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セットしないの?

 ようやく、久方ぶりに召喚して頂けたというのに。現出して私が最初に目にしたものは、不信感もあらわな主の眼差し(いや、実際には見えぬのだがそのように思える)だった。
「クラーケン……それは、儂の幻覚か」
「い、いえ、ガーランド様。恐れながら、御呼び出しを受けるに際して何故かこのような物が付着し……」
「人を汚物扱いしないでくれませんかー」
 背面よりぶら下がってきた人間の娘に言葉を遮られてしまった。この娘……サヤと言ったか。引きはがそうと何度捕まえてもしつこく腕に纏わり付いてくる。用があるわけでもなし、何だと言うのか。
「お前は確か召喚獣だな。……何故出てきた」
 ガーランド様の言葉を聞き、彼奴の腕から力が抜けた隙に腕を抜き取り、すかさず離れる。何やら恨めしげに睨まれたがこれでようやく自由になった。

「また鎧……顔隠すの流行ってんの?」
「こら小娘、その口の聞き方は」
「うっさいイカ。寿司ネタにするぞ!」
 スシというのは何だろうか。あまり良い物ではない気がする。いやいやそんなことはどうでもよい。せっかくの御呼び立てだと言うのにこのような娘にあしらわれていては、益々以ってガーランド様のお役に立てぬではないか。
「……なんか厳つい。あなた血気盛んそうだからあんまり喚ばないでね」
 この娘、何をしに召喚されているのだろうか。あまり喚ぶな等と、一度でいいから言ってみたいものだ。……ううむ、羨んでどうする。
「言われずともお前のような弱者に興味はないわ」
「ああ、いやお待ちください我が主。こやつはこう見えてもなかなか役に立つもが」
「サイレスされたくなかったら黙っててねー」
 しまった、やっと離れられたというのにまた捕まった。ええい、この時ばかりはやたらと多い腕が邪魔物だな。

 触手をうねらせ逃げようともがく私と、それを押さえ込むサヤを見据えて(いや見えないのだがそのように思える)ガーランド様がふと考え込んでいる。どうやら小娘の力に興味を持たれたようだ。
「お前は、コスモスの戦士に喚ばれてきたのだったか」
「コスプレで戦死?」
「……名は何と言う」
 戯言を華麗に無視されて、再び私の背に陣取った娘は不機嫌だ。何故今日はよりによって私にくっついて来たのだろう。いつもは勝手に外に出て遊び歩いているのだが。
「はーあ。誰かにくっついて出たらチャージ減らないかと思ったのに」
 そんな妙な実験に付き合わされたのか、私は。いやある意味では有用な気もするが……実際こやつの召喚石はしっかり力を消費している。他者に紛れて出たからといって、そう旨い話はないということだ。
「……それよりも、ガーランド様が尋ねておられる。答えよ」
「その白いオッサンが先に名乗ったら答える」
「白いオッサン……」
 意味はよく分からないが主の反応を見る限り不敬な物言いのようだ。ともかく自由な腕で首を絞めておこう。
「もうっ、触手プレイとかやめてよ!」
「プレイ……?」
「どいつもこいつも聞かなきゃ名乗らないんだからっ……いい年して最低限の礼儀くらい弁えたら!?」
 噛み付きそうな勢いの娘に、何故か面白がっている様子の主が目の前に。サヤは、召喚石の中にいる分には普通だったのだが。多少纏わり付き欝陶しい部分はあるが、それでも他者に対して無闇やたらと無礼を働く人間ではなかった。
「何故にこの方には食ってかかるのだ」
「鎧だから」
「…………」
 なんと理不尽な。もはや言葉もない。

「儂の名はガーランドだ。して、お前は?」
「……サヤ、です。博士に喚ばれたというか事故というか、そんな感じ」
「召喚獣の分際であちらに肩入れする者と思っていたが。そういえばお前はゴルベーザとも関わりがあるのだったか」
 囁かれたその名に、背に縋る娘の体が震えた。怒りとも戸惑いとも取れる。思い返せばサヤの周囲で見かける召喚獣共も、その名に反応していたな。
 何か不穏な気配を背負った娘がガーランド様を見遣り、世界をも包み込みそうな深き闇を内包した笑顔で呟いた。
「そっか、ガーランドって」
「……知っておるのか?」
「国一番の騎士様だからって調子に乗って年甲斐もなくお姫様に告白したけどフラれて自棄になって誘拐したあげく勇者様に殺されてそれでも往生際悪くタイムスリップしてまで生き延びてラスボスになったけどやっぱり負けてお姫様にも言及してもらえなかった可哀相なガーランド?」
 ああいかん、目には見えぬが涙目になっている気配がある。この方はここでも螺旋に取り込まれておられたか。それにしても何故サヤが知っているのだ。そして追い詰められた獲物を嘲笑うかのようなその顔は。
「……ロリコン騎士」
「……灰になれぇい!」
 しかしそこで理性が飛ぶのはあまりに大人げなく思いますが……。

