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はらへにゃー

 良い方に解釈すれば親しみやすく、悪い方に解釈すれば馴れ馴れしい。どっちかと言うと悪い方に傾いているのがサヤだな。
 バルバリシア辺りは、ゴルベーザと対峙している時のあいつは不敬が過ぎてちょっと困るとか言っていた。俺も今その気持ちが分かる。間に挟まれるのはなかなか面倒なもんだ。

「ねえ先生」
「先生と呼ぶな」
「エクスデスさん?」
「様を付けんか、様を」
「エクスデスはお腹すくことあるの?」
 なんでちょっと馴染んでるんだかな、あの二人。ってか呼び捨てかよ。エクスデス様の意向は完全無視か。無礼極まりない態度でしょーもない事を問うサヤに、俺達魔物の親玉かつ正体が木で無の権化たるエクスデス様は宣う。曰く……、
「たまにな」
 え、あるんですか? 空腹感あるんですか? そういう感覚とは無縁だと思ってたぜ。つーかもしかすると俺も聞かなきゃいけなかったのかそれ。
「やっぱそうなんだ〜、悪意の塊だもんね? ムーアの木に集まった思念の中にはお腹減りすぎて悪いことしたヤツも混じってたかもしれないし」
 いやそんな適当な。世界を破滅に導くほどの悪だぞ、それっぽっちの小悪党の思念なんざ入っちゃいないんだっていう、
「私も時折妙に人間味を感じる事があるがそういう事情が無いとは言い切れんな」
 マジですか。なんか意外に普通なところがあるんですねエクスデス様。あんまり嬉しくないんですが。やっぱり自分の仕える相手には絶対的な強者でいて欲しいわけだ。
 こんな、こんな次元城の敷地内に掘った温泉に足突っ込みながら、かわいらしいお嬢ちゃんとのんびり会話なんてしないでくださいよ! 誰なんだよこんな所に温泉掘った奴! バッツか!?

 傍らに置いた白い鎧を手持ち無沙汰に撫で回しながら、サヤは更にエクスデス様と雑談を続ける。この、ほのぼのした光景がもう、なんか嫌だ。
「エクスデスはお腹すいたらどうするの? 何も食べられないよね」
「何もせずとも時が全てを無に帰すだろう」
「あー、確かにしばらく放っといたらお腹いっぱいになる気はするよねー」
 さっきからそんな心底どうでも良すぎる話ばっかりだ。俺はこういうやり取りに胃を痛めるキャラクターじゃねえんだって。ボケ倒して引っ掻き回す側だ。サヤがいるとどうも調子が狂うなあ……。
「わたしの知り合いにも空っぽの鎧の人がいたの。その人はお腹すかないって言ってた」
 おめえそりゃアンデッドじゃないのか? リビングメイルとかいう奴らだろう。腹なんか減るわけがねえ。いや、とするとエクスデス様はなんで空腹を感じるのかって話になるが。アンデッドでこそないがあれだけの力を持ってりゃ物質で補填しなくてもいいはずだ。
 そういや俺も最初は腹なんか減らなかったよなぁ。なんやかんや食うようになったのはいつからだっけか。人間に近付いてくるとリズムが似通ってくるのかね。だから人の思念から生まれたエクスデス様も……、はっ!? いかんいかん乗せられてどうする。
「お腹すかないって羨ましい。すっごいはらへにゃーなのに何も食べられないのは悲しいよ」
「はらへにゃーとは何だ」
 なんだろう。最初から脱力感たっぷりの言葉なんだが、エクスデス様の口から聞くと妙な悲しさがあるな。
「はらへにゃー、腹がへにゃー」
「成る程……」
 納得するんすか!? 全くもって説明になってないのに! ま、まあ何となく分かるような気もするけどよ。ああ〜、不敬だとか何だとか言うよりこれ以上もう俺の中でのエクスデス様の威厳を貶めないでくれ、サヤ。

 この世界は閉じている。時間って概念もどうやら無さそうだ。つまり、召喚獣だろうが混沌秩序両陣営の戦士だろうが、どれだけ派手に戦っても腹なんか減らんわけだ。
 しかしサヤはそうはいかない。仕組みは分からんが「気持ち」で空腹を感じるらしい。何と言う面倒臭い奴。
「エクスデス今お腹すいてる?」
「いや、今は問題無いぞ」
「そっかぁ。……ギルガメッシュは?」
 にへらと笑って俺を見るな。サヤは精神的な空腹を感じる。しかしここには食い物らしい食い物もない。あったとしても食えない気がする。結果、空腹による苛々は溜まり続け爆発の瞬間には周りにいる者にとばっちりが来る。今回の場合、俺か。
 即座に逃走しようとしたが間に合わず、バインドが飛んできた。鎧装備だから油断したぜ……魔道士ジョブだったのか! くそう、こんな魔法は知らねえ。とんずらも効かないとか酷すぎるだろ。
「なんで逃げるの? お腹すいてるか聞いただけじゃん」
「何か企んでるだろう、お前」
「まさかまさか!」
「そのへらへらしたツラとバインド用意してたとこが怪しいぜ!」
 ふっと一枚、皮が剥がれたようにサヤの顔つきが変わった。あああやばいやばいやばい、早く切れろバインド! ってエクスデス様は何をそそくさと磁場転換で距離を取ってんすかね?
「お前もわたしと同じ苦しみを味わうがいい……!」
 どっかのラスボスが言いそうなセリフを吐きながらサヤが温泉からあがる。裾をめくった足がほんのり赤く染まって湯気がたっていた。俺は結構こういうのに弱いが今はそれどころじゃなかったな。
 ザッと半歩踏み出し右手を前に突き出す。何だ、いつもの黒魔法じゃない……こいつは危険な香りがするぜ……!
「ハラヘニャー!」

 しばらく時間が止まったような気がしたが単に呆気にとられてただけだった。ハラヘニャーってお前。そんな魔法があるかとつっこもうとしたその瞬間。
──ぐうきゅるるる……。
「…………」
「…………」
「……は、腹が減ったああ!」
「わあすごい、成功しちゃったよ、ねえ見た? 見た?」
「貴様の世界にはろくな魔法が無いな」
 いやエクスデス様これは端から見ただけでは分からん恐ろしい威力を秘めてます。ってどうすりゃいいんだこれ、飲まず食わずでバル城攻略した時だってこんなに腹減らなかったぞ。何でもいいから腹に納めないと死にそうだ。
 恐ろしきかなハラヘニャー。何よりその緊迫感のない響きと裏腹のどうしようもなく理不尽な魔法効果が恐ろしい。
「おいサヤ、どうやって治すんだよこれ」
「食べれば治るよ」
「食い物なんかねえだろ」
「そうだね。一緒に苦しんでねギルガメッシュ、アハハ」
「アハハじゃねええー!」
 もう、食ってやろうかなこいつ。八つ当たり返しだ。

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