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不幸な呪い師

「なあ……あいつさっきから何やってんだ」
 壁に向かって語りかけ続けるサヤを指してカイナッツォが言う。……そんなことを私に聞かれても困るのだが。
「色白でうつくしいですね。でもちょっと痩せすぎじゃないですか。もう少し肉をつけた方がいいとおもいます」
 虚ろな目をしつつ呟く様は不気味を通り越して恐ろしい。無神経の塊のようなカイナッツォでさえ引いているのだから、今のサヤの状態は尋常ではないのだろう。
「つうか誰と話してんだよ、怖ぇよ」
「……貴様には見えんのか?」
「ああ? 何が」
「奴の周り中アンデッドだらけだ」
 おそらくというかまず間違いなく、サヤは呪われている。奴の周りを取り囲むようにスケルトン共が踊っているのだ。誰か他に主がいるのだろう、意思疎通もはかれそうにない。引きはがすのは不可能だな。
 呪われた当人にも見えているはずだ。カチャカチャと喧しく骨を打ち付けながら跳び回る様が。元いた世界は違えど、同じアンデッドとして近しい立場にあるのか、私にまで見えてしまう。
 それにしてもあの呪術、直接生死に関わるわけではなさそうだが、精神面には相当な影響を及ぼしそうだ。今のサヤを召喚すればその者も呪われてしまうのではないだろうか。
「よくよく厄介事に巻き込まれる奴だな……」
「何かと首を突っ込むからだろ」
 それを甘んじて受け入れてしまったのは私達だが。言いながら己でも気づいたのか、カイナッツォも苦い顔をしていた。

 呪いを解く術も分からず近寄りたくもなく、ただただ遠くから眺めていると、おもむろに立ち上がったサヤは口元に両手を添えて虚空に向かって思うがまま叫んだ。
「博士なんて……博士の……ロリババァ──!!」
 そして言い終わるか否かというところで姿が消えた。どうやら召喚されたらしい。
「あー……今あいつ誰にセットされてんだっけか」
「……シャントットだろう」
「…………ご愁傷様だな」
 何とも言えない沈黙の時が過ぎ、やがて履行を終えたサヤが戻ってくる。……予測した通りボロ雑巾のようになって。
「生きているか?」
「一応。だけどもうすぐ死ぬかも……」
 見れば既に瀕死のうえに、バイオか何かに苛まれているようだ。スリップダメージで死ぬのだけは勘弁願いたいな。無駄に長引くし屈辱的だ。当人としてはどんな死に方であろうと死ぬのは嫌だろうが。

 じわじわと生命力を奪われ、それがゼロになると同時に「ド、ドクターO……がはっ」と謎の言葉を吐いてサヤは倒れた。
「死んだか」
「そうだな」
「ああ、いい奴だったなぁ。惜しいこった」
 倒れ伏しつつも必死で見上げてくる視線をあからさまに避け、カイナッツォはレイズを唱えてやる気はないようだ。気持ちは理解できる。まだ呪われているからな。下手に手を出して巻き込まれたくはないのだろう。
 待っていても助けのないことを察してか、何やらもぞもぞと体を蠢かせてサヤが起き上がった。
「ふふふ、こんなこともあろうかとリレイズをかけ、」
 得意顔で振り返った矢先、その頭上に炎の雨が降り注いだ。何となしに危機を感じて距離を取っておいてよかった。
「……謝っておいたらどうだ」
「もう100回は謝ったもん!」
 死にながら、泣きながら言うな。何か少し哀れになるだろうが……。ろくでもない人間に拾われたらしいな。以前とどちらがマシなのだろう。サヤ自身は、どちらも楽しんでいるようだが。

「うぅーもう呪いの実験やだ……黒魔法の実験台になる方がいい。死ぬだけで済むから」
「そのまま死んでりゃまた殺されることはねえんじゃねーの?」
 カイナッツォの投げやりな提案に何か感じ入るところがあったらしく、サヤは「じゃあ呪い解けるまで死んどく!」などと狂ったことを言い出した。
 確かに死ぬのは楽だ。一番辛いのは死ぬほどの目に合いながらも生きていることだと私も知っている。……遂にアンデッドの境地に到ったのか、こいつは。
 しかし召喚石の中にまで攻撃を仕掛けてくるような超越者に理屈が通じるものだろうか。あの女ならば死体にさえ追い撃ちをかけ、肉体ごと消し去るぐらいのことはやりかねん。
「ま、死ぬ呪いが死なない呪いになったんだから改良だよね」
「呪いと無関係に死んでるお前が言うかねぇ」
 近頃では死に慣れつつあるサヤに奇妙な親近感を覚えてきたのはここだけの話だが。

 死体のまま暢気な会話を交わす二人の姿が急に遠ざかった。赤い光の先に件の黒魔道士が立っている。どうやら今度は私が召喚されたようだ。見たところ戦闘中ではないようだが。
「……何用だ」
「サヤがあなた方のところにいますでしょう? とっとと生き返らせてくださいませんこと?」
 この慇懃無礼な態度は何なのだろう。そもそも殺したのは貴様だろうが。バルバリシアとはまた違ったタイプだがどちらにせよ苦手な部類だ。
「わたくしとしたことが、怒りの余り手が滑ってしまいましたわ。いつまでも死体のまま放置してはあの時のように……あら、失言でしたわね。ともかく早く呪いを解かなくては存在が消滅しかねませんわよ」
「…………消滅!?」
 肉体がどうのという次元の話ではなかった。しかも前科持ちのようだ。洒落にならんな、この女……。
「チャージしている猶予はありませんから、あなたが戻ってあの娘の髪を一本手に入れてきてくださいな」
 見ればシャントットの手の中にはサヤのものと思われる召喚石が握られており、力を使い尽くして光を失っているばかりか不吉にも表面をどす黒く染めている。かかる呪いの強さを物語るような不快な色だった。ついでにひびも入っている。
 こいつに人間らしい慈悲だの思いやりだのはないのだろうか。年齢不詳、実力も未知数だと言うし、実は魔物ではないのか。
「……生き返らせて、髪を持ってくればあいつは助かるのだな」
「ええ、ただし死に物狂いでお願いしますわ。でなければ間に合わなくてよ?」
 何故この私が他人のために死に物狂いにならなければいけないのか。色々と見透かしたような目も気に食わん。
「予期せず再会できたからと言っていつ消えてしまうかなど分からないわ」
「っ……!」
「わたくしの言葉を理解しているなら……よろしくあそばせ?」
 今までに見たどんな笑顔よりも凶悪で腹立たしかった。……事が済んだら、サヤには付き合う人間を選ぶよう言わねばならんな。

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