雨音オーケストラ | ナノ

※未来捏造注意!


















珍しく部活がない休日の昼下がり。
確か、天気はあいにくの雨でふたりでのんびり室内で過ごしてた。


「オレたちの将来ってどうなってるんだろうか」

一向にやむ気配を見せない雨を窓から眺めながら、無意識にぽつりとこぼれた言葉。

「そりゃ、ずっと一緒にいるに決まってるでしょう」
「…そうか」

自信満々に答えた剣城。
反対にオレの表情は翳った。
背後から抱きしめられる感じの体勢のおかげでその顔を見られることはなかったが。


剣城は何も知らない。
「神童」という名のもとに生まれたオレが将来どんな役割を担っていくか。

それでもいい。
幼稚な遊びみたなこの関係でも、オレはそれを手放したくないと切に祈っている。
こんな関係がいつまでも続けばいいと。


不意に、身体に回る腕に力がこもった。

「拓人サン」
「ん?」
「たとえ何があってもオレはアナタを手放しませんよ」

まるでオレの心を読んだかのようなその言葉に無性に泣きたくなった。

剣城はなにもかも知っていたのかもしれない。
その上で今の言葉を言ったのかもしれない。


出会った時からは想像もできない優しい腕に包まれて、結局は涙を流した。








そんな会話をしてから数年の時が流れた。
オレも剣城も社会からみたら立派な大人に区分される年齢である。

『たとえ何があってもオレはアナタを手放しませんよ』

オレはその言葉だけを支えに生きてきた。
もちろんオレが財閥の嫡男であることになんら変わりがあるわけではなかったが、それでもその言葉はずっとオレの心の中に在りつづけた。

それが現実では叶うはずがないとわかっていても。



日本は梅雨入りしたらしい。朝の天気予報でキャスターがそのようなことを言っていた気がする。

雨は好きじゃない。
髪の毛のまとまりが悪くなるし、なにより陰鬱な気持ちになる。


「剣城、別れよう」

バケツをひっくり返したような雨の中待ち合わせたファミリーレストランで、互いの注文した料理がなくなるころ、そっと告げた。

「はぁ!?」

昼時ではあるが雨のせいもあって客もまばらな店内に剣城の声はやけに響いた。
何事かと一斉に集まる視線にあえて気づかないふりをして話を続ける。

「先日、父の取引先の令嬢との婚約が決まった」
「な、んで…?」

今までその手の話は何度もあった。
その度オレはどうにかかわしてきたが今回ばかりは逃げ切れそうにもなかった。

だけど、いつかはその時が来るとわかっていたからあきらめにも近い納得が心を占めていた。

「オレ達はもう、子供じゃないんだ」
「そんなんで納得できるかよ!!」

その言葉の裏に隠された想いに気付かないほど、オレ達の付き合いは短くはなかった。
憤りを隠そうともしないで声を荒げた剣城に目頭が熱くなる。

この歳になっても、未だにオレの涙腺は脆いままだった。

「…なら、お前はどうにかできるのか?婚約を破棄できるのか?」
「それは…」

我ながら酷なことを聞く。
いくら大人だと言ってもこの年齢での社会的地位なんて高が知れてる。それに剣城はオレと違って財閥の家の者じゃない。

「さよならだ、剣城。今までありがとう」
「……」

すっと立ち上がって伝票を手に取って、振り切るようにその場から立ち去った。









屋根を容赦なく打ち付ける雨音が無駄に荘厳な教会に響き渡っている。
今日も天気は雨だった。


「その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも……」

神父の言葉が右から左へと流れていく。

明らかに今のオレは心ここに非ずな状態である。




剣城に別れを告げた後、結婚式の準備はとんとん拍子に進んだ。
オレの気が変わらないうちに、と父が力を尽くしたらしい。

そんなことするわけないのに。
そんなことをしたら、オレが剣城と別れたのも全部無意味なことになってしまうじゃないか。

あれから剣城とは連絡を取っていない。
というよりオレがケータイを変えたり、家に来ても使用人に追い返すように指示して意図的に会わないようにしたと言った方が正しい。

自室の窓から、降りしきる雨の中門の前に立ち尽くすあいつを目にした時は、いいようのない甘い痛みに胸が疼いた。
それだけでオレは生きていける気がした。




オレの隣に立つ、純白のドレスに身を包んだ女性を何気なく眺める。

彼女はきれいだった。
オレとの婚約が決まった時はあまりの嬉しさに涙を流したと彼女の母親から聞いた。
言動や立ち振る舞いからも、オレに好意を持ってくれてることは一目瞭然だった。

オレの視線に気づいたのか、彼女はオレの方を向いてふっと微笑んだ。
見てるこっちまで幸せになれる、まさにそんな笑みだった。
つられるようにオレも微笑もうとした。

正直大変申し訳ないが、まだ彼女は愛せない。
彼女にもそれは告げてあるし、政略結婚って名の下の結婚だからと彼女も了承してくれてる。

それでもいつかは彼女を心から愛せる日が来ると信じたい。


「それでは、誓いの口づけを」

彼女と向き合って、ベールを外す。

頷き合って、彼女がそっと瞼を下す。



幸せに満ちたその顔に自分の顔を近づけて、唇を重ねようとした時だった。


バンッ!!


