他人が聞いたら笑うような | ナノ
「では休憩だ!各自水分補給をしっかりとな」
凛とした声がグラウンドに響き渡る。
その合図とともにほとんどの部員はその場に倒れるようにへたり込んだ。
久しぶりの屋外グラウンドの練習で気合が入っているのか、今日のメニューは一段とキツかった。
普段部活とは別に厳しい練習メニューをこなしてるオレがそう感じるのだから、ほかの連中にとっては相当のものだっただろう。
これでまだ半分というのだから全部終わった時、地面にへたり込んでいるヤツらはいったいどうなるのだか。
だらしない部員たちを横目で見ながら、ベンチへ腰を下ろして一気にドリンクを流し込んだ。
「あっじぃ…」
補給した水の分だけ瞬時に汗となって出てくる錯覚に陥る。
いくら鍛えているといってもさすがにこの暑さは身に堪えた。
そもそもオレは暑いのが好きじゃないし、ここ十数年の日本の夏の暑さは異常だ。まだ、7月にもなっていないというのに。
なんのための室内設備だよ…と毒づきながら、今日のメニューを考案した人物をそれとなく捜す。
ベンチ付近に立っているその人物を発見するのにそんなに時間はかからなかった。確認したのは後姿ではあったが左腕にキャプテンの証であるマークがあるので間違いない。
ソイツは上品そうな顔に似合わず、サッカーのこととなると人が変わったように厳しくなるのだ。入部テストの時がまさにそんな感じだった。
最初こそそのギャップに驚かされたが、今となってはすっかり慣れた。我ながら順応性は優れてる方だし、そうでもなければこんな環境でサッカーなんてやっていられるわけがない。
メニューの考案者、つまり神童は襟足を片手で抑え空いた手を団扇代わりにして扇いでいた。
初めて見るその動作に興味を惹かれたので、気怠さを覚えた身体に叱咤して立ち上がり神童の元へ近づく。
「キャープテン」
オレの声に反応して神童はくるりと振り向いた。その顔は練習した後ということもあってかすかに火照っている。
「剣城か。どうした?」
「なにしてるんですか?」
「ん?あぁ、この髪型だと首の後ろが暑くて」
気休め程度に扇いでるんだ、と神童は言った。
梅雨の時期は晴れていてもじめじめと湿気が多く、少し動くだけでも身体から汗が噴き出してくる。
特に神童みたいな首に掛かる髪型だと熱が篭りやすいのかもしれない。
「切ればいいじゃないですか」
至極当然なことを言ってみた。
女じゃないんだから鬱陶しいと思うなら切ればいい。神童は伸ばした髪を切るのがもったいないなんて思うタイプではないだろう。
それに、今の髪形も好きだけど、ショートな神童というのもなかなかいいと思う。
想像してみたら思わず口元が緩みそうになった。
反面、神童の顔はみるみるうちに険しくなっていく。
「簡単に言うな。下手に短くすると収拾がつかなくなって大変なことになるんだぞ」
神童は抑えていた手を離して軽く首を振った。普段ならふわっと広がる髪の毛が、汗のせいか首に纏わりつくように張り付いた。
不服そうな顔をする神童を見て、何かいい方法はないかと考えをめぐらせる。
別に困ってるヤツを助けたいなんて思ったわけではなく、このまま放っておいて、万が一これからの練習メニューになんらかの影響が出たら困るからだ。
まぁ、神童が気分によって練習メニューを変えるような人物ではないとは思うが。
「あ、そうだ。キャプテンちょっとこっち来てください」
「何するんだ?」
ベンチ付近に置いたバッグに詰めてある予備のゴムを取り出して、神童を手招きする。
「そっち向いててくださいよ。ここを、こうやって…」
サイドの髪は残して、首に張り付いた襟足ごと後ろ髪を纏めてゴムで括る。
何をやっているのかがわかった神童は感心したような声を漏らした。
「へぇ、意外に器用だな」
「自分の毎日やってますから」
下すぎると結った髪が首に掛かって暑いだろうからちょっとだけ高めで結ってみた。
元がくせっ毛のせいで自然とボリュームがある仕上がりとなったが、運動するうえでは邪魔にはならないだろう。
「どうです?」
「おぉ、涼しい。蒸れなさそうでいいなこれ」
「でしょう?」
自分の後頭部にある慣れない髪の束が珍しいのか、その感触を確かめるようにもふもふと触る姿は見てると面白い。
「ありがとう。これで練習に集中できる」
清々しい笑顔で礼を言われ、いいことをしたな、と柄にもないことを思った。
が、次の瞬間自分がとんでもないことをしたということに気付いた。
「ねぇ、キャプテン」
練習再開の合図を掛けようと背中を向けて歩き出した神童を、腰に手を巻き付けて引き寄せる。
バランスを崩した神童は倒れるようにオレの方へ傾いた。それを利用してすっぽりと自分の腕の中に収める。
「っ馬鹿、何してるんだ!暑苦しい!」
暴れる神童を無視して、普段あらわになっていない首筋に唇を寄せた。
ちゅっ
「項、丸見えですよ」
「なっ!?えっ?項?」
「そう、項」
キスされたところを抑えながら顔を真っ赤にしている神童を無視して、しゅるっとゴムを解いた。
「あっ!?べ、別に項が見えたって問題ないだろ!?」
返せ!とオレのゴムなのに取り返そうとする神童よりも早くゴムを持つ方の手を高く上げた。
オレと神童は頭一個分くらい身長に差があるので、むきになって飛び跳ねたところで届くわけがない。
「ダメです。オレが練習に集中できません」
なにより、ほかのヤツらに神童の項を見せるなんてこのオレが許すわけがない。
「何そんな真面目な顔して馬鹿なこと言ってるんだ、お前は…」
神童は腑に落ちない顔をしつつも、届かないことを悟ったのかため息をついた。
「さ、練習再開しましょう、キャプテン」
「折角、思いっきりサッカーができると思ったのに…」
「オレの前だけならいいですよ」
「言ってろ、馬鹿」
呆れ顔でオレを置いて歩き出した神童の後を、上機嫌でついていった。
他人が聞いたら笑うような
そんな小さな独占欲
入学して二か月ちょいでこんな仲良くなれるとは思ってないです
絶対あの髪型だと運動したりしたら首に張り付きますよね
あと短髪神童もポニテ神童もいいと思うんだ
剣城が毎朝あの髪型を自分でセットしてるのかと思うと笑いがこみあげてきますね
細かいですが、タイトルは「他人(ひと)が聞いたら笑うような」です