 跳ね回っては避ける小娘を、ほのおだつなみだと波状の攻撃を仕掛けながらガーランド様が追い回す。だが一向に捕まる気配はない。それどころか、当たったはずの攻撃さえも見えぬ風に掻き消され、或いは岩と化した肌に弾かれて消える。よもやこの娘がこれほどに魔術に長けているとは。
「クッ……ハハハハハ! なかなかやりおるわ!」
「べっつに、逃げてるだけだもん。……へヴィ!」
 距離を取ったところで唱えた魔法が、ガーランド様の足を鈍らせた。使い勝手のよいことだ。情けなくも羨む気持ちは止められぬ。
「サヤよ。何故に召喚獣として来たのだ? コスモスの戦士として見えていれば存分に闘えたものを」
「……戦いたくないし。わかってるよ、ただの八つ当たりだって。……ごめんなさい」
「む……」
 急に殊勝な態度を取られたせいか、ガーランド様も戦意を削がれ剣を収めて下さった。どこかで安堵しているのは何故なのだろうな。

「クラーケン。貴様も先程から何を傍観者ぶっておる。儂を助けようとは思わんか」
「は、い、いえ、傍観などとは決して!」
「喚んであげないから拗ねてるんだよねー」
「何、そうなのか?」
「いいいいいえ!!」
 あながち間違ってはおらぬだけに、いたたまれない……。仕方があるまい。私がガーランド様のお役に立たれぬのが悪いのだ。
「性能ばっか見たってつまんないよ。それを使ってどう戦うのか、考えるのが楽しいんじゃん」
「……フン。小娘が儂に闘争を説くか」
「ガーランド、ずっと使役してたのにクラーケンのこと何も知らないでしょ」
 いや、威張って言うほどにはお前とて知らぬだろうが。つい先頃に初めて顔を見たばかりではないか。
「あの足は全部同じに見えても右から三番目が特に美味しいんだよ」
「貴様ッ、いつ食べたぁ! 私には身に覚えがないぞ!?」
「ごちそうさまでした!」
「何だその満足そうな微笑はー!!」
「そう怒るなクラーケン、大人げない奴だ」
 あ、貴方にだけは言われたくない……! すかさず入った抑制の声に、味方とみたサヤがガーランド様の背に隠れた。今の今までいがみ合っていたというに、もう打ち解けている。人間とは斯くも不可解な生き物よ。
「だって美味しいんだもん、イカ。褒めてるんだよ?」
「うぬ……、黙らねば交接腕を口に押し込むぞ」
「こうせつ?」
「止めよクラーケン、年齢制限が引き上げられてしまう」
 しかし「それはそれでいい」との声がどこぞより聞こえたような。私の気のせいか。
「お前は……闘争に明け暮れている時よりも楽しそうだな」
「なっ、そ、そのような」
「……よかろう。時折はこうして呼び出してやる。サヤ、お前もだ」
 至極光栄な言葉を賜り感極まっている私をよそに、娘はやはり不機嫌になった。
「わたしは喚ばないでって言ってるのに」
「戦闘でなければよいのだろう?」
 戦闘でなくば何をすればよいのだろうか。此度のように二人を見ていればよいのだろうか。それもまた新鮮で良いかもしれぬ。……得難き体験をし、楽しかったのは事実だ。

 繰り返し争う定めの世界ならば、かつての居場所とは似て否なるもの。ここは息抜きも許される世界だ。私も、ガーランド様も、……カオス様も。
「また喚ぶぞ、サヤ」
「むう……ま、喚ばれてあげるよ」
 可哀相だからねと独り言ちた声は確かに聞こえたが、今度はガーランド様もお怒りになられなかった。

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