バックハグ


▼伏黒

やけに遠慮気に首に回された腕に思わず口から息が漏れた。

「笑わないでください」
「緊張してる?」

見えないけれど彼がどんな表情をしているのかは何となく想像がつく。

「そりゃしますよ。こんな近いし、や――」
「ん?」
「……なんでもないです」

急に彼が言い淀む。それを誤魔化すためか少しだけ回された腕に力が込められた。その腕にそっと手を添えると、ぴくりと彼の体が跳ねる。そんな私だけが見られる彼の姿が好きで、嬉しくて可愛くて。もう少し意地悪してみたくて彼の腕に唇を寄せた。

この後彼に逆襲されるなんてことを、私はまだ知らない。



▼七海

「少しだけじっとして。五分経ったら教えてください」

そう言ったきり彼は動かなくなってしまった。普段はピシッと伸ばされている背が丸められ、私の肩に顔を埋めた彼からは微かに規則正しい寝息が聞こえてくる。眠っていても私のお腹に回された腕はがっちりと組まれていて私は身動き一つ取れない状況である。眠るならばベッドの方が良いと勧めたが、彼の達ての希望により私は抱き枕となることになった。そんな珍しい彼の様子から察するに余程疲れているらしい。
頭一個分の重さを支えている左肩は正直びりびりと痺れてきている。手元のスマホに表示される時刻は彼が眠りに落ちてからもう八分が経過していた。

「起こさないと怒られるかなあ」

でも可愛らしい寝息を立てている姿を見るとどうしても起こすのは憚られる。私では考えられないような、きっと私では耐えきれないようなものを沢山背負ってきた彼がただ穏やかに休息出来るなら……その機会はなるべく守ってあげたいと思う。
実はセットされていないとふわふわな手触りの彼の髪を撫でながら、私はもう少しこの痺れと戦おうと決めたのだった。


▼五条

「あ、白髪」
「えっ、嘘!」

彼のその言葉に慌てて両手で頭頂部を覆う。そんな私に彼は大きく息を吐き、一頻り笑った後にあろう事か先程の発言は嘘だったと言い放った。

「ちょっと、なんて嘘つくの!」

頭を反らし、見下ろしてくる彼を下から睨みつけた。ついでに肘を彼のお腹に入れてやろうとしたのだが、案の定それは防がれて届かない。くっそお。

「そんな怒ること?」
「あのねえ、もう私らの年代なら無視出来ない大問題なんですよ」
「そう?」
「……そっか、悟はそんな心配必要なさそう」

その事実に今度はがくりと頭を下げる。この問題に対する悩みは一生彼とは分かち合えそうにない。

「まあまあ、そんな落ち込まないで」
「誰のせいだと思ってんの?」

私のお腹の上で組まれていた彼の手が解かれ、その片手があやすように私のお腹をぽんぽんと叩く。もう片方の手にするりと私の手が捕まえられると、お互いの指が絡み合った。

「これから先もこうやってチェックしてあげるよ、僕がずっとね」

瞬間、絡まり合った指に力が込められた気がした。

「絶対悟に見つからないようにケアしてやるから」
「……」
「……え、なに? なんなのその反応?」
「はあ」
「いや、だからなに」

私の返答の何が不満だったのか。いっそ大袈裟なほどに彼は大きな溜息を吐いた。

「お前がどうしようもない鈍ちん野郎だってこと忘れてたよ」
「はあ? 喧嘩売ってる?」

後に判明することだが、どうやらあれはかなり遠回しな彼なりのプロポーズだったらしい。……いや、あの言葉に含まれたそんな意味に気付ける人っている? いないでしょ。



2021.04.29


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