ため息キャプテン | ナノ
誰の席か知らない椅子に背凭れに向かい合うようにして座り、上の空の神童を眺める。
そんな憂鬱そうな顔は、本来の顔の整いも相まって一層神童の美しさを際立たせていた。
けどオレはそんなことより、窓の外ばかりを見てオレに目を向けてくれない神童が気に食わなかった。
「はぁ」
「ちょっと、オレの前でため息は失礼じゃないですか?せっかく昼休みを潰してまでわざわざ赴いているんですよ?」
まぁ、別に神童本人に頼まれたわけではないけど。
「ん?あぁ、剣城か。どうしたんだ?」
ようやくオレに目を向けてくれたかと思えば、今まで全く興味がなかったと言わんばかりの言葉に不満を覚える。
「どうしたんだって、オレずっとここにいたんですけど」
「え?そうか、すまなかった」
申し訳なさそうに眉尻を下げて神童は苦笑いをした。
こういう表情をオレに見せてくれるようになったのは大きな進歩である。
つい最近までは憎しみのこもった表情で睨みつけられるのが普通だった。
けど少しずつ、ほんの少しずつではあるけど、神童との距離は縮まってきてる気がする。
最初は化身使いということで単に興味本位で近づいた。もちろん邪険に扱われたけど。
だけど、神童はキャプテンであるから一応部員であるオレを野放しにはしておけない。オレが校内で悪さをすれば飛んでくるし、部活で怠ければ容赦なく叱ってくる。
いつの間にか世話係的な存在へとなっていた(尻拭いと言った方が正しいかもしれない)。
そんなことをしているうちに、近くにいないとなんとなく違和感を覚えるようになった。
神童はどうか知らないが、オレが部活に顔を出さないと次の日、教室に様子を見に来てくれたりするのでそこそこの関係は築かれているのだろう。
あの睨みつけてくる表情は思い出すだけでぞくぞくして結構気に入っていたのだが、今はもうすっかりなりを潜めてしまったので少しばかり残念かもしれない。
まぁその気になればその表情を引きずり出すのは容易い。が、それは今の関係を手放すことになるのでしばらくはお目見え出来ないだろう。オレ自身そんなことを望んでいないからな。
「で、どうしたんです?さっきからため息ばっかりついて」
「そんなについてたか?」
本人は無意識だったようで、こっちまでため息がこぼれた。
「少なくてもオレがここに来て5回はついてます」
肩を竦めて事実を述べれば、神童は髪の毛に触れながらまた困ったように笑った。
「雨、降ってるなと思って」
「雨?」
神童はまた窓の外を見たので、オレも釣られて見る。
確かに空はどんよりとしていて、ぽつぽつと雨が降っていた。
「オレ、くせ毛だろ?この時期になるとまとまりがつかなくなって…」
「それで落ち込んでいたんですか?」
「あぁ」
どうも気に入った感じに落ち着かないらしく、しきりに髪の毛を触り続けている。
そういえば、ずっと窓の外を眺めていた時も髪の毛を触りきりだったかもしれない。
「ぷっ、ははは」
「剣城?」
あんな深刻そうな顔をしてたからいったい何をそんな悩んでるのかと思えば。
「くせ毛で悩むだなんて、キャプテン可愛いですね」
「かわっ!?というか笑うことはないだろう!至極重大な悩みなんだぞ!」
さっと顔を赤くして、ダンッと机を叩いたが、そんなの迫力に欠ける。
睨みつけてくる表情も以前の忌々しさが感じられず、それがなおさらオレの笑いに拍車をかけた。
「オレは好きですよ?」
「何がだ?」
何気なく手を伸ばしてその髪の毛に触れる。
拒まれるかなと思ったけど神童は一瞬身体を強張らせただけで、その後は恥ずかしそうに視線を横に流して大人しくされるがままとなっていた。
「キャプテンの髪。柔らかくて触り心地よさそうじゃないですか」
「…そ、そうか。ありがとう」
それきり黙り込んでしまったのをいいことに、神童の髪を触りつづけた。
気持ちいいのか無防備に目をつぶってる姿は年上とは思えないほど可愛らしい。
そんなまったりとした時間に終わりを告げる予鈴が鳴った。
まばらだった教室にも徐々に人が集まってきて次の授業の準備を始める。
「…剣城、そろそろ」
「そうですね。また、部活で」
手を離すのが名残惜しくて、思わずそっとその髪の毛に口付けた。
「つ、剣城!?」
「雨、止むといいですね」
神童に文句を言う隙も与えず、足早に教室を後にした。
人気のない空き教室に身を潜めてようやく一息をつく。
「…反則だろ」
落ち着かせるために手のひらで口元を覆おうとしたが、ふわりと感じたアイツの匂いに思わずどきりとする。
ほんと、最初はただの興味本位だったというのに。
どうやら自分は、くせ毛に悩むサッカー部のキャプテンに本気になってしまったらしい。
付き合ってはいないです、はい
くせ毛気にしてるキャプテンかわいいと思います