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新たなる朝

 この世界で彼女と再会して以来、ひそかに期待を抱いていた事ではあるが、思うよりも早くそれは実現した。サヤはそういう存在ではないと諦めていた願いが今になってこんな形で叶うとは。
「今ならルビカンテとだって一対一で戦えるもんね」
「ならば試してみるか」
「いいの? 勝っちゃうよ!」
 おおらかに笑う彼女に微笑ましさすら感じたものだ。元いた世界とも違う場所を介して、仮初の肉体を纏い呼び出されたサヤは、確かに私に匹敵するだけの魔力を持っている。
 守られているだけではない。庇護に甘んじることなく、同等の立ち位置にまで這い上がって来られる。いつか私が求めた姿がここにある。……楽しみだ。

「お待たせー!」
 着替えてくると言って去ったサヤが、モーグリのもとから帰って来た。いつもの黒魔道士らしい服ではなく、赤が基調の見たことのない装備だ。
「ちょっとお揃いっぽいね」
「ああ、そうだな」
 そんなところではにかまれては、私の方が照れてしまうのだが。
「んじゃ、魔法勝負だよ」
 魔力を上げる効果のあるらしい武器を収めたサヤに頷く。容易には死なないと分かっているが、さすがに殴り掛かる勇気は無いな。魔法のみで戦うのはこちらとしても願ったりだ。
 もうゴルベーザ様に叱責される心配もなく、全力で戦っても構わないのだが。……魔法勝負ならば死ぬこともないだろうと安堵している。私も甘くなったものだ。

 やる気の無さそうな審判役のカーバンクルが合図を出したと同時に、サヤが魔法の詠唱を始める。……スロウか。やはり黒魔道士ではなさそうだ。にしてもやけに発動が速いな。
 互いに様子を窺いながら牽制の魔法を放ち合う。サヤの魔法は私のマントに吸収され、こちらの魔法もまた見えない魔力の壁に掻き消された。
「……事前に何かしてきたな?」
「だって始まってからじゃ間に合わないんだもーん」
 まあ、確かに予め準備をしてはいけないとは言わなかったが。
 幻影がちらつき、攻撃がろくに命中しない。幾度か魔法を撃てばそれらも消えるが、更に内にかけられた障壁に遮られてしまう。シェルのような強化魔法だろうか。手応えはあるのだがサヤは堪えていない。
「なかなか苛立たしい魔法のようだな」
「……うーん」
 避ける幻影の下に、ダメージを肩代わりする壁がある。数度試してみた結果、それも大きなダメージには耐えられないらしい。弱い魔法で幻影を剥がした後にすかさず強力な術を叩き込めば、ある程度の傷は負わせられるが……。
「っとと、ケアル!」
 直ぐさま傷は癒え、強化魔法もまた張り直される。どうやら幾重にもかけられた魔法の中には魔力を回復するものも含まれるようで、防御に徹し自己強化を続けるサヤに隙は少ない。このままでは長期戦になるな。
「しかしいつかは魔力が尽きるだろう?」
「どうかな。その時を待ってるのかもしれないよ」
「昔はそんな、人を煙に巻くような事を言う子ではなかったのに……」
「周りの悪影響で性格歪んだんじゃない?」
 真顔で真実味のあることを言わないでくれないか。私が悪いのだと言われているのだろうか。いや、落ち込むのは勝負の後でいい。

 無尽蔵に見えても人と魔物との魔力の差は歴然としている。根気よく粘り続けたおかげでサヤの詠唱間隔が間延びして来た。苦しげな表情を見たところ、あと二度ほど壁を壊せば為す術もなくなるだろう。
「……MP切れ狙いとか、いやらしいよルビカンテ」
「では骨も残らないほど強力な炎を撃とうか?」
「うう〜、それもやだ!」
 他愛のない会話を交わしながら戦えるのも魔法戦の醍醐味だろうか。軽口に紛れてサヤの魔力が尽きそうだ。幻影が炎に巻かれて消え、ファイガによって内側の壁も朽ちた。強化のかけ直しは……もう、無いようだ。
 ここで一撃必殺の術を当てれば勝てる。
「火燕流、」
「スタン!!」
「何……っ!?」
 サイレス、いやホールドか? 詠唱を止められたばかりか指先一つも動かせない。しかし今更立て直しを計る余力もないはずだとサヤを見れば。
「この一撃で、すべてを断つ……ッ!」