最高の盛り上がりを見せていた会場が一斉に静まり返り、音のした方向を見遣る。
オレも釣られて教会の入口に立つ人物に目を遣った。

その人物が誰なのか確認した時、これ以上ないほどに目を見開いた。

「つ、るぎ…」

赤い絨毯の敷かれた先に、真っ直ぐに自分を見つめる男が立っていた。

突然の侵入者に会場一帯が状況が掴めないままざわめき始めた。
それを気にする風でもなく一歩一歩会場へと足を踏み入れる剣城。

「おい、お前何をしてる!」

どうにか場を収めようと、配備されていた警備員に捕えられそうになった剣城はためらいなくその手を弾き返した。
予想外の剣城の反撃に、オレ達を守るように警備員たちが取り囲む。場の空気が一気に緊張したのがわかった。

「拓人!!何してやがる!はやく来い!」
「え?」
「約束、自分から手放すのかよ!?」
「約、束…」

『たとえ何があってもオレはアナタを手放しませんよ』

「!!」

気付けば、警備員たちを押しのけて剣城へと伸びる赤い道を走り出していた。

「待って!拓人さん!!」

彼女が叫んだのがわかった。それでもオレの足は止まらない。


あと少し、そう思って伸ばした手を剣城はしっかりと掴んでくれた。








「ここまでくれば大丈夫だろ」

わけもわからぬまま剣城に手を引かれたどり着いたのは古ぼけた倉庫の中だった。
光を取り入れる窓は小さく外も雨が降っているので全体的に薄暗かった。辛うじて互いの存在が認識できる程度である。

ぽたぽたと垂れる水滴がコンクリートに濃い染みを作る。
顔に張り付いた髪の毛がやけに鬱陶しく感じた。

「はぁ…はぁ…つ、るぎ…」

明らかに運動向きではないタキシードに身を包んでいたのであっという間に息が上がってしまった。
雨に打たれてタキシードが水を吸って重くなってしまったというのもある。

「なんですか?」
「どうして…?」
「言ったでしょう?たとえ何があってもオレはアナタを手放しませんよって」

いたずらが成功した子供の様に、ニッと笑った。

「そんな…」
「嫌でした?」
「わから、ない…」

剣城と一生一緒にいられるならそれ以上のことはない。

でも、彼女の笑顔が脳裏から離れなかった。
あのような形で婚約を破棄してしまった神童財閥だってこれからどうなってしまうかわからない。
これでは恩を仇で返したようなものだ。

彼女が、神童家が嫌いなわけではなかったのだ。
どちらもオレにとっては大切なものであることは変わりない。

「まぁ、アナタがなんて言おうと関係ありません。オレがアナタを手放したくないから連れ出した。それだけです。アナタが気に病むことなんてひとつもないです」

自分勝手な言葉だけど、それは全部優しさの裏返しだということに嫌でも気付いてしまった。
オレが考えてることすべてを剣城はわかっていた。その上でオレを連れ去ったのだ。

途端に、堪えてた涙が押し寄せてくる。
もう我慢できそうになかった。すべてを剣城に預けてしまいたかった。

「…ふっ…くぅ…」

慌てるわけでもなく剣城はそっとオレを抱きしめた。

「それでも、もし、アナタがあの場に戻してほしいというならオレは潔く手放します。でも一分でも迷いがあるなら絶対に放しません」
「でもっ、オレにはっ…もう何もない…」

家を捨ててしまったオレには何も残ってなんかいなかった。

「アナタ、がいるじゃないですか。それ以上に何が必要なんです?」
「…ひっく…つ、るっぎぃ…」

とめどなくこぼれる涙をひとつひとつ剣城の舌が掬ってくれた。

「愛してる、拓人。これから一緒に逃げよう」

その問いにオレは迷いなく頷いた。










梅雨の季節が来る度、あの時のことを思い出す。

あの日、オレは神童の名を捨てた。だからと言って剣城拓人と名乗ってるわけじゃないけど、便宜上はそういった方がいいのかもしれない。

京介と一緒に逃げることを決めた後は、驚くほどにことはあっさり進んだ。
京介曰く、いつかこんな日が来ることは予想できたからいろいろと手配をしていたのだという。

たとえば今住んでいる家も京介の古い知人から譲り受けたらしい。
日本の首都からだいぶ離れて、それでも生活に不便するようなところではない。
最近は落ち着いてきたので親しい友人には近況を伝えるようにした。


オレ達の駆け落ち騒動も当時はすごくニュースで取り上げられたけど、それもその時だけ。
幸い京介の顔は割れなかったらしく、この見ず知らずの土地ではオレ達の正体がばれる様なこともなさそうだ。

神童財閥も一時は失脚するかのように思えたが、驚くことに彼女がいろいろと手を尽くしてくれたらしく最悪の事態は避けられた。
今では以前の勢いをすっかり取り戻してきている。

結局彼女には何も返すことはできなかった。
だけどその後間も無く彼女の吉報を聞いた。

自分勝手なのは十分承知だが、それでも彼女の幸せを心よりお祝いしたい。








「ただいま」
「おかえりなさい、京介。雨、大丈夫だったか?」
「傘、持たせてくれたからな。サンキュ」

ちゅっと軽くキスされて、それだけで顔に熱が集まる。

「っ、馬鹿なことやってないでさっさと風呂入ってこい!晩御飯もうできてるからな!」

踵を返してキッチンへと帰ろうとしたが、背後から伸びてきた腕に抱きすくめられてそれは叶わなかった。

「なぁ拓人」
「なんだ?」
「幸せか?」

前触れのない意外な質問に思わず肩越しに京介を見る。
京介のその顔はオレがなんて答えるかなんてわかりきってるって顔だった。


「もちろん、幸せに決まってるだろう」

これ以上ないくらいの笑顔を返してやれば、つられるように京介も微笑んだ。

















いきなりの京拓が未来捏造でごめんなさい
でも一番最初に思い浮かんだのがこれだったので


ふたりの言葉遣いがまだぜんぜん掴めてません
特に剣城の神童に対する言葉遣いが迷います
敬語もおいしいのですが、どうしてもよそよそしく感じでしまうのです
なのでとりあえず感情の高ぶったときは敬語が外れるってことにしてみました



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