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何故

 ここ数日、サヤはなにやら思い悩んでいるようだ。四天王らが話しかけても上の空で、独り言を呟いては無念そうに首を振り、ため息をつく。スカルミリョーネが声をかければ薄ら笑いを浮かべながら遠ざかり、ルビカンテなどは顔を合わせた瞬間逃げられるらしい。バルバリシアとはいくらか会話が成り立つと聞いているが、それでも以前よりは接触を避けているようだという。
 バルバリシアとルビカンテはサヤの異変を不安がり、スカルミリョーネに至っては謀反の兆しではないかと進言してきた。すでに捨て置けない事態になっている。そもそも私自身、サヤが不審な態度をとり始めてからその姿さえ目にしていないのだ。故意に視界に入ることを避けているとしか思えない。
 サヤはなぜ突如豹変したのか?

 四天王の誰かに思うところがあるが言い出せずにいるのではないか。バルバリシアの推測だが、これは考えにくい。サヤならば不満があれば直接本人に抗議するだろう。それを理由に他の者まで避けはすまい。おそらくは、自分よりもサヤと過ごす時間の多い、カイナッツォ辺りへの当てつけか嫌がらせだろう。
 スカルミリョーネの言う謀反の可能性も疑わしい。異世界の者とはいえサヤも人間、我々と反目しこの世界のために動こうと決意してもおかしくはない。が……唐突すぎる。仮に私の目的そのものに異議があるなら、やはりまずは真っ向から非難してくるはずだ。
 謀反とまではいかずとも、何かをきっかけに自らの立場に疑念を抱いたのではないか、例えばバロン王の死などに。これはルビカンテの意見だ。私はこれが最も真実に近いのではないかと思う。
 バロン王の生死については、ことを起こす前から随分気にかけていた。カイナッツォから王を始末したという正式な報告が入るまでは。その後はカイナッツォに会いに行く際にも人目を避け、バロンの人間との関わりを拒絶し、王のことも口にしなくなった。
 もしもサヤの心に罪悪感が降り積もり、今この時にも我々の間に亀裂を作っているとしたら。有り得なくはない。むしろ自他共に生き続けることにこだわる、サヤらしいと言える。
 どうすべきか。当人であるサヤを避け四天王と話し合ったところで、問題の解決には至らない。分かってはいるのだが。問い質す言葉を考えあぐね、こうして一人頭をひねるばかり。サヤに関わることとなると、どうにも繊細になりすぎる。しかしいつまでも放っておくわけにもいかない。
 できる限り早急に対処しなければ……。

***
 今夜の月は妙に妖しく輝いている。心清き者が見れば美しい光も、闇に生きる者には不安を煽るものでしかない。
 表向きの政務が終わるや偽のバロン王は人払いをし、ひそかにサヤを自室に招いている。そもそもはサヤがバルバリシアを通じて私に打診してきた会合だった。自分以外の者(それもよりによってカイナッツォ)に会うための言伝を頼まれ、相手がサヤであるがゆえ断ることもできず、バルバリシアは相当に機嫌が悪かった。無理からぬことだ。
 カイナッツォはサヤの豹変以降もほぼ今まで通りの関係を保っている。避けられているという事実も、指摘されて初めて「そういえば」と思い返したほどだ。無関心を装うスカルミリョーネはともかく、明らかな変化を感じているルビカンテもまた、バルバリシアと同じくカイナッツォを快く思ってはいない。多かれ少なかれ、なぜお前だけ、という怒りを抱えている。
 ……ともかく、結局サヤの影すら掴めなかった私は、カイナッツォを通してサヤに命を下した。他愛のない会話が終わり次第、バロン城の一画に設けられた赤い翼隊長の執務室にやってくるはず。逃げるようなら無理矢理にでも連れてこいと念を押してある。
 遅くともあの月が沈む頃には、すべてが明らかになるのだ。私も覚悟を決めておかねばならない。
 ……覚悟? なんの覚悟が必要だというのか。正体の分からない疑念のせいで、馬鹿なことばかり考える。

 もしも……。サヤの心が、どこか遠くにあるならば、どうすればいい。私はそれを引き戻すことができるのか? あるいは絆で縛ってしまえばいいのか。しかしそれは、私のものではないのだ。
 この身一つで得られるものなど、本当は何もない。

***
 日が昇りかけた頃、ようやくサヤが現れた。カイナッツォは付き添っていない。一応は自分の意思でここへきたようだ。それでも私と目を合わせようとはせず、一刻も早く逃げ出したいと全身で訴えている。
 この世界に呼び出した時から、サヤが私にこんな態度をとったことなどなかった。一体、何が変わってしまったというんだ。

「私の呼び出しには応じなくとも、カイナッツォには自ら会いに来るのだな」
 ……ちがう。今は他に問い質すべきことがあるだろう。
「あー、……私に何か言うべきことがあるのではないかな?」
 なぜ弱気になるのだ! 必ず豹変の真相を解き明かすと決意してこの時を迎えたのではなかったのか!?
「ここしばらくの間、私……たちを避けていた理由を、話してほしい」

