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追憶

 ここが別れの時だ。しかしこれは夢。世界の狭間で見る、束の間の甘い幻でしかない。約束どおり願いを叶えてやろう。
 ただし得られるものは一つだけ。さあ、お前は何を望むのか。

「きまぐれな風を感じたい」
「優しい炎で心を暖めたい」
「流れる水に身を任せたい」
「冷たい土に寝そべりたい」













 目の前には闇がむなしく広がってるだけ。
「バルバリシア様……?」
 答えはない。誰もいない。……ちがうよ、絶対ここにいるんだ。じゃなきゃ、頬を撫でる風がこんなにやさしいはずない。
「……どうして、こたえてくれないの」
 泣きたくなんかない。せめてお別れをやり直したいよ。ただのわがまま。だけど、いつもみたいに甘やかしてくれないかなぁ。

 急に強い風が吹く。こんな曖昧な世界じゃ、わたしの体が吹き飛んじゃいそう。怖いって気持ちまでかき消される。
「サヤ、一体ここで何をしているの」
 バルバリシア様なら、喜んで迎えてくれると思ったのにな。やっぱりダメ? こんな後ろ向きなお願いは、わたしらしくない?
「こんな暗いところは、あなたには似合わないのよ」
 ずっと元気でなんかいられないんだよ。わたしだって落ち込むし、暗い気持ちになるし。ぜんぶ捨てても手に入れたいものだって、あるんだよ……。
 似合わなくたってさ、これもわたしなんだよ。認めてほしいな。

「顔は見せてもらえないの?」
「見せたくない。だって、見たら離せなくなるもの! サヤをこちらに引きずり込んでしまいたくなるのよ!」
 また会いたい。それはわたしのわがまま。だからバルバリシア様のわがままも、聞いてあげたいな、なんて。
 風に心がかき乱されて不安定になる。強くなればなるほど、それもいつかは消えてしまうんだって考えちゃう。暴走して……わたしにはもう止められずに、どこかへ行ってしまいそう。
 ……ちがう。本当はわかってる。もう遅いんだよ。とっくに失ってしまってるんだよ。これは夢。ただの幻、なんだから。

「ねえバルバリシア様、わたしが引きずり込んでもいいかな」
「え……?」
「ずっと、わたしのそばにいてよ。風が吹くたびに、バルバリシア様がそこにいるんだって、思いたい。許してくれる?」
 幻にすぎない。ただの思い出。……それでもかまわない。思い込みで救われるなら、心の底から信じてみせる。
「サヤ……あたしのすべて、あなたにあげるわ。だから連れて行って……」
 そんなこと言われたらわたし、死んじゃいそうだよ。頬が熱くなる。

 見上げた青い空、雲がどんどん流れていく。風は止んでなんかいない。わたしの心に吹き荒れて、ときどきは優しく取りまいてくれる。
 ねえ、もう置いてったり、置いてかれたりしないでさ、ずっと一緒にいようね。














 終わらせるための時間……なんて悲しいんだろう。失うことのつらさなんて、べつに知りたくなかったな。だけど会いたい気持ちが抑えられない。

「サヤ……」
 離れてからそんなに経ってないのに、すごく懐かしい気さえする。これから過ごす、会えない時間の分まで感じてるのかもしれないね。
「……すまない。なぜか、話すことが思いつかないんだ」
 そう言ってルビカンテは困ったみたいに笑う。まるでいつも通りの笑顔。幻だなんて、信じられない。
「わたしもだよ。もっと話したかったこと、いっぱいあったのに、なんにも出てこなくなっちゃった」
「もう二度と会えないと思っていた。私を呼んでくれてありがとう、サヤ。今この時間だけで充分だ」
 充分なんて言わないでよ。いっぱい優しくしてもらったのに。気遣って、守ってくれて。なんでも聞いてくれて、進むべき道を照らしてくれた。まだルビカンテに何にも返せてないんだよ。

「わたし、ずっと甘えてばっかりだったな……」
「私にはそれが一番嬉しかったよ」
 どうしてそんな風に、穏やかに笑えるのかな。いつも通りの態度、なのにすごく遠いみたい。こんなに近くにいるのに、手を伸ばしても届かない。触れられない。
 ゆらめいて今にも消えてしまいそう。もう失ってしまったんだって、実感しちゃう。
「ルビカンテは、大人だね。でもわたしは子供だから。もっと頭も撫でてほしいし、手も繋ぎたいし、抱きつきたい。もっと一緒にいたいんだ」
「……いつもなら、子供扱いするなと怒るだろう?」
「そうなんだけどね。でも……」
 でも、もう……。その先は言えない。口に出せない。お別れ、しにきたんだよ。わかってる。わかってるんだけどさ。

 あんなにつらい思いをしたのに、まだ足りないの? あんなに泣いたのに、まだ泣きたいの? そうだね、泣けるほうが、ずっといいかな。
 二度と訪れない未来より、何度失ってでもまた会える方がいい。そうやって何度も泣くことになるのかな、わたし。
 ……だめだ。叶わなかった過去のために、ルビカンテが嫌がることは絶対したくない。今はまだ泣かない。それが精一杯の強がり。なのに。
「……わたしのこと、忘れないでね」
 これから消えてしまう人に、なに言ってるんだろ。……泣いちゃ、だめなんだってば。
「もちろんだ。忘れるものか……」

