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世界に在りて君は何を想うのか?

 シアターに来るとサヤが必ず見るものがある。それはゴルベーザ様が負けた時の映像だった。相手は問わず、ただ何度も再生し、いろんな角度から眺めては喜んでいる。
 やっぱりまだ根に持っているのかしら……。何度も何度もゴルベーザ様が倒される姿が映し出されるのは居心地が悪くて仕方がないから、あたしと来た時にはできれば止めてほしいものだわ。
 今日の目的もまた同じ、だったのだけれど、サヤの目はスクリーンを向いてはいない。その視線は期待に満ちた熱を持ち、客席に優雅に腰掛け袋菓子を摘む男に注がれている。

 この世界では見かけない人間だった。今のサヤは子供染みた容貌ではなくなり、背丈もあたしとそう変わらない。座っているからよく分からないけれど、男も大体その程度だろう。顔色は悪く、映し出された映像を見る目は冷たい。侮蔑の感情を隠しもしない。
 外見上は知らない人間だ。でもこの気配、考えるまでもなく分かってしまう。あたしは彼に忠誠を誓ったわけではない。主は今もゴルベーザ様ただ一人。なのに、いざ目の前に現れられては、うまく反応できなかった。
 隣で黒い布が揺れて、意識の隅でゴルベーザ様かと思い凍りついた。それはサヤの着ているローブ。もう他に何も目に入らぬように、一心に駆け出した彼女の背後に、大きな三角帽子がひらりと落ちた。
「ゼムスー!!」
 犬であればそれは盛大に尾を振っていただろう。あたしなら問答無用で抱きしめる態勢を整えて迎えたいサヤを、かつての恩人は彼女の顔面に袋菓子を押し付ける形で食い止めた。
「うるさい」
「あ、のりしお味」
 邪険に扱われたにもかかわらずさして気にする様子もなく、ニコニコと無惨に潰れた菓子を見遣っていた。何故なの。何故そんなに大歓迎なの。……あたしはどうすればいいのよ。

「来てたんなら言ってくれればよかったのに! ここには居ないんだと思ってた」
 違うわサヤ、それは召喚獣ではないわよ。この世界のどこにも、ゼムス様はいらっしゃらなかった。そのはず。だからきっとあの方も、ゴルベーザ様のようにあなたの事が分からない……。
「サヤが潜り込めるならば我にも容易いことだ」
 ……なんで覚えているのよ。なんだかすごく不愉快で、サヤが落として行った帽子を拾い握り締める。
 はっきり言ってあたしはゼムス様のことが嫌いだわ。蘇る機会があったのは感謝しているけれど、それとて後になってみればゴルベーザ様のためでもなんでもなかった。分かっていたならセシル達と手を結び、反旗を翻すも厭わなかっただろうに。
 記憶に残されているのは後悔だけ。だから嫌いだ。まして今このように、サヤが親しげに話しているのを見たら。
「これわたしも食べていい?」
「好きにせよ。先程お前のせいで粉々になってしまった」
「ええっ、わたしのせい? ゼムスが押し付けたくせに」
 砕けた菓子を流し込んで口をいっぱいにする仕種。随分と大人びたように見えるし顔立ちも声も以前とは違うのに、動作がやはりサヤだわ。だからこそ、ごく自然にその存在を受け入れているのが辛い。

 あたしが裏切られたわけでもないのに。それでもこの娘には、どの世界どんな状況でも、絶対にゴルベーザ様のものであってほしかった。
「……ゼムスは覚えてるんだねー」
「あれは盲目な男ゆえ仕方あるまい。過去も未来もない、今あるものしか見えぬのだ」
 ゴルベーザ様はご自分の意思で来られたのではない。巻き込まれたから存在があやふやになっているだけよ。自ら強引に入り込んできたゼムス様とは状況が違うもの。
 だから! 記憶がないのはあの方のせいではないのよ、サヤ! と言い募りたいのに口を出せない。圧倒されているというの? ええい、誰か他にも連れて来るのだったわね。ルビカンテなんかでもいないよりマシだったでしょうに……。
「相変わらず不様な奴よ」
 画面の中に、膝をついたゴルベーザ様に向かって鼻で笑う。ああ、この帽子握り潰してしまいそうだわ。サヤは怒るかしら。
「なんでゼムスじゃなくてゴルベーザが呼ばれたんだろう」
「付け入る隙があったのだろう」
「……不幸体質だなぁ」
 そんな風に、まるで他人事のような感想をあたしの前で漏らさないで。

