まるで友達とやるそれ | ナノ











ケータイの時計を確認すれば8時ちょっと過ぎ。このままいけば余裕で学校へ着くことができるだろう。


雷門には通い始めて一年が経つ。
4月の頃は初めてできる後輩とやらに少しだけ心を躍らせたものだが、その期待は跡形もなく崩れ去った。
そもそも今のサッカーの環境でそんな甘い考えを持つこと自体が間違っていたのかもしれない。


「キャープテン、おはようございまーす」

よりにもよって、朝一番聞きたくない声が背後から聞こえてきた気がした。

「……」
「無視ですか?それって先輩としてどうなんです?」

オレはお前を後輩だと思ったことはない、と心の中で悪態をつく。
が、挨拶を返さないとことがややこしくなるのは火を見るより明らかだった。

「…おはよう。これで、満足か?」
「こっち向いて下さいよー」

ため息をつきつつ、振り返れば予想通りの人物が満足そうな表情をしていた。

「何か用か?」
「いえ、別に。ただコンビニからキャプテンが歩いてるの発見したので」

そう言って、手に持った白いビニール袋を掲げた。

「朝ごはんまだなのか?あ」

言った瞬間、しまったと口を押える。
思わずそれに興味を惹かれてこちらから話題を振ってしまった。
剣城がそれを逃すわけもなく、してやったりという顔をして話題に食いついてくる。

「昼飯です」

無視するのさえ面倒くさくなってきたので、緊張を解いて普通に応じることにした。

「昼飯?給食が出るじゃないか」
「あんなワイワイガヤガヤしたところで落ち着いて飯なんて食えませんって」
「お前が自ら馴染もうとしなだけだろう。オレに絡む暇があるなら友達の一人でも作ったらどうだ?」

流石に少し辛辣すぎたと思ったが、剣城は表情を崩さなかった。
厭味ったらしい言葉も剣城には全然効果がないらしい。

「じゃあ、一緒に食べてくださいよ」
「は?なんでオレが」

予想もしない言葉に目を見開く。
ほんと、こいつって何を考えてるかわからない。まさかオレと友達になりたいとでも思っているのか?

「いいんですか?キャプテン。オレが昼食買って食ってるのばれたら、監督不届きになりかねませんよ?」

提案ではなくて、命令というわけか。
ちょっとは少年らしいところを垣間見たと思ったのは思い違いだったようだ。

「…わかった」
「じゃあ、給食持って屋上に来てください」
「屋上は立ち入り禁止じゃ…」
「この学校にオレを受け入れたのは誰でしたか?」

剣城は今日会った時からずっとポケットに突っ込みっぱなしだった方の手を出した。その手にはいくつかの鍵が通されたチェーン。

どうやら、理事長も校長もこの年下の男の言いなりらしいな。いい大人が寄らば大樹の陰といったとこか。

つまり、別に剣城がどこで何をしようと咎められることはない。
だが、オレがキャプテンとしてふさわしくない行動をとれば、それは立派な問題として言いつけられるわけだ。

情けないとも思いつつも、所詮サッカー部も似たようなものだった。

「じゃあ、昼休みな」

話はこれでおわり、と言わんばかりに打ち切って歩く速度を速める。

「あ、待ってくださいよ。折角だから一緒に行きましょう?」
「断る。ついてくるな」

ついてくるなと言ってもついてくる剣城を振り切るように走り出した。







昼になったので、剣城の言った通りに給食を持って屋上へと向かった。
これで約束を破ったら後で何を言われるかわからないからな。

年下相手にご機嫌取りをしてる自分に腹が立ったが、これもサッカー部のためだと無理やり自己に納得させた。


汁物がこぼれないように注意深くお盆を持って階段を上る。

初めて足を踏み入れた屋上は、何にもないところだった。だけど、その分解放感があっていいかもしれない。

「約束通り来ましたね」

頭上から降ってきた声に顔を上げると、入口の真上の給水塔から剣城が顔を出していた。

「そう仕向けたのはお前だろう?」
「そうでした」

スタッとためらいもせず給水塔から飛び降りた剣城は、こっちで食べましょうと、屋上の隅へとオレを連れて行った。
見たところ剣城は給食を持ってないし、手にはビニール袋を提げてるし、最初からこいつは給食を食べる気なんてさらさらなかったのだろう。

