」
「そっか。でもいいね、カッコイイね! 悪役って感じで!!」
「……あっそ」
「なんで目を逸らすの。照れてんの?」
 褒められてるのかは微妙な気がするが、照れてるわけでは断じてない。お前に嬉しそうな顔で真っ直ぐ見つめられるとだな、後ろの女の形相がすげえ怖ぇんだよ! 何なんだ、オレが悪いのか!?

 どうやら子供染みた発想で変化したオレの体を気に入っているらしいヤツに、バルバリシアが大人げない嫉妬を向けた。
「駄目よサヤ、青くても黒くてもカイナッツォなんだから」
「う、うん? そりゃそうだね」
「オレだったら悪いかよ」
「お前であるというだけで他の全て含めて悪いわよ」
「あのな……」
 険悪になりかけた空気に割り込んで、「他の二人は?」とサヤが期待に満ちた目をした。
 あの小さいヤツ……シャントットだったか。あいつはこの世界についてどういう説明をしたんだろうか。ヤツやギルガメッシュにも会ってるならおおよそのことは分かってるのかもしれんが。
 駒として戦うのではなく、こっちにいるってことはサヤも召喚獣として石で呼び出されるってことだ。オレ達のことを覚えている通り……ゴルベーザ様とは違う。それが困りものだな。
「スカルミリョーネ達なら呼び出されて今はいないわ。このところコロシアム通いが多いのよね」
「ふーん? よくわかんないけど、そのうち帰って来るならよかった」
 それでコロシアムって何、と聞き返すところを見るとやっぱりイマイチ分かってねえな。ともかくオレやバルバリシアにでも分かる程度に、この世界と召喚獣の役割について説明しておくことにした。
 先に出会った奴らからも断片的には聞いたようだが、やはり曖昧だ。……まあ、適当に呼び出されて適当に戦ったら適当に寝るだけ、とでも思っといた方がいいかもしれんのだが。
 戦うためだけに呼び出され、死んで生き返ってそれをくり返すだけの人形のような存在。それにこいつは耐えられるのか。いや、来た以上は耐えなけりゃどうしようもない。自分のことだけではなく、ゴルベーザ様のことも。

「……そっか、他の人間もいるんだ。じゃあ博士も外にいるんだね」
 博士って呼び方は、妙に親しげだよな。戦闘能力のないこいつがあの破壊魔人と知り合いだとは思えねえが、会ってすぐに打ち解けたのか? まあこいつはそういうもんだよな。
 前回はゴルベーザ様に召喚され、今回はシャントットに拾われたんだろうか。やっぱりこいつ闇の気があるんじゃねえのか。惹かれる相手が悪すぎだろ。
「四天王、ギルガメッシュ……博士、人間は外……」
 何事かしばらく考え込んでいたサヤは、言いづらそうに視線を逸らしながら「ゴルベーザは」と呟いた。
「……この世界に、いるのかな」
「いるわよ、勿論」
「おい」
 オレですら避けていたことを何故躊躇なく言うんだ、と言葉にせず睨みつける。バルバリシアはそれで思い至ったように気まずい顔をした。
 ゴルベーザ様はいるのか? ああいるとも。だが元いた世界の記憶がないんだ。覚えているのは弟のこと、そして己がなにか罪を犯したという、人間にとっては曖昧にして重い事実だけだ。
 オレもルビカンテも別に気にしちゃいねえし、バルバリシアやスカルミリョーネでさえ仕方ないかと諦めている。だがこいつは、そう簡単にいかんだろう。あらゆることの元凶だったあの方が自分のことをきれいサッパリ忘れているというのは。
「ねえ、なんかあるの?」
「あー……まあ、な」
「カイナッツォ、隠したってその内ばれるわよ」
「そりゃまあそうだ。……いいか。ゴルベーザ様は、元いた世界について覚えてねえんだ」
「あたし達のことも、おそらくは……あなたのことも」
 脳味噌がうまく処理できていないのか、阿呆面さらしたサヤがぽかんと口を開けたまま、召喚の赤い光に包まれた。このタイミングでの召喚はちっとまずいが……どうせ主はシャントットだろう。ならいいか。
 魔力を孕んだ光にまとわりつかれ、完全に混乱した様子で慌てふためき助けを求める。宥めるようにバルバリシアが声をかけた。
「な、なにこれナニコレ?」
「召喚されたのよ」
「しょしょうかん?」
「無理なことはしなくていいのよ。目の前にいた相手を殴って帰ってくればいいわ」
 よくねえだろ。……さてどうするべきなのか。ゴルベーザ様に会わせるか、それとも避けるか。あちらに事情を話すべきか、引き離すべきか。
 こいつが戦って帰ってくるまでに決めなきゃならねえ。だがオレは……面倒臭ぇよなぁ……。
「あのね、ゴルベーザ様のことは」
「うん。いいの。探してフレアぶちかましてくるから」
 いいのって割に物騒な言葉を残してサヤは外へと消えて行った。あいつ、黒魔法使えるんだな。なんでか知らんが魔力あるしなぁ、しかも結構強力な。体が違うのが関係あるのかもしれねえ。というか。
「ゴルベーザ様、大丈夫かしら」
「いくらなんでも再会したそばから殺しゃしねえだろ、多分」
 ……多分、な。

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