 よりにもよってゴルベーザ様と最も相容れない存在と、他愛のない話を平気で交わす神経が苛立たしかった。しばらく耳を塞いで余所を向いていたけれど、もう我慢の限界だわ。
「サヤ、帰るわよ!」
「え、どうしたの」
 いいからと強引に手を引いて立ち上がらせる。なおも未練がましい視線を辿ると、ゼムス様と目が合ってしまった。
 笑っている。あたしだってゴルベーザ様の真実を知らなかった。あの方の本意を知らぬまま、裏切った。……見透かされているようだ。ルビカンテのような訳知り顔が、カイナッツォのような心身の醜さが、スカルミリョーネのような底意地の悪さが、ムカつくのよ! 大嫌いだわ!!
「ゼムス、帰らないよね? まだずっといるよね?」
「……次に来る時は一人で来ることだ」
 余計なお世話だわ。この子一人でなど会わせるものか。取り込まれてしまうじゃないの。そんな事態はあたしが絶対に認めない。

 走ったわけでもないのに息切れしていた。見慣れた待機所の石壁にもたれ掛かり、サヤが苦笑を浮かべてあたしを見ている。
「ねえ、あなたはあたし達と同じでしょう?」
 ゴルベーザ様を裏切ることなど有り得ないと、その口から聞きたい。なのにサヤはあっさりと否定した。あたしの手中でひしゃげた帽子を慌てて奪い返し、それを調え被りながら慰めるようにこちらを見る。
「ここでは何とも言えないよ。バルバリシア様はあれがまるっきりゴルベーザに見えるの?」
 それは、どこか違うとは思う。記憶の問題だけではなく、彼がこの世界を脱したとしても、そのまま元の世界に帰り着き「ゴルベーザ様」へと戻るのだとは思えない。
 だけどあたしは、邪悪な意思に覆い隠されていたあの方にも仕えていたわ。この世界のゴルベーザ様を否定するのなら、あの日々さえ無くしてしまうのではないか。
「一緒に過ごした過去がないなら、今も未来もないよ」
「ではお前もゴルベーザ様の配下ではないのね」
「あれはわたしのゴルベーザじゃないから、わたしもゴルベーザのサヤじゃない」
 あれだけ悩んで出した結論がそれだと言うのか。それはあたしとさえ敵対しても構わないと、そう言いたいのか!
「ここは違う場所だから……、仲良くはするけど、あっちのゴルベーザに悪い気がしない?」
 照れ隠しに目深に被りなおした帽子の中で、サヤがぽつりと呟いた。怒りに紛れて聞き逃しそうになった。……あっちのゴルベーザ様?
「記憶がないのは悲しいしムカつくけど、元の世界に戻ったら、そりゃわたしだって何て言うかその、えっと」
「足りないわね」
「へ? や、やっぱダメかな……」
「過去なんて終わったものだし未来なんて不確実だわ。今のゴルベーザ様のなにもかも全てを受け入れなさい」
 本当は、同じになどなれないと知っている。彼女は彼女なりに想っていればそれでいいとも思う。だけど、あたしの望みだけは知っておいてほしかった。
「……必要とされてないのに、押し付けられないもん」
「ゼムス様だって必要としてないわ!」
「そ、そんな対抗心燃やされても。バルバリシア様だって、会えないと思ってた人に会えたら嬉しいでしょ」
 あたしはゴルベーザ様とあなた以外に会えたって嬉しくも何ともないわ。そしてサヤにとってはそんな存在がたくさんいるのが腹立たしくてならないのよ。……まあ、元の世界に帰ればゴルベーザ様は特別らしいけれど……やっぱり足りないわ!

「しばらくゴルベーザ様以外に呼び出されちゃ駄目よ」
「え、それはわたしに言われても」
「いいわね!」
「えええ〜」
 押し付けがましいから何よ。世界に在りて、あたしもサヤもただ一人のためだけに存在しているべきだわ。例えあれが己の知る主でなくても、己を知らぬ主でも。ゴルベーザ様であるという事実には変わりないもの。他の者を見るなど許さない。

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