 闇が去って、わたしは青空を見上げていた。
 ルビカンテに返せなかったもの、かわりの誰かにあげたりしないよ。わたしずっと持ち続けてるから。この想いはいつまでも、あなたのためだけにある。














 何かを覚悟して、何かを決意して。そして劇的に成長して、迷いなく生きていく、なんてできない。結局はいつも、迷って悩んでまた傷ついて、同じ事を繰り返しながら……。
 でも苦しみさえ生きた証になるなら、それに流されるのもいいかなって思う。そんな風に思えるのは……ぜんぶ終わってからだけどね。

「……よぉ」
「うん」
 ああ、なんて間抜けな会話だろ。もっと様になる言葉はないの? こういうとき、よく言うセリフがあるじゃない? ……なんにも出てこないや。
「泣くんじゃねえよ」
「泣いてないもん」
「嘘つけ。心ん中で泣いてんだろ」
 ぶっ。なにそれ変なの。そんな気障なセリフ、カイナッツォが言ったって似合わないよ。
 わたし、知らない内に手を握り締めてる。べつに泣くのをこらえてるんじゃない。笑わないように我慢してるだけだよ!
「わたしに泣いてほしい?」
「そーだなぁ。会いたかったよ〜とか言いながら泣かれりゃ、ま、気分はいいかもな」
 もう、やめてよ。わたしは単純なんだから、そんなこと言われると……。
「……サヤ、反応早すぎだろ」
「ううー」
 カイナッツォの手がわたしに向かって伸ばされる。でも、触れられずにすり抜けていく。
「……あー、なんだかな。湿っぽいのは嫌なんだよな」
「水のカイナッツォなのにねぇ」
 くだらないことばっかり言ってる。まるで、なんにもなかったみたいに。優しくて穏やかな時間が寄せてくる。

「なあサヤ」
「うん」
 あーとかうーとか言いながら頭をかくばっかり。そんなふうに言い淀むの、らしくないよ。
「まあ、なんだ……。最後に、またなっつったろ? それが叶ってちょっと嬉しかったぜ。……じゃあな」

 静かに闇がひいていく。言い逃げなんて、ずるい。卑怯だよ。
 見上げた先の青空が水面みたいに澄んでる。透かして向こう側が見えそうだ。死んで天に還るなら、そこにいるの?
 もう一度会えるって……思っていいかな。今度はちゃんと、ぜんぜん似合わない! って笑ってあげる。














「…………」
 重い溜息。ああー怒ってるな。怒ってるよ絶対。いいんだ、覚悟はしてたから。でもせめて声が聞きたい。触れられなくてもいい。幻でもいいから、少しぐらい夢をみさせてよ。

「なぜ……私を呼んだ。もうすべて終わったんだ」
「終わらせたくないから、呼んだんだよ……」
「甘ったれるな。私はもういない。これはただの幻想だ」
 だけど、今まですごした時間が消えたわけじゃない。もしかしたら未来に可能性があるかもしれない。そんな甘えも許してくれないんだね。
「……会いたかったんだよ。それだけじゃ、だめなの?」
「お前の望みに応えてやる義務はない」
 その声を聞き終える前に、最後に願った姿は消えた。ううん、消えたのはスカルミリョーネじゃない。
 体が溶ける。目を閉じて開けば違う場所に……その奇妙さにも、もう慣れてしまった感覚。

 見上げれば青い空。懐かしい景色。スカルミリョーネのばか。心構えもさせてくれないの? ……そんなの、できっこないけど。
 今までありがとう、楽しかったよ。そして笑ってさよなら? 無理に決まってる。どんなに潔く別れても、また次を待っちゃうんだ。
 でもね、思い出すのはわたしの勝手だよね。
「サヤ」
 目を閉じればそこに闇がある。いつでも声が聞こえる。未来はもうない。だけど、過去だけはいくらでも手に入る。
 そんなの意味がない、なんて言わないで。わたしにとっては大切なものなんだよ。
「サヤ……」
 もっと思い出してよ。今も目の前にいるって信じられるぐらい、はっきりと。失ってしまったものなんかない。そう思えるぐらい。
 こっちにはステータス異常を防ぐアイテムなんかないもん。だから、さわれないんだ。困ったなぁ……。

 会いたい。会いたい。ただそれだけ。この道の続く先にあなたがいればいいのに。ずっと歩き続けていれば、いつかもう一度会える。そう思っちゃいけない? きっと鼻で笑われるんだろうな。馬鹿げてる、って切り捨てられちゃうんだ。
 何度願いが叶ってもきりがない。わたしは生きてるんだもん。生きてるかぎり、ずっと会いたいって、そう願い続ける。
 スカルミリョーネがそれを望んでなくても、気にしてあげない。

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