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過去現在未来

 実際に姿を見てみると、ただのオッサンだよね。
「何を見ている?」
「ん〜〜ゼムスって普通だなぁと思って」
 ほらほらその眉毛を寄せて、なんだこいつ感じ悪ぃな、って顔したりするところ。胡坐かいちゃってるし。出会いがあんなだったし、やってることも非常識すぎて忘れるけど、人間なんだよね。
 ここは最初に呼ばれた場所によく似てる。空にはわたしの知らない形に並んだ星。たくさんの輝き。そしてあの青い惑星。
 どうして本当の月が見えないのかはわからない。これが偽者の空だから? 見上げると只々きれいな景色で……なのに、わたしが立ってる地上は何にもなくて寂しいばっかりだ。

 青き星のことで、月の民たちがどんな会話を交わしたのか、わたしは知らない。ゼムスも教えてはくれない。ゼムスの願いを間違っていると断じたなら、彼を封じた人たちに譲れない信念があったんだと思う。
 でも……。こんな寂しいところに封じられて、一人ぼっちで。見上げた空にはあんなに眩しい光があるのに、絶対に手が届かないんだ。絶望しろ、って言われてるみたい。
 ゼムスがこんなに歪んだのは誰のせいなんだよ、って思っちゃうよ。責任のないわたしに、怒りの矛先を向けられる相手なんていないのに。
 ゼムスはここから動けない。思念を飛ばしてクリスタルの力を得たり、人の心に囁いたりするだけだ。それが呼んだ悲劇を思うと……。
「……もっと早く、わたしを呼べばよかったのに」
「それができる力があれば、始めから封印など破っている」
 だけどせめて不満をぶつける相手がいれば、支配か破壊か、なんて極端なことにはならなかったんじゃないの? 取り戻せない過去が、今となってはただ悲しい。

「ここに来たことを後悔してはいないのか?」
「どうして?」
 質問に質問で返してしまって、ゼムスは更に訝しげな顔でわたしを見る。会話になってないや。
「え、っと……うん。来なきゃよかったって思ったこと、あるよ。でもそんなの普通じゃない? こんなはずじゃなかったって思うこと、誰だってあるでしょ」
 わたしの言葉にゼムスは考え込んでる。長い後悔の中で、悪しき心が折れたことは一度もない? もういっそ眠りについても構わない。青き星に降りてただ平穏に暮らしてもいい。って思ったことない? ないかもしれないしあるかもしれない。それは自分にしか分からないよね。
 理想通りに生きるなんて、すごく難しい。誰だって、いつも迷い続けてる。進むべきだった道が見えてくるのは現在が過去になってから。

「すべてを始めからやり直せたなら……」
「後悔すること、減ると思う?」
 訪れる未来が分かっていれば、それを避ける方法だって。でも冷静に考えて行動しても、きっと同じなんじゃないかな。……始めからやり直したって、わたしはわたしにしかなれないんだ。
 今まで精一杯やってきたよ。迷って揺れてるときも、自分であることに変わりはないんだもん。巻き戻したってくり返しにしかならない。
 明日のわたしは何かが少し違ってるかも。だけど昨日のわたしは、ずっと姿を変えられないんだよ。昨日までの自分に支えられて、明日を見つめながら今日を生きるしかないんだ、きっと。
「わたしもう、何かをするのはぜんぶ未来のため、って決めた。……できる限り」
「もしも時を巻き戻す手段があったとしても、か?」
 そんなこと言われたら、せっかく固めた気持ちがまたぐらぐらしちゃう……。揺ぎない信念なんてないんだよ、誘惑しないで。
「うー。だけど、時間を遡っても成長できないんじゃない? それでまた同じ失敗するより、わたしは未来の可能性を探す……ことにする……」
「自信がないのだな」
「自信満々で生きるほど、しっかりした人じゃないもん、わたし……」
 明日のために、そのいち。そのに。一つずつ考えて、行動して、やっぱりまた後悔する。何度やり直したって、後悔せずに生きるなんて無理なんじゃないかな。神さまじゃないんだから。
そう、だからわたしの望む未来のために……。

「わたし、ここから自由に出られるんだよね?」
「サヤには封印の影響がないからな」
「じゃあさ、月の民の館に行ってみたい」
 なにか変な展開になったらゼムスに呼び戻してもらえばいいもの。もしかして今、かつてないほど自由だったりしない?
「断る」
 そんなこともなかった!
「ちゃんと戻ってくるよ。だからそんなに寂しがらないで、ねっ」
「…………」
 無言無表情で返されると悲しい。せめて鬱陶しそうな顔ぐらいしてよ。
「……何をしに行く気だ?」
「ダイイングメッセージを残しに」
「……?」
「未来のためにできる、ちっちゃなことを、しに行くの。……最後に」
 よく分からないヤツだって思いを隠しもせずに、それでもゼムスがわたしに手を翳す。分からなくても受け入れてくれるんだ。ゼムスなりの返事だって、わたしは受け取る。

 わたしの体は光に包まれて――消えた。景色がぐにゃっと歪んで混じり、渦を巻くみたいに戻っていくと、真っ白な部屋の中にいた。なんだか病室みたい。一滴の汚れも許さない執拗なまでの白さ。かえって気持ち悪い。
 ゴルベーザが眠りにつくのはどの部屋だろう? あんまり動き回るわけにもいかないんだよね。……ここでいいか。ここが相応しい、そんな気がする。
 こんな綺麗すぎる場所じゃ、迂闊に息もできないよ。人間なんだからさ。空気穴がなきゃ、ね。
 未来を開け放って、せめて穏やかな眠りをあげたい。

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