呆れるというよりはすでに諦めていた。どうせ、こいつはオレの言うことになんて耳も傾けないのだ。


手ごろなところに腰を下ろして、剣城がパンの袋を開けたのを確認してから給食に手を付け始めた。

「で、学校生活には慣れたか」
「オレがそんな楽しいスクールライフを満喫するタイプに思えますか」
「全然」

考えるよりも早く言い切った。
こいつがクラスメイトと話をしてるところなんて思い浮かばないし、恋愛ごとにもそこまで興味はなさそうだった。

「言い切るのはちょっと失礼じゃないですか」

ムッとした表情で次のパンに手を付ける剣城を横目で見る。

「傷ついたか?」
「ちょっと、だけ」
「それはすまなかった」

感情のこもっていない謝罪に、おかしそうに笑う剣城。

「やっぱ、嘘です」
「だろうな」

こいつがそんな繊細な神経の持ち主だとは露とも思っていない。
調子付かせないためにも少々キツめの言動のがちょうどいいということがだんだんとわかってきた気がする。わかりたくもなかったが。

「キャプテンは食い方キレイですね」
「そうか?」

自分ではこれが当たり前だから、いまいちその感覚はわからない。が、たまに他人に言われることもあるのでなんとなく自覚はしていた。

「そうですよ。ナイフとかフォーク使うのすげぇ上手そう」
「それくらい扱えて当たり前だろう」

むしろナイフとフォークくらい扱えないと食事するのに困るのではないだろうか。

「やっぱ、ファストフードとか食ったことないんですか?」
「ば、馬鹿にするな!そのくらい…」
「じゃあ、今度行きません?オレ行ったことないんで、注文の仕方わからないんですよ」

剣城が嘘をついているということはすぐにわかった。
これでもし剣城と一緒に行くとなれば、オレが行ったことがないことがばれてしまう。

「そ、それは…」

何かいい言い訳はないものかと思考をめぐらせるが、オレの返事を待たずして剣城は口を開いた。

「嘘です。今時ファストフードでの注文の仕方知らないヤツなんていませんよ」
「うっ…」
「ってことで、今日の放課後行きません?」
「どうしてそうなるんだ?」
「オレが注文しますから、ね?」

きっと剣城は最初からオレがファストフード店に行ったことがないのはお見通しだった。
だがそれを笑うわけでもなく、一緒に行こうと誘ってくる理由がわからない。

実は、前々からずっとファストフード店には行ってみたいと思っていた。
学生たちが放課後にたむろしてるのを、店の前を通りがかった時に何度も見て非常に興味があったのだ。

注文も剣城がしてくれるっていうし、この機会に行ってもいいかもしれない。そう思いかけたところで母さんの顔が浮かんだ。

「あ、だけど…」

幼いころから買い食いはするなと、常に言われ続けている。
オレの家にとって両親は絶対だった。もちろん、今までその言いつけを破ったこともない。

迷ってるオレに、剣城は最終手段を使ってきた。

「なら、ここで給食食べてたのばらしますよ」
「なっ!?それは、卑怯だろう!」
「そうです、オレは卑怯者です」

あっけらかんと言い切る剣城に軽い眩暈を覚えそうになる。
だが、そんな剣城を見て、自分が今悩んでることは至極些細なことなのでは思えてきた。

「わかった。行く。その代わり…」
「なんです?」
「…食べ方が下手でも、笑うなよ」
「ぷっ、そんなこと気にしてたんですか」
「わ、悪いか」

だって、難しそうじゃないか。
あんな大きな口を開けて食べるなんてやったことがない。ソースとかも口の周りに付きそうだし、テーブルにも垂れそうだし。

「いいえ。なんなら、ナイフとフォーク持参します?」

明らかに笑うのを堪えながらの剣城の提案に、思わずムッとした。

「馬鹿にしてるだろう、それ」
「えぇ、まぁ」

素直にそう答えられるのはなかなか癪に障るもんだな。
先ほどの剣城の気持ちが少しだけわかった気がした。

「やっぱ行かない」

これではハンバーガーをひと齧りするたび笑われる可能性がある。

「えー、冗談ですって」
「行かないと言ったら行かない」
「行きましょうよー」
「やだ。一人で行け」


埒のあかない言葉の応酬。

でもそれは刺々しさが感じられなくて、どちらかというと友達同士でやるそれに近い気がした。



だから、きっとこれが終わる頃には、結局は剣城と一緒に帰ることになっているだろう。














話してみたら案外軽口をたたき合える仲ってのもいいかなと

神童がどのくらいお坊ちゃんなのかは謎なので、とりあえず結構お坊ちゃんにしてみました
でも、はたして雷門の給食はお坊ちゃんの口に合うのか心配です










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