最近の悩みは彼が私から離れてくれないことです


「硝子、相談があるんだけど」
「どうした? そんな怖い顔をして。今の君はどんな些細な事でも幸福に結び付けられるほど幸せ絶頂ではないのか? 新婚さん」
「からかわないで……!」

そう目を細め、生暖かい笑みを向けてからかってくる彼女。その居心地の悪さを少しでも減らそうと私は自分の顔を覆った。
今の周りからの私への態度は二極していた。変わらず親愛を向けて接してくれる者と腫れ物に触るような扱いをしてくる者。それはそうだろう。なんといっても今の私はあの五条悟の嫁という立場を得たのだから。 


あの日、悟が私をあの屋敷から連れ出してくれた日。お互いの手が重なり合ったあの時から私達はまた新たな一歩を踏み出した。
その後の京都では悟プレゼンツ京都の人気銘店を巡る弾丸ツアーが開催され、餡子にクリームにと次の日の体重に絶望しなければならないほど食べ歩いた。そして東京へと戻り、学長や硝子には怒られ、また泣いてそして笑って。そうこうしていると悟の根回しによってかあれよあれよというまに私の性は五条へと変わっていた。






「悟が離れてくれないの」

漸くからかうのを止め、私の話を聞く姿勢を取ってくれた硝子に私は最近の真剣な悩みを話す。その途端硝子の表情は目に見えて分かるほど歪んだ。

「惚気話に付き合わせるなら高くつくぞ」
「違うの、本当に困ってるの」

思わず手をついたテーブルの振動でかろうじて残っていたラテのハートは跡形もなく溶けていった。

「私がどこに出掛けるにもべったりくっついてくるし……今日も高専の呼び出し蹴ってまでついてこようとするのを説得するの大変だったんだから」
「何をやってるんだ、あいつは」
「家でも隙あらば指絡めてくるし抱き締めてくるし、唇から耳とか髪とか何度もキスしてくるし……その、夜のもの的なのも……」
「それが新婚夫婦というものではないのか」
「だって最近までそういう感じじゃなかったし、甘い空気なんて数年前に置き去りにしてたんだから! 最近の悟は私のキャパを平気で突破ってくるの、恥ずかしくて死にそうなの……!」

ヒートアップする私に反して硝子の表情筋は仕事を放棄し、まさに無だった。コーヒーを飲む動作も緩慢で面倒臭いと思われているのは承知しているが、私にはこんなことを話せる相手なんて彼女以外にいないのだ。お願い助けて、硝子!

「仕方ない、諦めるんだな」
「無慈悲!」
「あいつがひっつき虫になった原因なんて分かりきってるだろう? まあ、君が本当に止めて欲しいならそう言えばいい。五条が聞き入れるかはともかく、妙に弱気になって必要なことも言わないのは君の悪い癖だよ」
「べ、別に止めて欲しいとかって訳じゃ……悟の大きい手や腕に包まれるのは安心するし、傍に来た悟を見上げた時に出す「ん?」って声はなんか可愛くて嫌いじゃないけど……」
「やっぱり君、本当は困ってないだろ」

自分でもなんて恥ずかしいことを言っているのかとは思う。その恥ずかしさを誤魔化すためにざくざくとフォークを突き立てられたタルトの生地がぽろぽろと皿に転がっていった。

「もう私の許容量も超えたよ。あとはお互いで解決してくれ」

そう言うと硝子は私の背後に向かって指を指した。ま、まさか……? ギギギと錆び付いた機械のごとき動きで後ろを振り返った私の視界に映ったのは何とも愉快な笑みを浮かべた悟だった。
救いを求めて体を正面へ戻すと既に硝子はコーヒーも飲み干し、せっせと席を立つ準備を整えていた。

「五条、私の分は君持ちで良いよね?」
「えー、しょうがないなあ。まあ良いよ、僕今すっごく機嫌が良いから」

状況についていけず、硝子と悟の顔を交互に見ている私なんて置いてけぼりにしたまま二人は勝手に話を進めている。そしてヒールの音を響かせながら店から出て行った硝子と入れ替わりに悟が向かいの席へと腰を下ろした。

「……いつから聞いていらっしゃったのですか」
「すごい敬語。悟が離れてくれないの、の辺りからかな」
「いやもう始めっからじゃない!」

拳を握りしめて項垂れる。硝子も気付いてたんなら早く教えてよ……!

「なんだっけ、僕のハグもキスも好きだからずっとしてて欲しいだっけ?」
「そんなこと言ってないでしょ!」
「でも嫌じゃないんでしょ?」
「そ、や……こ、困ってるの!」

「だって僕の奥さんはちょっと目を離すとすぐいなくなっちゃうから」

いつでもこうやって捕まえておかないと。
そう言うと私の拳を彼の手が包んだ。するりと肌の表面を撫で、解かれた指が彼の指と絡み合う。触れた温かい彼の手とは別の感触が私の指先へと伝わった。それは反対の私の手にも存在する夫婦の証。その存在を確かめるように指でなぞる。

「……もう勝手にいなくならないよ」

何があっても、もうこの手を離しはしないとあの日誓ったのだから。

「だからせめてお風呂まで一緒に入ろうとするのは止めて。恥ずかしいし、その、色々あるの……!」
「えー、後ろから湯船の中で茹で蛸みたいになってる項とか見るの結構好きだったんだけど」
「な、なん――」
「まあ、当分は許してあげようかな。僕のために可愛い下着を準備してくれてるみたいだし? 薄い青のやつ」
「えっ、それまだ買っただけで下ろしてないやつ……待ってなんで知ってるの!? ちょっと悟!」
「すいませーん、この季節のフルーツ盛り合わせパフェを一つ」



2021.02.28
2021.04.08


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