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さよなら

 膝に頭を預けて眠るサヤ。どのような夢を見ているのか探るまでもない穏やかな表情。しかし取り落とすことを恐れる心が、その手にローブの裾を掴ませている。夢の中でももがいているのか。
 お前の想うものたちが光を阻むため戦い、そして消えたぞ。じきに闇へと還されるだろう。そのような時に在りし日の夢にしがみついているとは。……お前らしいな。
 起きたら教えてやろうか。お前の大切なものがまた失われたと。眠っている間に全てが終わったのだと。どう痛めつけても壊れない。だからこそ壊したくなるものだ。
 守るものもなく戦う理由もなく、我が意志のために戦って消えた。絡み合う事象に意味はない。闇は闇であるが故に光を求め、それを打ち壊そうとする。その先に何もないと知っていても。
 光に縋る主人を思うならば、一時触れ得た光を……サヤを思うならば、踵を返し己が闇に牙を剥けばよかったのだ。尤も、そうなれば我が手によって跡形もなく消え去っていたのだろうが。

 何を察してかサヤがゆっくりと目を開いた。落ちそうになる瞼を懸命に持ち上げながら身を起こすと、ぼんやりとこちらを眺めて大きく伸びをする。
「ぁああぁあ〜、退屈……。なんか最初に戻ったみたい」
 何も戻ってはいない。あとはもう、終わるだけだ。明るさ故に軽い声は空虚。言うだけ無駄だ。サヤは既に知っている。最初から知っていた。ただひたすら、目を背けていただけだ。
「サヤ」
「うん〜?」
 まるで汚れを知らぬ子供のようだ。自身の醜さを痛烈に自覚しながら、よくもそこまで自分をごまかす事ができるな。弱さがお前を強くしている。……不思議なものだ。
「お前に子を産ませてみたいな」
「…………」
 それはある世界にとっては当たり前のものなのか。それともサヤが特殊なのか。お前の育てた子はどのような人間になるのか。

 何も持たないもの。敢えてそれを選んだ。戦う術を持たず、戦おうという意志さえない。サヤは日常だ。失われた日常。封じられた日常。手に入るはずのなかったもの。当たり前であるが故に特別な存在。闇を捨てられぬ弱さがサヤを輝かせる。そして闇にのたうちまわるものは、お前に手を伸ばす。
「ゼムスって……ギャグも言うんだね」
「冗談のつもりはないが」
「え、だって、え……ええ?」
「我が子を身篭ってみるか?」
「……うーん」
 考えてどうする。そんな未来は存在しないとお前もよく分かっているだろう。我等は過去に出会い、現在ここにある形が全てだ。今更何も変えられぬ。変える気もない。
「子供産んだら、わたし帰れなくなっちゃうよ……」
「他に重視すべき理由があろう」
「年齢?」
「……」
「ちょっと、途中で会話諦めないでよー」
 目を覚ましたサヤの意識を探れば、そこには確かに憎悪が存在している。微かに揺れる影の中、愛情などというものを、いつの間に芽生えさせたのだろう。始めにここにきた時にはなかったはずだ。

 怒りと許しが混然となって渦巻いていた。終局が目の前に迫る。
「誰でもよかったのかなぁ……」
 呟きに寂しげな響きはない。淡々と疑問のみを浮かべる。今となっては……。
「誰でもよかった。だが、来たのはお前だ」
 寝起きの呆けた顔が見つめてくる。
「理由もないのに、わたしは結局、ずっとゼムスのためにここにいたんだね」
 その瞳に映るものが誰であっても。
「なんか恋人みたい」
 ままならない感情さえも。
「わたし、ゼムスのこと持って帰るからね」

 輪廻の先に興味はない。もう二度と巡り合わぬ。今生の我が命は復讐に捧げよう。過去も現在も未来も意味なきもの。お前はただ、求められた証だけを抱いて還るがいい。
「……さらばだ、サヤ」
 言葉もなく伸ばされた腕が触れる直前、光は消えた。失う定めのもとに手に入れた。後悔はない。愛情も抱かない。理由など必要ない……お前の命はこの掌の中にあった。それだけだ。

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