 何かの技を発動したのか、彼女の体力が一気に底をついた。ああ、ファイガの一発でも入ればそれだけで勝てそうなほど弱っている。しかし……何故に魔力が完全回復しているんだ!?
「言ったでしょ。それを待ってるのかも、って……連続魔ブリザガ!」
 大技の隙に開いたマントは用を為さず、私の苦手な氷魔法が容赦なく叩き込まれた。立て続けに二度、三度……。
「ブリザガ! ブリザガ! スタン! ブリザガー!」
「ちょっと待てさっき君は一撃と言っ……」
「ブリザガブリザガブリザガスタンブリザガブリザガ」
「卑怯じゃないかそれは!?」
 拘束が解けたかと思ったそばからまたスタンなる魔法が飛んでくる。身動きもできぬまま氷の塊に打ちのめされた。あの師にしてこの弟子ありか……この膨大な魔力量と発動までの時間の短さは何なのだ。魔物か? 実は魔物化したのか、サヤ!
 一瞬でもいい、魔法を放つ隙があれば、スタンを止められれば……。
「スタ、」
「愛してるぞサヤ! 結婚しよう!!」
「ん、ってェェエエエ!?」
「ファイガッ!」
 ごふぁと奇妙な悲鳴を発してうずくまったサヤは、全身から黒煙をあげながらまだ立ち上がる。凌いだのか。まだ他にも強化魔法があったようだな。恐ろしい程の魔法耐性だ。ならばもう一撃……、
「…………ぃ……」
「ん?」
「ひどいよルビカンテ……」
「えっ」
 な、な、泣いているのか? いやしかし先程の拘束から魔法連打の戦法は酷くないのか? というか戦闘中に泣かれてもだな、いや、ど、どうすればいいんだ。
「わ、わたしは、本気で好きだったのにっ」
「ええっ!?」
「こんなやり方で騙し討ち、なんて……」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
 もしかして私はとんでもない事を言ってしまったのか? ただ隙を作ろうと、彼女ならノリで笑って流してくれるだろうと……そんな身勝手な思い込みで、迂闊にもサヤの心を踏みにじったというのか?
「す、すまない……私はそんなつもりでは」
 いや勿論好意を抱いてくれているのは嬉しい事だしそれならば真剣に考えるに吝かでないのだが、ああその前に何とかこの場を収め泣き止ませてやらなくて、は
「隙ありブリザガ!!」
「がはっ……」

「やったー勝ったー! 見てた? カーくん見てた?」
「……見てたけどさ、サヤの方がずっとひでーとオレは思うよ」
 私も同感だ。あの涙は一体どこへ消えたのだろう。……つまり先の涙ながらの告白も嘘だったのか。まさかサヤに負ける日が来るとは思わなかったがそれよりずっと気が滅入っているのは何故なのだろうな。
「敗因は、わたしに甘いことだねー」
「……そのようだ。君への態度を見直さなくてはならないな」
「えっやだそのままでいいよ」
 厭味にも似た言葉尻に乗ると、サヤは慌てて縋りついてきた。出会ったばかりの頃の私なら、彼女の言葉に動揺することなくとどめをさしていただろうに。どちらが私らしいのか。
「考える相手だから通じた戦法だけど、次は無いね」
 それはそうだろう。もう一度戦うならば、私は彼女がどのような技を持っているのかもう知っている。魔力が尽きたからと油断することもないだろうからな。
「だがそれは君も同じだろう?」
 見知らぬ世界の戦い方は想像もつかないものばかりだ。魔法とて私の知るものとは随分異なる。また違うジョブで挑まれればこちらも戸惑うだろう。
「うーん、そうだね。じゃあ次はお色気作戦でいってみようか」
 何か不穏な事を言い出したかと思えばサヤは、何処から取り出したのか際どい衣装をひらひらと私の目の前で揺らしてみせる。お前それは、バルバリシア並に、それは駄目だ。絶対に駄目だ。
「あ、けっこう効果ありな感じ?」
「……そういう戦い方は感心しないな」
「そっちが先にやってきたんだよ」
「う……」
 確かにそうだが。しかしあれは、私の魔法がいくらも入らないことや一方的に攻撃されて苛立ちが溜まっていてだな……、どうにか反撃に転じなければと……。
「だ、だが、嘘は言っていないぞ」
「じゃあ結婚するの?」
「いや、それは言葉の綾だが」
「まあいっけど。わたしも嘘は言ってないよ? ルビカンテのこと好きだし、それにホントに傷ついたし今も怒ってるからね」
 この世界で再会して以来思っていた事だがサヤは笑顔が怖くなったな。師匠の影響だろうか。それともやはり私のせいか。私のせいだな。
「……シアターにでもデートに行こうか」
「ジタンみたいなこと言わないでよ、似合わないんだから」
「その割に嬉しそうだな」
 口ほどには怒っていないのかもしれない。先程の邪悪な微笑は影を潜め、また以前のようなおおらかな笑顔に戻っていた。
「……またやろうね?」
「勿論だ。少なくとも二勝しておかなくては」
「負けず嫌いだなぁー」
 だが、楽しい。やはりサヤが戦える人間になっていてよかった。私と同じ立場にいて、本当によかった。

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