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記憶

 これだけなんにもないと時間の感覚が薄れちゃうなぁ……。ここにきてからどれくらい経ったんだろう。そもそもホントに時間が過ぎてるのか、そんなことすらわからない。傍らのゼムスをじっと見つめてみる。
「……」
「……」
「……い、生きてる?」
「何用だ」
 ああ、しゃべった、よかった。全然動かないから、石像になったかと思ったよ。考え事でもしてるのかな。こんなとこで一人でずっと、考え事ばかりしてて。……実は暇を持て余してただけだったり、しないよね。
「ゴルベーザは、今どの辺にいるの?」
「……目を閉じよ」
 言われるままに閉じた瞼に、冷たい手の平が重ねられた。真っ暗な視界に映像が、音が、溢れ出す。流れ込んできたものは『わたしの感情』のように近すぎて、逃げることもできず身を任せた。

 憎い。憎くて堪らない。ゼムスが、そして自分が。なきもののように扱われた自分が。それに気づくことなく人形のように操られていた自分が。弱き者への嘲笑が、今は私に返ってくる。なぜ囚われた。私に付け込む隙があったからではないのか。闇は、もとより私の中に存在していた。
 ……サヤは、どこに……。彼女は本当に、いたのだろうか。あれすらも偽りではないのか。その存在を求めた心も、傷つけまいとした思いさえ他人に与えられた感情だったというなら、始めからサヤは幻だったのではないか。事実彼女は目の前で掻き消えた。
 それとも、今なおゼムスのもとにいるのか。彼女の本当の居場所に。……どちらにせよ私のもとには存在しない。サヤが確かにこの手の届く場所にいたのだと……私の疑念を打ち消してくれる者達も、もう、いない。

 ひやりとした感触が離れて目を開く。ゼムスが笑ってた。すごく楽しそうに、笑ってた。
「安らいだ記憶も偽りと断ずるか……絶望に身を任せるのはさぞ心地よかろうな」
「誰のせいだと思ってるの……」
「お前に怒る資格はない」
 踏み込まなかったのはわたしだ。その脱げない甲冑の中で、ゴルベーザが何を考えてるのか、どんな感情を抱いてるのか。知るのが怖かったけど、やっぱり知りたかった。知るべきだったんだ。
 過ごした時間が現実だったって、こんなにも強く願われてるなら……、違う。近づきたかったのはわたしの本心なんだ。だから、怖くても踏み込まなきゃいけなかったんだ……。
「ゴルベーザに会いたい……」
「見捨てたのはお前だろう」
「ちが、う……」
 これからもっと、何かできるはずだった。ゴルベーザの溢れた想いの中にわたしへの悔恨を感じた。巻き込んだことへ、傷つけたことへ、失ったことへ。それらはすぐに、悔恨さえ自分の感情じゃなかったんだと、また憎しみに変わる。

 べつに全部が嘘になるわけじゃない。だけど無為にすごした時間が長くて。きっと急ぎすぎた。もう少し伝えなきゃいけないことがあったのに。
 まだ足りない。いくらやり直しても、きっと、ずっと足りない。いつまでも一緒にいられるわけじゃないから。後悔なら、わたしだってずっと……。
 ……もっと早く気づいてたら。例え傷ついても、傷つけてでも、踏み込んでたら。まだやれることはある。でも、もう間に合わないこともある。

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