 私の言葉にサヤは激しい動揺を見せる。やはり、そうなのか? その内にある光が導くままに、私から離れてゆこうとしているのか。
「な、な、な、なんのこと?」
 上擦った声が白々しく響き、いっそ悲しい。もう真実を打ち明けることすら厭うのか。二度は許せても三度までも吃るのは許し難い。なぜ、いつから、そこまで離れてしまったのだ。
「尋問が望みか。言葉で尋ねる気がある内に、申し開きをしてみろ」
 泳ぎまわっていた視線が止まり、久しぶりにまっすぐ目を合わせた。サヤの表情は悲壮感さえ漂っており、思わず私も身構える。

「……わたし、気づいちゃったんだ。今までべつに意識してなかったのに、もう気になってしょうがなくて」
「ほう?」
「ゴルベーザに、聞いてみようって何度も思ったよ。でも……ホントのこと知るのが怖くて、どうしても聞けなかった」
 絞り出すようなサヤの声は時にか細くなる。震える肩。怯えを孕んだ眼差し。間違っていたのは私だったのだと、退きそうになる心を叱咤する。鎧を着込んでいてよかった。素顔を覆い隠していなければ、もうサヤは私の姿に威圧感など覚えていなかったはずだ。
「聞いて、いいのかな、ホントに……。もしかしたらわたし、絶対知りたくなかったこと、知ろうとしてるのかも」
「一体なんだというんだ」
「ゴルベーザって……………………その鎧の中、どうなってるの?」

 見透かされた。サヤの真実の言葉を恐れていた私に、鎧の下に隠した弱さに気づかれたのだと、思った。何も考えられなくなりそうになる。だが不安は続くサヤの言葉に打ち砕かれた。
「まさかと思うけど裸なの!?」
「…………な、なんだって?」
 あまりのことに耳を疑う。サヤは私の動揺など気にも留めず、真剣そのものの表情で繰り返した。
「その下って、裸じゃないよね!?」
「……」
「なんで黙っちゃうの!? ま、まさかだよね、ちがうよね、ちがうって言ってよぉ!」
 頼むからそんなことで目に涙を溜めないでくれ。
「一応聞くが、なぜそんなことを?」
 先程とは違う意味で、鎧の存在に安堵する。額に青筋が立つのを必死で堪えているなどと知れば、サヤは更なる迷走を始めただろうから。

「だって四天王って皆ありえない格好してるよね! バルバリシア様、いくらきれいだからって出しすぎだし。スカルミリョーネは素肌にローブ羽織っただけ。ローブっていうか布だよ。裸に布っきれひっかけただけだよ! でもこっちの世界にはわたしに理解できない価値観があるのかもだから二人はまだいい、我慢する。問題はルビカンテだよ……マントって……裸にマントって! 変態じゃん! 紳士なのに……しかもあの炎のマント、体の一部みたいなものじゃん。つまり全裸? なんで? あれなんなのゴルベーザの趣味なの? その鎧の下にも新世界が隠されてるの? ゴルベーザと愉快な仲間たちは露出狂の集まりなの!?」
 もしそうならわたし全力で逃げるよ、とサヤは締めくくった。一気にまくし立てたために息切れを起こしている。その様を見て私は泣きたくなった。

「……カイナッツォにはいつも通りだったのは、なぜだ?」
「カメだから気にならなかった」
「そうか……」
 私はどうすればいい? 助けを求めるように見上げた空にはすでに太陽が現れている。心の底からサヤを案じていたルビカンテに、なんと説明すれば……。
「ね、ねぇ。結局ゴルベーザはどうなの?」
「…………」
「お願いだから返事してよぉお」
「なんならその目で確かめてみるか?」
「うぇっ?」
 数秒間ストップのかかったサヤは、すぐに正気に戻り全力で首を振った。
「やめとく。こわい! だいじょうぶ、わたしゴルベーザのことしんじてるから!!」

 大丈夫、信じているから。
 聞くべきときに聞けばどんな絶望にも打ち勝てるだろう強い言葉だ。にもかかわらず虚脱感に襲われたのはなぜだろうか。
「……ローブやマントならともかく、素肌に甲冑を着る馬鹿がどこにいる」
「そ、そーだよね。よかった……。じゃ、ルビカンテのアレはなんなの?」
「そんなことは本人に聞いてくれ」
「聞けないよ! ショック受けたら悪いし……上司なんだからゴルベーザが聞いてよ!」
 自分の不安が解消されたサヤは、最初の怯えはどこへやら、いつも通りの元気を取り戻した。

 ともかく、一応の問題は解決したのだ。ルビカンテには私からそれとなく示唆しておけばいいだろう。……婦女子の前でマントを開くのは控えたほうがよくはないか? ……お前にとって炎は命にも等しいのだからマントのような軽装ではなくもっと頑強に補強したほうがいいと思うのだがどうだ?
 ……私は一体なにをしているのだろう……。
「いっそのこと、ゴルベーザが防具をプレゼントしちゃえばいいんじゃないかなぁ」
「ああ、そうだな……考慮してみよう」
「赤いフンドシとか。似合いそう。ある意味、男らしさアップだし」
「……そ、そうだな」
 それは果たして防具と言えるのだろうか。疑問は尽きないが。
 無駄になる時間などは存在しないのだろうか。ならばここ数日の鬱々とした時間にも、何かしらの意味があるのか。
 今はもう、何も考えず眠ってしまいたい……。

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