新緑が目に染みる、五月。


隅田川小学校では、処々で子供達の声が響いていた。


「遼君おはよう」


「おはよう大介」


二年三組の教室。


自分の席に座って本を読んでいる切れ長の目の少年−赤崎遼に、黒目が大きい小柄な少年−椿大介が挨拶した。


大介は遼の隣に座り、ランドセルの中から教科書を出して、机の引き出しに入れた。


「大介知ってる?」


「何?」


「今日、転校生来るんだって」

「うん、昨日村越先生に教えてもらったから知ってるよ」


なんだ、とつまらなそうな顔をして、遼は再び手元の本に目を戻した。


「仲良くできるといいね」


大介が遼に笑いかけると、遼はチラッとこちらを見て、小さく頷いた。








「恭平、ドアをノックして、失礼しますって言って入るんだよ」


「えー、やだよー」


恭平は礼子に連れられて、隅田川小学校の職員室の前に来ていた。


家を出てくるまでは元気だったのに、小学校に着いた途端にモジモジし始めた。
「えー、なんでー。コンコンってやるだけだよ?」


礼子がドアをノックする真似をして促しても、恭平はキョロキョロと周りを見ているばかりで、前に進もうとしない。


「ほら、早く早く」


「やだよー、恥ずかしいもん」


「もう、しょうがないねー」


礼子は恭平の手を引いて、職員室の扉を叩いた。


こちらから開ける前に、中から扉が開く。


出てきたのは、ちょっと厳つい感じの若い男性職員だった。


「おはようございます。今日からこちらにお世話になる世良と言う者ですが」


「どうもはじめまして。お話は伺っています。二年三組担任の村越茂幸です」


村越はキチッと挨拶をし、恭平に目をやった。


「恭平君だね」


恐持ての村越の視線を浴びた恭平は、小さな体を更に萎縮させ、小さな声で返事をした。


「君の担任になる村越です。よろしく」


村越が優しく微笑みながら大きな掌を差し出すと、恭平は戸惑いながらもそっと手を重ね、緩く握手をした。


「では、これから朝の会が始まりますので、息子さんはこちらで預からせて頂きます」


「はい。どうかよろしくお願いします」


村越は礼子に頭を下げ、恭平の背中をポンと叩いた。


「さぁ恭平君。これから君のクラスに行くよ」









「なぁなぁ!昨日のガイダー見た!?」


「見た見た!やっぱりタケルが一番カッコイイよな!」


「俺はコウキが一番好き!」


「ガイダーブラックもカッコイイよなー!」


ガヤガヤ。


「ねぇねぇ、遼君。転校生ってどんなかな?」


大介が目をクリクリさせながら遼に話しかけた。


遼はんー、と顎に手を当てて考える仕草をとる。


「チビで、うるさくて、元気なのだと思う」


「僕、サッカーが好きな人だといいなぁ。一緒にサッカーやりたいよね」


「うん。でも、絶対おれの方が上手いと思うけど!」


フン、と鼻を鳴らしそうな勢いで遼が言い切るから、思わず大介は笑ってしまいそうになる。



ガヤガヤ。ガヤガヤ。




生徒達のいろいろな話し声で溢れ返っている教室の扉が開いた。


今までしていた話し声はピタリと止み、生徒全員の視線がドアの向こう側に注がれる。先に入ってきたのは村越。


村越は教壇に立つと、扉の向こうにいる恭平に目で合図をした。


恭平はゆっくりと、一歩一歩、教室の中に入っていく。


ドキンドキン。


(みんな、見てる……知らない人、ばっかり……)


カクカクカクカク。


「おい、大介…。あいつ右手と右足、一緒にでてるよな」


「……そうだね…」


大丈夫かよ…、と遼が呟く。


大介は苦笑して、心配そうに恭平を見守った。


やっとの思いで教壇に上り、村越の隣に並ぶ。


ここまでたった数十秒が、恭平には何分、何時間のように思えた。


「皆、おはようございます。今日は、これから皆のクラスの新しい仲間になる、世良恭平君を紹介します」


村越は恭平に自己紹介するように目で促した。


恭平は、えっと、えっと、と口ごもりながら、たどたどしく自己紹介をした。


「えっと、東小学校からきた、世良恭平です。えっと…あの、サッカーが好きで、えと、その、皆と、仲良くしたいです!よろしくお願いします」


勢いよく頭を下げると、ランドセルのフタがパカッと開いて、中の教科書やノートがバサバサと落下した。


一瞬教室の空気が固まり、そして爆ぜるような笑い声が教室中に渦巻いた。


世良が顔を真っ赤にしながら教科書やらを拾い集めているのを見て、大介はくすりと笑った。

「なんか、面白いね、」


「ふん」


遼は机に肘をついて、アワアワする恭平を眺めていた。


(変なやつ…)


ジッと見ていると、不意に、顔を上げた恭平と目が合った。


それはもう、バッチリと。


恭平の物申すような視線に、負けじと遼も睨み返す。


((なんだこいつ!))


二人は同時に心の中で叫んだ。

さっきまで上がりまくったり、教科書を落としたりと慌ただしかった恭平が、急にヌッと静かになったので、村越は訝しく思いながらも口を開いた。


「恭平君の席だが…遼君の右隣が空いているね。じゃあ、あそこに座って」


村越が指し示した席を見て、恭平はゲッ、言う顔をする。


遼もつられて顔をしかめる。


恭平はゆっくりと遼の右隣の席に向かったが、その間、恭平と遼は無言で視線を戦わせていた。


恭平が遼の隣を通り抜けようとしたとき、遼が横から足を出した。


恭平はそれにつまずきそうになったが、体制を立て直し、逆に遼の足を踏んずけた。


「い゙っ……!」


遼が小さく声を上げると、恭平はわざとフンと鼻を鳴らした。



((こいつ……!))


((すっげえ、ムカつく…!!))




始まったばかりの学校生活に、早くも嵐の予感。

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